67:さらばドフトエフスキー暁に死す!
――静寂。
燃え盛るペテルブルグの空に、一羽の白い鳩が舞い上がる。
さっきまでの灼熱の戦いが嘘のように、世界は静けさに包まれていた。
俺は、倒れたドフトエフスキーをそっと抱きかかえる。
その顔には、どこか満ち足りた笑みが浮かんでいた。
「……ふふ、ついにやったな……」
ドフトエフスキーは苦しげに息を吐きながら、それでも微笑む。
「わが唯一の弟子よ……」
「……師匠……」
「私は……これまで幾多の物語を紡いできた……だが、貴様ほど、物語に抗おうとした男を見たことがない……」
「お前は愚かだ……ナスターシャ・フィリポヴナを救うなどという、決して成し遂げられぬことを信じた男だ……」
「……だが……」
ドフトエフスキーは、俺の腕の中で微かに笑った。
「だからこそ……お前の生き方は……美しい……」
「お前は、既に物語の登場人物ではない……」
「お前は……文学を超えたのだ……」
俺は言葉を失った。
俺は……物語を超えた……?
「だが……タカシよ……覚えておけ……」
「人間は皆、物語の中にいる……」
「ナスターシャを救おうとしたお前も……ラスコリーニコフを倒そうとした佐藤ケンジも……」
「そして、この俺すらも……我らは、常に、何かの物語の一部なのだ……」
「だからこそ……お前はこれからも……生き続けろ……」
俺の頬に、熱いものが流れ落ちる。
「師匠……」
「最後に……一つだけ……教えてやろう……」
ドフトエフスキーは、ゆっくりと俺の肩を掴む。
「……文学の拳とは……」
「言葉を超えた、魂の表現そのものだ……」
ドフトエフスキーは、弱々しくも確かに俺の肩を掴んだ。
「それを……お前に託す……」
その瞬間、俺は確かに感じた。
師匠との最後の“対話”の時間が、終わりを迎えようとしている。
だが――
「最後に……あれをやるぞ!!!!」
ドフトエフスキーが、静かに目を開く。
俺は師匠の手を握る。
「流派――」
「ロシア文学不敗は――」
「叙事詩の風よ!!!」
「全露!!!!」
「悲劇!!!!」
「幻想交錯!!!!」
そして、俺とドフトエフスキーは堅く手を握り合う!!
「見よ!!! ペテルブルグは赤く燃えているぅううううううう!!!!!!!!」
ズドォオオオオオン!!!!!!!!!!!!!!!!
「……よく……やったな……バカ弟子が……」
目を閉じるドフトエフスキー。
俺は師匠を抱きとめる。
「師匠おおおおおおおおおお!!!!!!!!」
天には白い鳩が飛んでいた。




