70:覚醒
次の瞬間――!!!
「……は?」
信じられない光景が、目の前で繰り広げられた。
ナスターシャ・フィリポヴナが、ロゴージンの襟元をガシッと掴んだのだ。
「な、ナスターシャ・フィリポヴナ……?」
ロゴージンが狼狽する。
だが、ナスターシャの眼光は鋭く、これまで見たことのない力強さを宿していた。
彼女は息を吸い込み――
「ナスターシャ・フィリポヴナ流・虚無崩し(Разрушение Ничто)!!!」
ロゴージンの巨体が宙を舞った。
「ぐおおおおおおお!!!!」
ドガシャアアアッ!!!
床に叩きつけられる巨体。
鈍い衝撃音が、室内に響く。
俺は目を疑った。
「な、なにィィィィィ!!!!?」
信じられない光景だった。
しかし――ナスターシャ・フィリポヴナは止まらない!!!
「ナスターシャ・フィリポヴナ流・運命解体投げ(Разбор Судьбы)!!!」
「ッ……がぁッ!!」
ロゴージンが再び宙を舞い、壁に叩きつけられる。
崩れ落ちるロゴージン。
だが、ナスターシャは一歩も引かない。
「ナスターシャ・フィリポヴナ流・悲劇強制転換(Принудительное Преображение Трагедии)!!!」
「ナスターシャ・フィリポヴナ流・ロマンス逆転投げ(Обратный Романтический Бросок)!!!」
「ナスターシャ・フィリポヴナ流・文学改変スープレックス(Литературный Суплекс)!!!」
何度も!! 何度も!!
投げる!!! 投げる!!!!
バァァァァァン!!!!
最後の一撃で、ロゴージンの巨体が床にめり込んだ。
――シ……ン……。
静寂。
誰もが言葉を失っていた。
ナスターシャの肩が、微かに揺れる。
ゆっくりと、深く息を吸う。
そして――
「……これが、私の答えよ」
静かに、だが力強く宣言した。
「う……うそだろ……?」
俺は、呆然とナスターシャを見つめる。
ナスターシャは乱れた髪をかき上げ、ゆっくりと俺を振り返った。
「……タカシ」
その顔には、これまでに見たことがない――
誇らしげな微笑みが浮かんでいた。
しかし――まだ終わらない!!!
ロゴージンが沈黙したその瞬間――
部屋の片隅から、震える声が響いた。
「ナ、ナスターシャ・フィリポヴナ……!」
公爵だった。
彼は、まるでこの世界の痛みそのものを背負ったかのように、
両手を差し伸べる。
「あなたは……僕が救わなければならない……!」
ナスターシャ・フィリポヴナがゆっくりと振り向く。
「あなたは……美しい心を持っているんだ……!」
公爵の声は、震えていた。
だが、それでも彼の信念は揺るがない。
「どれだけ汚されても……あなたは純粋なんだ……!!!」
公爵の瞳には、狂気に近い情熱が宿っていた。
それは、もはや一種の信仰に近かった。
「あなたを……救うのは……僕の使命なんだ……!」
公爵の悲壮な声が、静まり返った部屋に響く。
その瞬間――
ナスターシャ・フィリポヴナは、無言で歩み寄った。
「だから、君は――!!!」
一歩。
さらに一歩。
「ナスターシャ……?」
公爵の顔に、一瞬の安堵が浮かぶ。
その刹那――
「ナスターシャ・フィリポヴナ流・幻想破壊投げ(Разрушение Иллюзии)!!!!!!」
ドガァァァァァァ!!!!!
「ふげっ!?!?!?」
公爵の身体が見事な放物線を描き、壁に叩きつけられた。
ボゴォォォォン!!!!
壁の飾りが揺れ、天井から埃が舞う。
その場に崩れ落ちる公爵。
だが、まだ諦めない!!!
「な、ナスターシャ・フィリポヴナ……!!!」
「僕は……君を……」
ナスターシャは、すべてを悟ったような瞳で、
ゆっくりと手を伸ばした。
「ナスターシャ・フィリポヴナ流・純愛幻想粉砕投げ(Сокрушение Любовной Иллюзии)!!!!」
「ぐぼあああああああ!!!!!!!」
バァァァァァァン!!!!
公爵、二度目の宙舞い。
「ナスターシャ・フィリポヴナ流・自己憐憫逆転一本(Контратака Самосожаления)!!!!!」
ズガァァァァァァァァン!!!!!!!
公爵、床にめり込む。
(……これが、これがドフトエフスキー文学か!?)
もはや形勢は決したかに思えた。
しかし――
「ぬ、ぬおおお……!!!」
「僕は……!!!」
まだ動こうとする公爵。
その首根っこを掴み――
ナスターシャは、静かに告げた。
「公爵。あなたはね、救われる側だったのよ」
「ナスターシャ・フィリポヴナ流・運命超克ドライバー(Преодоление Судьбы Драйвер)!!!!!」
ゴガァァァァァァァン!!!!
公爵、完全なる撃沈。
あとはもう、沈黙が支配するのみだった。
床が――陥没した。
静寂。
公爵――沈黙。
俺――驚愕。
トーツキイ――もう帰る準備。
コートを羽織り、帽子を深く被り、ドアに手をかける。
「さてと、私はそろそろ――」
ガシッ!!!!
「――ッ!?」
首根っこを掴まれた。
「どこに行くつもり?」
ナスターシャ・フィリポヴナが、鋭い笑みを浮かべていた。
「ちょっ……僕はただの傍観者というか、見届ける役というか……!!!」
「そう、つまり 裁かれるべき役割なのよね?」
「ま、待っ――」
「ナスターシャ・フィリポヴナ流・社会的地位崩壊ジャーマン(Разрушение Социального Положения Германский Суплекс)!!!!」
ドゴォォォォン!!!!
「ぎゃああああああああ!!!!!?」
もう帽子は飛び、コートも乱れ、髪はぐちゃぐちゃ、完全に 没落貴族の末路みたいになっていた。
俺は、もう何も言えなかった。
崩れた床、意識のないロゴージンと公爵、そして床に埋まるトーツキイ。
ナスターシャ・フィリポヴナは、乱れた髪をかき上げ、美しく息を整えると――
「タカシ」
俺の名前を、これまでにない優しい声で呼んだ。
……まさか。
ナスターシャ・フィリポヴナは、両手を広げた。
「来て」
俺は、ゴクリと喉を鳴らした。
ついに、ついに――!!!
「ナスターシャ・フィリポヴナ!!!!!」
全力で駆け寄る!!!
ついに俺はこの世界での戦いに勝利し、ナスターシャ・フィリポヴナの愛を勝ち取ったのだ!!!
ハッピーエンド!!!
やったぞ俺!!!!
しかし――
次の瞬間。
「ナスターシャ・フィリポヴナ流・愛の受け止め逆転投げ(Контратака Любви Бросок)!!!!」
「えっ」
俺の身体が宙を舞う。
「ぬああああああああ!?!?!?」
ドシャアアアアアアア!!!!
見事に一本!!!
床が、また砕けた!!!




