53:世界のだいたいのことは角川映画で説明出来る
色々といいたいことはある。
とはいえ、本人の目の前で「なんで、こっち?」とか心底失礼だ。
ドゥーニャもめっちゃ微妙な顔で、俺の顔を見ている。
俺は椅子に座り直して、紅茶を飲んだ。
「……というわけで、俺とドゥーニャは結ばれた」
佐藤ケンジはそう言いながら、隣に座るドゥーニャ――アヴドーチヤ・ロマーノヴナ・ラスコーリニコワの手を、自然な仕草で握った。
ドゥーニャは、恥ずかしげに微笑みながらも、彼の手を握り返す。
――バチッ!!!
まぶしいくらいのラブラブオーラが放たれ、俺は、思わず目を背けた。
「…………」
いやいやいやいやいやいやいや!!!!!!!
お前ら!!!!!!!
ここでいちゃつくな!!!!!!!!!!!!!!
「――でな」
佐藤ケンジは、めちゃくちゃ幸せそうな顔で、俺をチラリと見た。
「お前、ナスターシャ・フィリポヴナを救うって言ってるが、今のままじゃ厳しいんじゃないか?」
「ぐっ……」
「歴史の修正力ってやつは、マジで強力なんだよ」
佐藤ケンジは、優しくドゥーニャの髪を撫でながら言った。
「ラスコリーニコフは、最後にはソーニャとともに流刑に行く。それが『罪と罰』という物語の結末だ」
「けど、俺が介入したせいで、ラスコリーニコフは俺にぶっ倒された。というか、俺が警察に突き出した。
ソーニャの未来は……まあ、変わらない。
なにせ、どっちにしてもラスコリーニコフは罪を償うのだから」
「ドゥーニャも、本来ならラズミーヒンと結ばれるはずだった」
「でも、俺がここに来たことで、彼女は俺のものになった」
「ぐっ……!!!!!!!!!!」
俺は奥歯を噛み締めた。
なんだこの理不尽!!!!
お前ら、なんでそんな幸せそうなんだ!!!!
「ま、これは俺が勝ち取った未来だからな」
「お前もナスターシャ・フィリポヴナを救いたいなら“歴史の修正力” にどう立ち向かうか、よく考えんなくてはならない」
そう言いながら、佐藤ケンジは、ゆっくりとドゥーニャの頬にキスをした。
「…………」
俺は、佐藤ケンジとドゥーニャの姿をじっと見つめた。
歴史の修正力――
それは、俺たち異世界転生者にとって最大の敵とも言える力だ。
だが、こいつは……
「お前、歴史の修正力に打ち勝ったのか?」
俺の問いに、佐藤ケンジは微かに笑う。
「打ち勝つことができた? 違うな」
彼は首を振った。
「俺は、歴史の修正力に“適応”しただけだ」
「……どういうことだ?」
ケンジは俺をじっと見つめ、静かに語り始めた。
「いいか、タカシ……お前はまだ理解していない」
「歴史の修正力は、確かに強大だ。俺たちのような転生者が、安易に物語を改変しようとすれば、
その影響を受けて修正され、押し潰される」
「それは『戦国自衛隊』が示している通りだ」
「だが――」
彼はドゥーニャの手を握りながら、続けた。
「ドフトエフスキーの物語の中で、ドゥーニャは主役ではない。ナスターシャ・フィリポヴナやソーニャのように、物語の中心にいるわけじゃない」
「つまり、ドゥーニャは――“物語の流れを決定づけるキャラではない”」
俺は息を呑んだ。
「ナスターシャ・フィリポヴナやソーニャの運命を変えることは難しい。なぜなら、彼女たちは“物語の主軸”だからな」
「しかし、ドゥーニャは――端役だ。物語に影響を与えない限り、歴史の修正力が積極的に働くことはない」
「そして何より、俺は強い」
「ゆえに、ドゥーニャと共に裏町で静かに暮らす程度ならば、ドフトエフスキーも介入しない」
「俺は――こうして生き残った」
俺は、その言葉に震えた。そうか……そういうことか……
「だがな」
佐藤ケンジはゆっくりと立ち上がり、俺を見つめる。
「お前が救おうとしているのは、ナスターシャ・フィリポヴナだ」
「それは、俺とは違う戦いになる」
「お前も“歴史の修正力”にどう立ち向かうか、よく考えなくてはならない」
佐藤ケンジは、一歩前に出て、腕を組んだ。
その目には、どこか遠い過去を見つめるような光が宿っている。
「お前も『戦国自衛隊』で学んだはずだ」
俺は、無意識にゴクリと喉を鳴らす。
佐藤ケンジは、静かに語り始めた。
「千葉真一……その名を聞いただけで、俺は胸が熱くなる」
「彼が演じた伊庭義明は、現代の自衛官として、
戦国の世に降り立ち、歴史を変えようとした。
しかし、いくら火力があっても、いくら戦術が優れていても、
結局、歴史の修正力には抗えなかった……」
「長尾景虎と手を組み、新たな時代を作ろうとしたが、結局、彼の意思とは関係なく、彼の存在は歴史に飲み込まれた」
「最終的に、伊庭は仲間を失い、未来に帰ることも叶わず、戦国の世で散った……」
佐藤ケンジは拳を握りしめる。
「そして、『戦国自衛隊』は、ただのタイムスリップものではない」
「これは、角川映画という、日本映画の黄金時代を支えた一大プロジェクトの一端でもある」
「角川映画は、文芸作品を原作にしながら、映像的なエンターテインメントへと昇華させた」
「『戦国自衛隊』だけじゃない」『里見八犬伝』、そして『魔界転生』……どれも歴史とファンタジーの狭間で戦った男の物語だった」
「お前はわかるか?」
佐藤ケンジは、俺を鋭く指差した。
「そしてな……これは、お前の“歴史修正力”との戦いなんだよ!!!」
俺はゴクリと喉を鳴らした。
だが、佐藤ケンジはそこで話を終えなかった。
むしろ、さらに熱を帯びて語り始めた。
「お前、『竹取物語』を知ってるか?」
「えっ?」
「沢口靖子主演の、あの角川映画だ!!!」
……いや、知ってるけど。
かぐや姫を題材にした、SFファンタジー……のはず。
「1987年のことだった……」
佐藤ケンジは、ゆっくりと目を閉じた。
まるで、自分の過去を反芻するように。
「俺は、小学生だった……
地方都市の小さな映画館。伊那旭座。
朝一番の回に並び、ワクワクしながら最前列に座った……」
「前情報では、中井貴一が竜と戦うって書いてあった。
テレビCMでは、何度も巨大なUFOが映し出された。
俺は思ったんだ――
『ああ、最後はUFOを追い返して、二人が結ばれるんだな……』ってな」
「違った……」
佐藤ケンジの顔が、曇る。
「全然、違ったんだ……!!!!!」
「確かに、UFOは出てくる……
だが、俺の想像を遥かに超えた存在だった」
「圧倒的な力を持ち、
もはや人間がどうこうできる次元じゃない……」
「そして……」
佐藤ケンジは、ゆっくりと俺を見つめた。
「かぐや姫は――
何の迷いもなく、
自らUFOに乗って去っていったんだ……」
「えっ?」
「俺は愕然とした」
「最後は、主人公と一緒に戦って、
UFOを撃退して、
人間として生きるんじゃなかったのか……!?」
「だが、かぐや姫は、ただひとこと――
『さようなら』
と言い残して、宇宙へ旅立ってしまった……!!!!!」
俺は絶句した。
いや、待てよ……
それって……
「佐藤……まさかお前……?」
「ああ、分かるか?」
佐藤ケンジは、拳を握る。
「これはな……“歴史の修正力”のメタファーなんだよ!!!!!」
「かぐや姫は、どれだけ人間と関わろうと、どれだけ愛されようと、
絶対に『月に帰る運命』から逃れられなかった!!!!!」
「この衝撃、分かるか!?!?!?」
「お前がナスターシャ・フィリポヴナを救おうとしているのも、それと同じことなんだ!!!!!」
俺は――全身に冷や汗をかいた。
「お前はまだ、この世界の“修正力”の本当の恐ろしさを知らない……!!!」
俺は――震えながら、
佐藤ケンジの言葉を噛み締めた。
歴史は……変えられるのか?
それとも、俺たちは……
抗えぬ運命の中で、ただ翻弄されるしかないのか????
佐藤ケンジの目が、俺を試すように光る。
俺は、ゆっくりと拳を握った。
「できるかどうかじゃない」
「俺は――やる!!!!!」
「俺はナスターシャ・フィリポヴナを救うために、この世界に来た!!!!!」
佐藤ケンジは、ふっと笑った。
「言うと思ったよ」




