表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

64/75

64:決戦!冬宮前広場

ペテルブルグの石畳を踏み鳴らしながら、

俺はひたすらに走った。


汗が滝のように流れ、喉は焼けつくように渇いている。

だが、立ち止まるわけにはいかない。


「くそっ、間に合え!間に合え!!!」


目指すはロゴージンの屋敷。


ナスターシャ・フィリポヴナはそこで殺される。


それを止めるために、

俺は前世から積み上げたすべてを賭けて走っている。


途中、おにぎりを乱暴に取り出し、

喉を詰まらせそうになりながらもかじりついた。


最後の補給だ。


これを食べきるまでに間に合わなければ、

すべてが終わる。


夜の街を駆け抜け、

灯の消えた建物の影が次々と流れていく。 


屋敷はもう目の前に見えている。


あと数十メートル、ここを越えれば――


だが、その瞬間、世界が歪んだ。


路面がぐにゃりと捻じれ、ペテルブルグの街並みが蜃気楼のように揺らぎ、俺の視界がぐるんと回転する。


足元の石畳が吸い込まれるように消えていき、俺は思わずブレーキをかけた。


「なっ……!?」


まるで夢の中に迷い込んだような感覚。

息が詰まり、周囲の音が遠のいていく。

代わりに、どこからか低い声が響いた。


「……君は、本当に愚かだな」


 聞き覚えのある声だった。何度も聞いた、あの声だ。


「……!」


振り向く。


そこに立っていたのは、ドフトエフスキー。


長いコートを纏い、冷え切ったペテルブルグの夜風に髪をなびかせながら、彼は俺を見下ろしていた。


深く刻まれた皺、眼光の鋭さ、そしてあの何かを達観したような表情――間違いない。


これは俺がかつて全力で挑み、しかし完膚なきまでに敗北した男だ。


あの時、俺は負けた。

徹底的に、何もかも奪い尽くされるような敗北だった。


拳を振るおうとも、蹴りを放とうとも、彼には届かず、逆に俺の精神の奥深くまで抉られた。


ロシア文学の本質が、彼の言葉が、俺の存在そのものを否定してきた。


最後には、俺の全力の打撃を軽く受け流され、無数の拳が俺の身体を貫き、地に倒れた――。


あの敗北を、俺は忘れない。


だからこそ、俺はこの戦いを待ち望んでいた。

俺はもう、あの時の俺じゃない。


目の前のドフトエフスキーは、静かに佇んでいた。

彼の眼差しには、以前と変わらぬ冷静さと、揺るぎない確信が宿っている。


「……来たか」


その声を聞いた瞬間、俺の心臓が高鳴った。


そうだ、今度こそ決着をつける。


俺は歯を食いしばり、拳を固く握りしめる。そして、地面を蹴った。


目の前のドフトエフスキーに、全力でぶつかるために――!!!


気がつけば、俺たちの戦いはペテルブルグの冬宮前広場へと移っていた。


この広場――Дворцовая площадь(宮殿広場)は、

ロシア帝国の中枢にして、歴史が幾度となく動いた場所。


広場の中心にそびえるのは、

Александровская колонна(アレクサンドルの円柱)。

高さ47.5メートра(メートル)、重さ600 тонн(トン)。


ナポレオン戦争に勝利したАлександр I(アレクサンドル1世)を讃えて建てられたこの巨大な石柱は、なんと基礎に固定されていない。


ただ、その圧倒的なмасса(質量)だけで、

そこに立ち続けているのだ。



その背後には、帝政ロシアの栄光の象徴である

Зимний дворец(冬宮)。


あのピョートル大帝の構想を基に築かれ、歴代皇帝たちがここで政を司ってきた。

やがて、この宮殿に流れ込むのは、熱狂する革命の群衆なのか、それとも――


「おい、あれは……!」

「決闘か? こんな夜更けに?」

「違う……もっとすごいことが始まろうとしている……!」


市民たちが次々と集まってくる。だが、そこにいるのは一般市民だけじゃない。

ガーニャ、エパンチン将軍、ワルワーラ、コーリャ、三姉妹――

その中で、一人、厳めしい表情の男が腕を組む。


エパンチン将軍だった。


「……これは単なる決闘ではない」


彼は低く呟く。


「これは……文学と、歴史と、そして運命そのものを賭けた戦いだ……!!!」


三姉妹の一人が驚いたように将軍を見る。


「お父様、いったいどういうことなの?」


「貴様らはまだ気づいておらんのか?」


将軍は目を細める。


「ドフトエフスキーは、ロシア文学の運命を司る者……」

「だが、タカシは――それに抗おうとしている!」


ワルワーラが震える声で呟く。


「まさか……運命を、書き換えるつもり……!?」


「フッ……」将軍は鼻で笑った。


「やつにそれができるかどうか……

それは、これから証明されることになる……!」


アレクサンドルの円柱の影が長く伸びる。

冷たい月光の下、二人の男が対峙していた。


俺は、その視線を絶対に裏切るわけにはいかない。

「……まさか、ここまで来るとはな」


ドフトエフスキーが薄く笑う。


「だが、忘れるな。この世界のルールは、俺が決める」

「ふざけるな!!! そんなルール、俺がぶっ壊す!!!」


俺の叫びが夜のペテルブルグに響き渡る。


次の瞬間――俺たちの決戦が、ついに始まった!!!!

俺は拳を握りしめ、全力で駆け出した。


ドフトエフスキーも一歩踏み出す。

そして――俺たちの拳が激突した。


ズドン!!!


爆音のような衝撃が広場全体に響き渡り、地面が裂ける。ペテルブルグの街が揺れる。

ただの殴り合いが、もはや物理法則を超えた何かになっている。

俺はドフトエフスキーの頬に拳を叩き込んだ。


しかし、奴もすぐさまカウンターを放ち、俺の腹に重い衝撃が走る。


「ぐっ……!」


吹き飛ばされる――が、耐える!


ドフトエフスキーは微かに笑い、ゆっくりと拳を構えた。


「来い。お前にこの世界の理が超えられるならばな」

「そんなもん、とっくにぶっ壊してやるつもりだ!!!」


俺は再び駆け出し、連打を叩き込む。

だが、ドフトエフスキーの動きが突如、変わる。


「“ロシア文学流”――虚無的探究拳!」


瞬間、俺の視界が歪む。


「なっ……!?」


突如、俺は暗闇の中に放り込まれた。

周囲には何もない。空も、地面も、何もかもが虚無に包まれている。


――否応なく、脳内に響く。


「お前の信念は本物か? 何を救おうとしている? ナスターシャか? いや、お前自身だろう?」


ドフトエフスキーの声が、俺の意識に直接響き渡る。


「お前の愛は、彼女の悲劇を消し去るものではない。

お前の存在は、ロシア文学の文脈において異物だ。

異物が浸食した物語は、もはや文学ではない」

「うるせえええええええええええ!!!!!」


俺は絶叫しながら拳を振るった。


周囲の虚無が砕け散る――!!!


「まだまだあああああああ!!!!!」


俺は再び拳を構え、地面を蹴った。

ドフトエフスキーがわずかに眉を上げる。


「フッ……ならば次だ」


「ロシア文学流――救済否定脚!!!」


突如、奴の蹴りが宙を裂き、俺の腹にめり込んだ。


ゴォォォォォォ!!!!!!


ペテルブルグの大地が――裂けた!!!!

大気が燃え、広場全体が地響きを上げる!!!


ドッゴォォォォォォン!!!!!!


その瞬間、アレクサンドルの円柱が炸裂した。

神のごとき偉容を誇った巨柱が、爆風を巻き起こしながら宙を舞う!!!!


「フギャアアアアアア!!!!!!」


観衆が吹き飛ばされる!!!

軍人たちが帽子を吹き飛ばされながら地面に伏せる!!!!

エパンチン将軍の軍服のボタンが弾け飛ぶ!!!!


「冬宮が崩れるぞぉぉぉぉぉ!!!!!」


――その言葉と同時に、ドゴォォォォォォン!!!!

崩れ落ちる円柱が冬宮の正面に激突!!!!

窓ガラスが砕け散り、壮麗な建築が火を噴く!!!


「これが……文学の力かぁぁぁぁ!!!!!」


将軍が吼える!!!


吹き荒れる炎!!! 立ち上る瓦礫!!!

視界が赤く染まる――!!


しかし――


俺とドフトエフスキーは、その炎のただ中で、なお拳を交わし続けていた!!!!


冬宮が崩れ落ちる――

アレクサンドルの円柱が砕け散る――

地響きと衝撃が広場全体を揺るがす――


しかし!!

そんなことは俺たちには関係ない!!!!


「うおおおおおおお!!!!!」


俺は拳を振るう!!!!


「馬鹿弟子がああああああ!!!!!」


ドフトエフスキーが拳を叩き込む!!!


その戦いの中で、ふと脳裏をよぎる。

ここはペテルブルグの冬宮前広場……


――この場所こそが、後の1917年、11月革命の舞台となる。ツァーリの帝政が崩れ、ロシアが社会主義の時代へと突入する歴史の交差点。


そして、この歴史を改変しようとしているのが――


ドフトエフスキーだ!!!!!!


彼は今、文学だけでなく、歴史そのものを書き換えようとしている!!


ロシア帝国の運命を!! ソビエトの未来を!!

果ては世界の歴史をも!!!!


だが――


そんなことは関係ない!!!!


俺とドフトエフスキーの戦いは、文学の運命を決めるものじゃない!!!

ましてやロシアの未来を決めるものでもない!!!!


これはただの――


殴り合いだ!!!!!!!!!!!!


ドフトエフスキーの拳が俺の顔面に叩き込まれる!!!

俺の拳がドフトエフスキーの顎を打ち砕く!!!


「ぐおおおおおおお!!!!!!」


二人の叫びが響き渡る!!!!


夜空には赤い炎が燃え上がる!!!

まるで、この戦いの行く末を照らすかのように――!!!!


「救済など存在しない。お前の“救う”という言葉は空虚だ」


俺は膝をつきそうになる。


だが、ここで折れるわけにはいかない……!!!


「そんなもん、てめぇが決めることじゃねええええええ!!!!!」


俺は叫び、拳を振り上げる。


「まだだ……まだ終わっちゃいねえ!!!」


俺の叫びに呼応するかのように、大地が震える。


地殻変動――いや、ペテルブルグそのものが、俺たちの戦いの影響で崩壊しようとしている!!!


「来い……!」


ドフトエフスキーが両手を広げ、再び俺を迎え撃つ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ