71:たとえ救わなくても
俺は、空を見つめたまま動けなかった。
これは……どういうことだ……!?
「ナ、ナスターシャ・フィリポヴナ……?」
俺は、必死に意識を保ちながら、彼女を見上げた。
ナスターシャ・フィリポヴナは、ゆっくりと俺のそばにしゃがみ込み――
そっと頬に手を添えた。
(え、これ……これって、ついに俺の……!?)
「タカシ……あなたは強くなったわ」
「ナスターシャ・フィリポヴナ……!」
「でも……」
ナスターシャ・フィリポヴナは、俺の顔を覗き込み、
まるでこの世界の真実を知る者のように微笑んだ。
「あなたがこの世界に来た意味、本当に理解しているの?」
「え……?」
ナスターシャ・フィリポヴナは、そっと目を閉じた。
「あなたが救いたかったのは、本当に私?」
俺の心臓が、一瞬止まる。
「あなたは……あなた自身を救おうとしていたんじゃない?」
俺は息を呑んだ。
ズギャァァァァァァァァァァァン!!!!
(ぐああああああ!!!!!!!)
今まで受けたどんな攻撃よりも、
どんな必殺技よりも、
どんな投げ技よりも――
この言葉が、俺の心にクリティカルヒットした。
(そうだ……俺は……)
俺は、何のためにここに来たんだ?
何をしたかったんだ?
本当に、ナスターシャ・フィリポヴナを救いたかったのか?
それとも、俺は――
「…………」
ナスターシャ・フィリポヴナは、静かに立ち上がる。
そして――
俺に背を向けた。
「あなたは、ここで終わりなのね」
「え……?」
「さようなら、タカシ」
(待て、待て!!!)
――俺は、まだ答えを出していない!!!
俺は、全力で叫んだ。
「救うとか、救わないとか、そんな話じゃない!!!!」
ナスターシャ・フィリポヴナの足が、ふと止まる。
ゆっくりと、こちらに振り返る。
「……なら、何?」
俺は、息を大きく吸い込んだ。
腹の底から、魂の叫びを叩きつける。
「俺は、お前が好きだ!!!!!!!」
ナスターシャの瞳が、わずかに揺れる。
「好きだ……愛してる……!!!!!」
「お前の美しさも、気高さも、傲慢さも、狂気も!!!!! ぜんぶ、ぜんぶ、好きだ!!!!!!」
「お前がどんな道を選ぼうと、どんな結末を迎えようと!!!!!」
「俺は、お前のそばにいる!!!!!」
「ナスターシャ・フィリポヴナ!!!!!! 俺は、お前と生きたい!!!!!」
シ――ン……。
誰もが、息を呑んだ。
ロゴージン、気絶。
公爵、沈黙。
トーツキイ、床に埋まったまま。
ナスターシャ・フィリポヴナだけが、微動だにせず、俺を見つめていた。
静寂の中――
ふっ、と。
ナスターシャが、微笑んだ。
(……え……?)
その瞬間、俺の身体が宙に舞った。
「えっ」
「じゃあ――結婚式から、やり直しね」
ナスターシャ・フィリポヴナ流・誓約の逆転投げ(Переворотный Бросок Обручения)!!!!
「ぬああああああああああああ!!!!!」
ドゴォォォォォォォォォォン!!!!
床が砕ける。
俺は、天井を見上げながら、思った。
(――ああ、やっぱり……)
(この女が、好きだ)
視界が白く霞む中、俺は確かに見た。
ナスターシャ・フィリポヴナが、誇らしげに微笑む姿を――。
そして――
意識が飛んだ。




