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55/75

55:片方の眉を剃る

「さあ、修行開始だ」

ケンジがそう言った瞬間、俺は覚悟を決めた。


ナスターシャを救うためにここまで来た。それならば、どんな修行でも耐え抜いてみせる。


「まずは山だ」

「山?」

「そう、修行といえば山籠もりだろ」


そういて、ケンジは俺に剃刀を渡した。

それは、あの大山倍達の……


大山倍達――伝説の空手家。


彼が若かりし頃、精神を鍛えるために行った修行の一つ。


それは 「片方の眉を剃る」 という行為だった。


理由は単純。


「恥ずかしい姿になれば、人前に出るのが嫌になる。結果として、修行に専念できる」


そう考えた大山倍達は、躊躇なく片方の眉を剃り落とし、

その異様な姿を鏡で見つめ―― 「馬鹿だな、俺は」 と自分を笑った。


そして、完全に俗世と決別する覚悟を決め、山へと籠もったのである。


――つまり、今の俺に必要なのも、それだということか。


「さあ、お前もやれ」


佐藤ケンジが、剃刀を差し出す。


「……マジで?」


「マジだ。眉を剃って笑え。でなきゃ、お前はナスターシャ・フィリポヴナを救えない」


俺は、剃刀を握りしめる。


覚悟を決めろ、俺……!!!


気がつけば、俺たちは ウラル山脈の奥深くにいた。

猛吹雪。気温 −30℃ 。体感としては、皮膚の上を無数の刃が這い回るような寒さだった。


「おい、いきなりこんな環境で修行するのか?」

「当たり前だ」


ケンジがニヤリと笑う。


「ロシアの寒さに耐えられないようじゃ、ドフトエフスキーの思想の深淵に飛び込むことなどできん」

「そ、そういうもんなのか……?」

「そういうもんだ。さあ、走るぞ」


ケンジは何の迷いもなく雪道を駆け出した。

俺もその後を追い、走る。


だが――

雪が深すぎる。


ふくらはぎまで埋まる雪に足を取られ、思うように進めない。

息を吸えば、冷気が肺を突き刺し、頭がクラクラする。


「ケンジ、おい、待て!」

「遅いぞ、タカシ」


ケンジは平然と雪を踏みしめて進んでいく。


やがて、山を下り俺たちは湖にたどり着いた。

見渡す限りの氷の大地。湖面は完全に凍っており、その上を歩いてもびくともしないほどだった。


「何をするつもりだ?」

「氷を割る」

「え?」

「そして、飛び込む」

「は?????」

「修行といえば水行だろ?」


ケンジが拳を握りしめる。


「ロシアの修行者はな、冬の湖に身を沈め、神の試練を受けながら己を鍛えるんだ」

「そ、それは修道士の話じゃ……?」

「そうだ。だからお前もやれ」


ケンジは一歩前に進み――氷をぶち破った。


「ぐっ……おおおおお……っっっ!!!!」


ケンジが、氷の割れ目からゆっくりと水の中に沈んでいく。


「おい!! マジで大丈夫か!?」

「……ふっ」


水中に浸かったまま、ケンジはうっすらと笑った。


「意外と、いけるぞ」

「さあ、次はお前の番だ。」

「飛び込め!!!!!」


ケンジの声が響く。


「うわあああああ!!!」


水に落ちた瞬間、全身が硬直した。

冷たい、というより痛い。

皮膚に無数の針を突き立てられるような衝撃。肺がひゅっと縮まり、呼吸ができなくなる。


「……がっ……」


全身が震え、思考が停止する。


「耐えろ。」


ケンジの声が響く。


「冷気に負けるな、意識を集中しろ!!!」


「な……る……か……っ!!」


「お前は、ナスターシャ・フィリポヴナを救うんだろう?」

「……っ!!!」


ナスターシャ・フィリポヴナ。

彼女の名を思い出した瞬間、俺の心は不思議と落ち着きを取り戻した。

そうだ、俺はここでくたばるわけにはいかない。

俺は歯を食いしばり、ゆっくりと息を整えた。


「ふっ……ふぅ……」

「よし、いいぞ」


ケンジが頷く。


「ナスターシャ・フィリポヴナアアアアアアア!!!!!」


彼女を取り戻すまで、俺は負けない!!!!!!


湖から這い上がると、すぐに焚き火が用意されていた。


「これがまだ第一段階なんだよな?」

「そうだ」


ケンジはにっこりと微笑む。


「次は、サンボとボクシングの修行だ。辛いぞ?」


「……臨むところだ」



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