61:将軍家への帰還
「ただいま〜〜〜〜!!!」
俺は堂々と将軍家の玄関を開け放った。
特に躊躇いもなく、一歩踏み入れる。
屋敷の中は、いつもの通り静かだった。
数カ月ぶりに帰ってきたというのに、別に誰も驚かない。
夫人も、三姉妹も、俺の顔を見て、
「ああ……」
と、まるでウラジーミルの生神女イコンのような複雑な顔をした。
何も言わない。
いや、言いたいことは山ほどあるのかもしれないが、
それすら通り越した悟りの境地に達している感じだった。
気まずい。
それを打破するように、奥から将軍がズカズカと出てきた。
「おお!!!」
満面の笑みで俺の肩を叩いてくる。
「無事に帰ってきたか!!!」
「え、まあ……」
「よし、まずは風呂に入れ! 飯を食え! それから話を聞かせろ!」
将軍だけが、まるで“遠征から帰還した英雄”を迎えるかのように盛大に歓迎してくる。
いや、俺、遠征というか……修行してたというか……ドフトエフスキーのファンと戦ってたというか……
「えっと、その前に、ちょっとだけ……休んでいいっすかね?」
「はっはっは!!! なんだ疲れてるのか!? なら酒を飲め!!! ウォッカだ!!!」
この国、ほんと酒と風呂と飯しか歓迎手段ないのか???
「で、そちらのお客様は?」
夫人の静かな声が、再び響く。
ケンジは、ニコリと営業スマイルを浮かべながら、一歩前に出た。
「いやぁ、その……すみませんね。ボクらが連れ回したもんで。ほんと、ごめんなさい。いや〜タカシがいつも噂してましたけど、綺麗な奥様ですね!もう、将軍が羨ましい!!!」
「昭和のサラリーマンの風習か!!!!!!」
俺は全力でツッコんだ。
だが、夫人も三姉妹も――まるで、ウラジーミルの生神女イコンのような表情で無言を貫いている。
ドゥーニャは気まずそうにしながら、それでも礼儀正しく会釈をする。
「初めまして。アヴドーチヤ・ロマーノヴナ・ラスコーリニコワと申します」
その名を聞いた瞬間、夫人の目がうっすらと細められた。
「……まあ、立派なお名前ですこと」
一瞬、冷気すら走る。
ケンジはさすがにやべえと思ったのか、サッと俺の後ろに隠れながら、小声で囁いた。
「……なぁ、なんか空気が怖くね?」
「当たり前だろ!!!!!」
「いやー、これはちょっと、予想外というか……」
「お前が連れてきたんだろうが!!!!!」
その時、将軍がズイと前に出る。
「まあまあ、せっかくの客人だ。とりあえず、まずは食事でも――」
その瞬間、夫人と三姉妹の視線が、グッと将軍に向けられた。
将軍の笑顔が、わずかに引きつる。
「……いや、なんだ、その、客人として迎えようではないか?」
夫人は、スッと目を細める。
「お食事は……そうですわね、少し考えます」
(うわぁ、これは絶対何か企んでるやつだ!!!!!!)
俺は内心、全力で震え上がった。
夫人は静かに微笑みながら、優雅にスープをすくった。そして、俺に向かって静かに言い放つ。
「それで、タカシさん。あなた、これからどうするおつもり?」
その瞬間、スプーンを握る俺の手がピタリと止まった。
「え、いや、それは……」
「まさか、まだ “ナスターシャ・フィリポヴナ” などというのですか?」
ズバァァァァァン!!!!
心臓をぶち抜かれるような直球の一撃。
「え、ええっと……」
「あなたね、いい加減目を覚ましなさい」
夫人の冷静な声が、食卓に沈黙をもたらす。
「そもそも、あなたがナスターシャ・フィリポヴナを “救う” などと言い出して、どれだけの騒ぎになったかお分かりかしら?」
「いや、その……でも俺は……」
「まだ諦めないのね」
アグラーヤが呆れたようにため息をついた。
「あなた、本気でナスターシャ・フィリポヴナと結ばれるつもりなの?」
「もちろんだ!!!」
俺は断固として宣言した。
すると、アグラーヤはスッと目を細め、少し笑みを浮かべた。
「……いいわ。なら、あなたが “ナスターシャ・フィリポヴナ” を連れてきた時、改めて判断してあげる」
「判断?」
「ええ。私たちが彼女に “ふさわしいか” 見定めるのよ」
「…………」
いや、めちゃくちゃハードル高くない???????
一方、将軍は楽しそうにワインを口にしながら、ニヤリと笑って俺を見た。
「ほう。そこまで言い切れるとはな。ずいぶんと強くなったものだ」
「え?」
「以前のお前なら、“え、いや、その” などと歯切れの悪い言い訳をしていたはずだ。だが今は、目をそらさずに “もちろんだ” と言い切った」
将軍は愉快そうにワインを掲げた。
「いいぞ、タカシ。男ならば、己が決めた道を突き進むのが大事だ」
「そ、そうですかね……?」
「だが――」
将軍は少し鋭い目つきになり、俺をじっと見据えた。
「お前は本当に、ナスターシャ・フィリポヴナを “救う” ことができるのか?」
俺は息を呑んだ。
将軍の目は、本気だった。
「彼女は “悲劇” に囚われている。救うということは、その運命すらも変えなければならない」
「…………」
「本当にお前に、その覚悟があるのか?」
俺は、拳を握った。
「……ある」
「ほう?」
「俺は、もう迷わない。何があっても、ナスターシャを救う」
そう呟くと、彼は椅子から立ち上がった。
「ならば――庭に来い!!!!!」
「は?????」
将軍の突然の宣言に、俺は目を丸くする。
「え、いや……庭に?」




