74:エピローグ
というわけで、数カ月後――。
俺たちは、将軍家でまるで本物の家族のように過ごしていた。
「いやぁ、お母様。今日も紅茶が美味しいですねぇ」
優雅にティーカップを傾ける俺。
「……お母様?」
夫人が 「いつからそんな関係になったのかしら?」 という目で俺を見つめているが、もう 何も言わない。
三姉妹も、もはや 文句を言う気力すらない。
最初こそ 「なんでこいつがうちに居座ってるのよ!!」 と騒いでいたが、
今では俺がここにいることが 完全に既成事実になってしまった。
「お前、もうちょっと遠慮しろよ!!!」
唯一、ツッコミを入れてくるのは ケンジ夫妻。
「お前らこそ、なぜここにいる!!??」
どういうわけか、こいつらも、いつの間にか将軍家に居候していた。
一方で、ほかの面々はというと――
◆トーツキイ
ナスターシャ・フィリポヴナにビビり、這々の体で田舎の領地に逃げ出した。
彼が再びペテルブルグに戻ってくる日は……たぶん、ない。
◆ロゴージン
なぜか知らんがシベリアに流刑。
まあ、俺が投げ飛ばすより国家権力のほうが強かったということだ。
◆公爵
現在、ガーニャ宅に下宿中。
相変わらず「救いたい……!」 とつぶやき続けているが、
「ふふん、私が結婚して教育してあげるわ!」
と、アグラーヤが女豹のように息巻いていた。
「おかわりはいかが?」
ナスターシャ・フィリポヴナが、微笑みながら紅茶を注いでくる。
完全に実家のように寛いでいる。
「ありがとう、ナスターシャ・フィリポヴナ」
俺は 彼女の隣に座る。
この世界で、俺はナスターシャ・フィリポヴナを救い――ナスターシャ・フィリポヴナもまた、俺を救ってくれた。
ああ、異世界転生。
悪くない。
俺はカップを傾け、深く息をついた。
平和だ。
平和って、最高だ。
そう思っていた。
だが、本当の戦いはここからだった――。
結婚してからというもの、ナスターシャ・フィリポヴナが異様に厳しい。
「ねえ、職探しはどうかしら?」
「ん? ああ、まあ、それなりに……」
「それなりに?」
ナスターシャ・フィリポヴナの声が冷たい。
「ああ、ほら、まだ10万ルーブルの残りが……」
――ドゴォォォン!!!!
俺の身体が、美しい弧を描いて宙を舞った。
「いつまでもお金があると思うの?」
ナスターシャ・フィリポヴナが腕を組んで見下ろしている。美しい。でも、怖い。
「い、いや、ほら……俺、異世界転生者だから、そもそも履歴書が……」
「言い訳なんて聞かないわよ」
ゴゴゴゴゴゴ……!!!!
ナスターシャの背後に、炎のようなオーラが見える。
「お、お母様!!!」
俺は夫人に助けを求めた。
「ちゃんと働いて、貯金もしなさい!!!」
即答だった。
「将軍!!!」
「うむ……貯金だけでなく、投資も考えるべきだな」
将軍まで経済的視点で追い討ちをかけてくる。
「ケンジ!!お前はわかるだろ!? 俺はこう、異世界転生者だから……」
「いや、普通に働けよ」
全員が敵だった。
俺は震えた。
な、なんだこれは!?
ちなみに、夜も気は休まらない。
夜も夜。
俺はようやく一日の疲れを癒そうと、ベッドに潜り込んでいた。
異世界転生からの波乱万丈の人生、戦い、投げ、投げられ、そして就職活動のプレッシャー――
だが、今だけは静かに眠ろうと思った。
そんな時だった。
「ねえ……」
背後から、囁くような声。
俺は反射的に振り向く。
――ナスターシャ・フィリポヴナ。
ただのナスターシャ・フィリポヴナじゃない。
すっげえランジェリー姿のナスターシャ・フィリポヴナだ。
透け感、レース、絶妙なカッティング。この世の美がここに凝縮されている。
「……っ!」
思わず 息が詰まった。
「……どう?」
彼女が 挑戦的な笑みを浮かべる。
どうって、お前、そんな……最高に決まってるだろ!!!!
いや、待て、これは何かの罠か?
昼間、仕事について厳しく説教されたばかりだ。これは、まさか……就職活動のためのご褒美……!?
「……なんか言いなさいよ?」
「……最高だ。」
俺は全てを悟り、ただひとこと、それだけを呟いた。
ナスターシャ・フィリポヴナは微笑む。
「愛してるわ」
「俺も、愛してる」
そうして、俺は異世界転生して以来、本当の意味での幸せ を手に入れたのだった――。
……と、思った、その瞬間。
「……でも」
ナスターシャ・フィリポヴナが、妖艶に微笑む。
「あなた、まだ職が決まってないわよね?」
「えっ」
「投げるわよ?」
「ちょっ、待っ――」
「ナスターシャ・フィリポヴナ流・怠惰粉砕スープレックス(Лень Разрушительный Суплекс)!!!!!!」
ドガァァァァァァァァン!!!!!!!
「ぐぼああああああああ!!!!!!」
ベッドごと、俺は宙を舞った。
ナスターシャは、余裕たっぷりの笑みを浮かべながら、
ランジェリーのまま腕を組んで、俺を見下ろす。
「甘くはないのよ、人生は」
「いや、知ってるけど!!!!!」
「働かざる者、愛されるべからず……そういうことでしょ?」
「ロシア文学的に語るな!!!!!」
だが――
それでも。
床に叩きつけられたまま、俺は笑っていた。
これが俺の人生だ。
異世界転生して、ロシア文学の中で戦って、投げて、投げられて、
それでも――
俺は、ナスターシャ・フィリポヴナと共に生きる。




