後書き
この作品は、主人公と同じく「正月休みに何か読むか」と思い立ち、
神保町の三省堂本店でうっかり『白痴』を手に取ってしまった作者が、
あまりの怒りに燃えて書き上げた作品です。
『白痴』は1868年、雑誌『ロシア報知』にて連載された作品ですが、
当時の読者たちもまた――
「なんでナスターシャ・フィリポヴナを殺したんだ!!!」
「公爵、何もしてねえ!!」
と、怒り心頭だったようです。
ドフトエフスキー先生本人ですら、この作品が成功だったとは明言していません。
それでも――
21世紀に至るまで、ナスターシャ・フィリポヴナを本気で救おうとした者は現れませんでした。
この点、日本は極めて先進的です。
たとえば森鷗外の『舞姫』太田豊太郎の所業に怒る人は数限りなく
ついには「実はエリスは生きていた!」といった形で、豊太郎に報復する小説が、
明治後半から多数登場しました。
にもかかわらず、ナスターシヤ・フィリポヴナは長らく放置されてきた。
なぜか?
彼女の「破滅願望」は、“理解ある彼くん”では止められないからです。
「俺は君をわかってるよ」
そんなポジションを取ったところで、メンタルがバキバキに壊れて終了です。
つまりもう、読者が仮託された主人公が、物語そのものを書き換えるしかない――。
21世紀の日本で流行している異世界転生ものこそ、
この“救済の可能性”を破綻なく実現する、最高の物語装置でした。
数多くの異世界転生ものなくして、ナスターシャ・フィリポヴナは実現しませんでした。
それに加えて、忘れてはならないことがあります。
この作品で本当に救われたのは、ナスターシャ・フィリポヴナではなく、主人公自身なのです。
ナスターシャ・フィリポヴナを救うという名目で異世界に転生し、
最終的に「意志ある彼女」と向き合い、共に生きる道を選んだ。
それは、自己救済であり、文学を超えた“祈り”のかたちでもありました。
ドフトエフスキーは、ムイシュキン公爵をキリスト的存在として描いたと言われます。
しかし、この物語では、
ドフトエフスキーが描こうとした
“キリスト的善人”=ムイシュキン公爵
という理想像を、あえて真っ向から否定してみました。
なぜなら、“誰にでも優しい者”“すべてを赦す者”が、必ずしも人を導けるとは限らないからです。
時に、その“優しさ”が曖昧さに変わり、人の痛みや絶望をすり抜けてしまうこともある。
ナスターシャ・フィリポヴナのように、
「壊れることでしか愛を確かめられない」
人間にとって、ただの“無垢な優しさ”では、救いにはならないのです。
では、誰が彼女を導くことができるのか――
その答えこそが、神の母たる生神女マリアでした。
生神女は、人間の苦しみをただ赦すだけでなく、それを身ごもり、担い、抱きしめ、共に歩む存在です。
神の言葉をただ“伝える”のではなく、沈黙と涙と祈りの中で“聴く”存在です。
この作品が根本において信じたのは、“赦す者”ではなく、“共に涙を流し続ける者”による救済でした。
それこそが、ナスターシャ・フィリポヴナに必要だったものであり――
また、彼女を救おうとした主人公自身にも必要だったものなのです。
そうして導く者は、もはや“キリスト的善人”ではない。
この物語において、真に救いを与えたのは――神の母、生神女マリアだったのです。
なお、この作品でたびたび登場する「生神女マリア」とは、カトリック的な「聖母マリア」とは少し違い、正教会において最も崇敬される存在です。
では、生神女とは何者か?
それを平たく、でも真面目に言えば――
生神女は、ドラえもんです。
何を言ってるんだと思うかもしれませんが、これは割と真剣です。
のび太(=罪びと、あるいはナスターシャ、あるいは俺)が、
何をしでかしても、泣きついても、どこまでも一緒にいてくれて、最後にはポケット(=慈悲)から何かを差し出してくれる存在です。
この物語が成立したのは、そういう深い慈悲と、とんでもないサービス精神に支えられていたからです。
ナスターシャ・フィリポヴナは救われた。そして、主人公も、きっと救われた。
すべては――
生神女=ドラえもんのおかげです。
きっと――
ドフ公(もといドフトエフスキー先生)も、この作品を読んだらくやしがって、
「実は、ナスターシャ・フィリポヴナは生きていた!!」
という“後日談”を書き始めるに違いありません。
筆者はそう、信じています。




