62:シベリアン・タイガー
庭に出ると、幾人かの男たちが作業していた。
剪定用の鋏を持った庭師、土を掘り返している使用人たち。
静かな午後の庭園――
だったはずが、突然、将軍が手を上げ、厳かに命じた。
「――庭に放て」
作業していた男たちが一斉に顔を上げる。
「し、将軍!? 本気でおっしゃっているのですか!?」
「構わん」
将軍はワイングラスを傾けながら、不敵に微笑んだ。
「た、大変です!!」
「急げ、すぐに檻を開けろ!!!」
使用人たちが慌ただしく動き出す。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!
不気味な地鳴りのような音が響く。
俺は嫌な予感を覚えながら、そっとケンジの方を見る。
「……おい、何を放つって言ってるんだ?」
「さあな」
ケンジは肩をすくめながら、口元に薄く笑みを浮かべた。
――カチャン。
鉄格子が開く音がした。
次の瞬間――
「グルルルルル……」
俺の目の前に姿を現したのは――
シベリアン・タイガー。
「……」
「……………」
「…………………は?」
巨大な影が、ゆっくりと身を起こす。
鋭い牙を剥き出しにしながら、虎はじっと俺を見据えていた。
「うぉぉおおおおおおお!!!!!!!!!」
庭のど真ん中に解き放たれたのは、
シベリアの雪原を支配する、最強の肉食獣。
シベリアン・タイガー。
「ちょっと待て!!!!!」
俺は絶叫した。
「待て、将軍!!!!!」 「ん?」
「なんでここに虎がいる!?!?!?!?」
「ああ、これはな」
将軍が満足げにワイングラスを傾ける。
「軍に持ち込まれた虎だ。たまたま、私が興味を持ってな。」
「いや、お前……」
「そこで思ったのだ」
将軍が静かに微笑む。
「お前なら、こいつとも戦えるのではないか、と」
「ふざけんな!!!!!!」
俺の絶叫を無視して、シベリアン・タイガーが、ゆっくりとこちらへ向かってくる。
「グルルルルルルルル……」
「おいおいおいおいおいおい!!!!!」 「ほら、タカシ」
ケンジが笑いながら俺の肩を叩く。
「今まで熊も牛も投げたんだから、虎くらい余裕だろ?」
「余裕なわけあるかああああああ!!!!!」
「よし、戦え!!!!」
将軍がワイングラスを傾けながら、実に楽しげに叫ぶ。
「いざ、シベリアの虎との決闘だ!!!」
「ふざけんなああああああ!!!!!」
「グルルルルル……」
虎がじりじりと距離を詰めながら、俺を睨みつける。
鋭い牙。
分厚い前脚。
しなやかに波打つ筋肉――
(これ……勝てるのか?????)
俺の全身を冷たい汗が伝う。
(今までの相手とは格が違うぞ……!!!!)
目の前の虎は、単なる猛獣ではない。
これはまさに、ロシアの雪原が生んだ最強の戦士!!!
その鋭い眼光は、こちらの動きをすべて見透かしているかのようだ。
「……」
(間合いを計れ)
虎もまた、俺の動きを観察している。
不用意に近づけば、一撃で仕留められる。
(……ここで退けば、負けだ)
俺は拳を握りしめた。
「行くぞ……!!!!!」
虎の目がギラリと光る。
「グルルルルルルルルルルル……!!!!」
ドン!!!!!!!
虎が突進してきた。
「うおおおおおおお!!!!!」
目の前の空気が弾けるように炸裂する!!
地響きを伴う猛スピードの突進――!!!
(こいつ、でかいだけじゃねえ!!!速い!!!!)
「タカシ!!!!」
ケンジの声が響く。
「虎の懐に飛び込め!!!!!」
「言われなくても……!!!」
俺は全力で、虎の喉元へ突っ込んだ。
「ぐおおおおおおお!!!!!」
(投げる!!!!!)
俺は――
虎の巨体を掴み、全身全霊の力を込めて投げた。
ズゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン!!!!!!!!
虎の巨体が宙を舞う。
「なっ……!!!!」
将軍が驚愕の表情を浮かべる。
「投げた!?!?!?!?」
「うおおおおおお!!!!!」
俺は、全力の――
「大外刈り!!!!!!!!!」
ドゴォォォォォォォォォォン!!!!!!!
虎の巨体が地面に叩きつけられる。
まるで雷鳴が落ちたような轟音と共に、庭の土が舞い上がった。
「………………!!!」
屋敷中が静まり返る。
あまりの衝撃に、鳥たちが一斉に飛び立った。
沈黙――
「………………ま、マジか」
ケンジが呆然と俺を見つめる。
俺は荒い息を吐きながら立ち上がった。
「倒した……!!!」
「……」
将軍はゆっくりとワイングラスを置いた。
「お前は……」
「………………」
「ロシアの歴史に残るかもしれんな」
「……は?」
「牛を投げ、熊を投げ、虎を投げた男」
「………………」
「“ロシアを投げる男”……か」
「……いや、なんでそんな称号つくってんだよ!!!!!」
俺は全力でツッコんだ。
「もういいだろ!!!!! 俺、虎倒したんだから!!!!!」
「……ふむ。」
将軍は腕を組みながら、しばし考え込む。
「では、最後の試練だな」
「……は?」
「貴様、もう一度、ナスターシャ・フィリポヴナを取り戻してこい。」
「………………」
俺は拳を握りしめた。
「当然だ……!!!」
「そうか」
将軍は俺を見つめる。
「ならば、行くがいい」
俺は深く頷いた。
「ナスターシャ・フィリポヴナを救い、ドフトエフスキーを倒す!!!!!」
こうして――
俺の最終決戦が始まる。




