52:俺の狙いはサブヒロイン
俺は、しばらく黙って佐藤ケンジを見つめていた。
「……なるほどな」
彼の努力は、まさしく狂気の沙汰だった。
だが、俺もナスターシャ・フィリポヴナを救うためにここまで来た男だ。
この熱意、理解できる。
だからこそ、俺は確信を持って言った。
「つまり、お前はラスコリーニコフを倒し、ソフィヤ・セミョーノヴナ・マルメラードワ……ソーニャと結ばれたんだな?」
「は……?」
佐藤ケンジが、露骨にキョトンとした顔をした。
「……え? なんで?」
俺は、少し首を傾げながら向かいに座る女性を見つめる。
「あなた……ソーニャですよね???」
すると、彼女――美しく芯のある目をした女が、微妙な表情を浮かべた。
?????????????????????????????????
俺は混乱した。
「ええと……お前、『罪と罰』を読んで、ラスコリーニコフを倒し、ソーニャを救うために転生したんだろ???」
「違う!!!!!!!!」
「???????????????????????????」
「何勝手に決めつけてんだ、お前!!!!」
佐藤ケンジが、苛立った様子で額を押さえる。
「こいつはな、アヴドーチヤ・ロマーノヴナ・ラスコーリニコワ……
愛称はドゥーネチカあるいはドゥーニャ!!!!!!!」
「な、な、な、な、な、な、なんだとぉぉぉぉぉぉぉ!!!!???????????」
俺は目を見開いた。
「おいおいおいおいおいおいおいおい、
それはおかしいだろ!!!!!!!!!!」
俺の脳内で、怒涛のツッコミが駆け巡る。
――『罪と罰』のヒロインって、普通、ソーニャじゃねえのか???????
【ソーニャ解説】
ソフィア・セミョーノヴナ・マルメラードワ――
通称ソーニャ。
ラスコリーニコフの唯一の救いであり、清らかで、自己犠牲の象徴とも言える聖女。
貧しい家族を支えるため、売春すら厭わない。
だが、その魂は純粋であり、どんな罪を犯した人間でも、その心の中の“善”を信じ続ける女性だ。
「ラスコリーニコフ、お前は罪を犯した! でも……」
……みたいな感じで、彼の罪を糾弾するのではなく、
その苦しみを受け入れ、共に歩もうとするヒロイン。
ラスコリーニコフは、そんな彼女に導かれることで、最終的に己の罪を認め、贖罪の道を歩む。
そう!!!
『罪と罰』という作品は、ラスコリーニコフの精神的な成長と贖罪を描いた物語であり、
ソーニャこそが、その魂を救う象徴なのだ!!!!!!
つまり、『罪と罰』のヒロインは、どう考えてもソーニャ!!!
「……で、ドゥーニャって誰??????????????????」
【ドゥーニャ解説】
アヴドーチヤ・ロマーノヴナ・ラスコーリニコワ――
ラスコリーニコフの妹。
兄のために犠牲を厭わず、どんな逆境にも耐え抜く、強く誇り高き女性。
金のために最低のクソ野郎ルージンと結婚させられそうになるが、それを拒絶。
さらに、ラスコリーニコフの秘密を知るスヴィドリガイロフに執拗につきまとわれ、
その結果――
銃を握り、運命を撃ち抜こうとした!!!!!!!
「なにがおかしいんだぁあああ!!!!!!!!」
めちゃくちゃブチ切れている佐藤。
俺は、まず目を閉じてよく考える。
よし、冷静になろう。
前世の経験で“恋愛シミュレーションゲーム”の観点で考えてみる。
仮にだ。
『罪と罰』がギャルゲーだったとしよう。
普通のプレイヤーなら、まずソーニャを選ぶ。
次に、ドゥーニャが“サブヒロイン的ポジション”として攻略対象になるのは分かる。
だが――
最初からサブヒロイン狙いって、お前、それ正気か?????
いや、分かるよ?
俺もギャルゲーやエロゲーをやってきた人間として、
最初から「このキャラを落とす!!」と決めて突っ走ることはある。
例えば、学園モノのゲームなら……
・王道のメインヒロイン(幼なじみ or 優等生)
・サブヒロイン(クール系、後輩、お姉さん)
・攻略対象か分からないけど気になるモブ
みたいな分布になっていて、
普通のプレイヤーは、最初はメインヒロインのルートを選ぶ。
なぜなら、それが「物語として自然な流れ」だからだ。
そして、一度メインヒロインルートをクリアした後で、
「さて、次はサブヒロインを攻略するか」となるのが一般的だろ???
にもかかわらず!!!!!!
こいつ――佐藤ケンジは!!!
最初からドゥーニャ一直線!!!!!!
いやいやいやいや、ちょっと待て。
罪と罰って、別にドゥーニャがサブヒロインみたいなポジションじゃないんだよ。
むしろ――
非攻略対象のモブに限りなく近い!!!!!!!!
ドゥーニャって、物語上はめちゃくちゃ重要な役割を果たしてるけど、
あくまで「ラスコリーニコフの妹」というポジションのキャラなんだよ!!!!
物語のメインはラスコリーニコフの葛藤と、ソーニャの献身だろ!!!!!!
たとえるなら――
・『Fate』で言えば、言峰綺礼の娘が攻略対象とか言い出すようなもんだ!!!!!!
・『CLANNAD』で、藤林姉妹をスルーして、春原の妹だけを最初に狙うようなもんだ!!!!!!!
・『To Heart』で、マルチを無視してセリオを最初に狙うようなもんだ!!!!!!!!!!
「いや、俺は最初から“通”を目指していた」とか言い出すタイプ!!!!!!
いやいやいやいや、普通はメインヒロインを通るのが筋だろ!!!!!!!!
「お前、それでいいのか!?!?」
俺は、佐藤ケンジをガッと掴んで揺さぶった。
「なんで!!! ソーニャを救おうと思わなかったんだ!!!!!」
「うるせぇ!!!! 俺の愛は!!! 最初から!!! ドゥーニャ一択だったんだ!!!!!!!」
「ロシア文学の構造、ぶっ壊してんじゃねえか!!!!!!!!!!!!」
「お互い様だろ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
こうして、俺と佐藤ケンジという、異世界転生ロシア文学改変者が、
ついに出会ってしまったのだった。




