43:ナスターシャ・フィリポヴナの失踪にはもう慣れた
ナスターシャ・フィリポヴナの破滅願望が
再発するのはもはや日常茶飯事になっていた。
おおむね、夫婦の時間になると
ドフトエフスキー先生仕込みの、
文庫版2ページ分くらいの語りが続く。
それが何度も。
それに対して、俺は熱い想いをぶつける。
ナスターシャ・フィリポヴナに愛の言葉をぶつけるのだ。
それに、ナスターシャ・フィリポヴナも応えてくれる。
時には明け方まで続くことがある。
結果、朝食の席で怒られる。
ちなみに、エパンチン将軍は
俺をフォローすることもなく仕事へ。
三姉妹、特にアグラーヤはいつも怒っているが、
夫人は達観したのウラジーミルの生神女イコンみたいな
複雑な表情をしている。
しかし、さらに厄介なことがある――
「失踪癖」だ!!!!!!!!
原作でも度々逃げ出している
ナスターシャ・フィリポヴナ。
ついには公爵との結婚の日に、
ロゴージンのところに逃げ出して不幸な最後となる。
ゆえに、ナスターシャ・フィリポヴナは三日に一度は、
必ず逃げる。
ただし、どこへ行くのかというと、
行き先は決まっている。
公爵のところか、ロゴージンのところ。
(……せめて新しい逃げ場所を開拓する気はないのか?)
「またか……」
もはや慣れた俺は、淡々と外套を羽織り、まずは公爵の下宿へ向かうことにした。
別に、うんざりもしていない。
俺は、ナスターシャ・フィリポヴナを救う男なのだから。
さて、公爵といえば、どこにいるのかといえば――
ガーニャの家に下宿している。
(そう、ガーニャだ……)
ガヴリーラ・アルダリオノヴィチ・イヴォルギン。
通称、ガーニャ。
貴族階級に憧れ、エリート意識が高いくせに、実際には中流家庭の生まれで、妙にプライドだけは高いという男。
しかも、ナスターシャ・フィリポヴナとの結婚を夢見ながら、彼女の「破滅願望ムーブ」に翻弄されまくった挙句――
原作では、最後には、めっちゃ惨めな目に遭う。
俺は、ガーニャの家のドアをノックした。
「ごめんくださーい!!!!」
しばらくすると、家の奥から人の気配がした。
ドアが開く。
ガーニャが出てきた。
「………………」
「いやぁ、また来ちゃいました!」
「……またか!!!!!!!!!」
(おっと、やっぱりいたな!!!!!)
さて、イヴォルギン家の家族構成を整理しよう。
・イヴォルギン将軍(父)
かつては軍人だったが今ではただの酒浸り&虚言癖持ちの老兵。
「若い頃、ナポレオンと会ったことがある」とか平気で嘘八百を並べる。
・ニーナ・アレクサンドロヴナ(母)
家族を支える気丈な母親。
ガーニャの野心に呆れつつも、家族を守ろうと頑張っている。
・ガヴリーラ・アルダリオノヴィチ・イヴォルギン(長男)
この家の長男。貴族の娘と結婚するのが夢だがいつも報われない。
・ワルワーラ(妹)
家族の中で最もしっかり者。ガーニャとは正反対の現実的な性格。
・コーリャ(弟)
イヴォルギン家の末っ子。
まだ若いが、兄や父親よりもよっぽど聡明で、家族の中では比較的まともな感性を持っている。
つまり――この家、めっちゃカオスである。
その時、家の奥からワルワーラの声が聞こえた。
「ガーニャ! また騒いでるの!?」
ドアの奥から、ワルワーラ登場。
そして、彼女の後ろには、なんと母親のニーナ・アレクサンドロヴナまでついている。
「……あぁ、またあなたね」
「どうも、こんにちは」
「またナスターシャ・フィリポヴナを迎えに来たの?」
「ええ、いつものことです」
母親のほうは、呆れた表情をしている。
「本当に困ったわね……」
ガーニャがイライラしている。
「おい、なにを普通に対応してるんだ!!!!」
「だって、もう慣れたでしょう?」
「慣れるな!!!!!!!!!!」
そこへ、家の奥からコーリャがやってくる。
「あれ、またタカシさん?」
「おっ、コーリャ!!」
「ナスターシャ・フィリポヴナ、
また逃げてきたんだね?」
「そういうこと」
「……はは、もうお決まりのパターンになってるね。」
挨拶を済ませた俺は、母親のほうをむく。
「すみません、お昼ごはんまだなんです」
「……は?」
「いや、だって公爵の部屋にナスターシャがいるのは確定してるし、どうせ逃げられないし、今すぐ迎えに行かなくてもいいでしょ?」
「……まあ、確かに」
コーリャはなぜか楽しそうだ。
「それなら、ゆっくりしていけば?」
それを聞いて、ガーニャが怒る。
「おい!!!!!!!!
なんでコイツに飯を出す流れになるんだ!!!!!!」
俺、普通にイヴォルギン家でランチを食うことに成功。
さて、イヴォルギン家の面々の中で
コーリャは特に俺に興味津々だ。
俺の21世紀の知識を面白がってくれる。
「まず、ロシアはこのあと革命が起きて、
ロマノフ朝は滅びる」
「ほう……!」
「その後、共産主義国家になって世界を二分する冷戦が始まる!!」
「おお!!!」
「そして21世紀には、スマートフォンという小型の魔法の機械が生まれる!!!」
「すごい!! それで?」
「人々は手のひらの中で全世界の情報を得られるようになる!!!」
「やばい!!!」
「そして、AIが人類を導く時代がやってくる!!!!!」
「ワクワクする!!!!」
聞いていたガーニャがテーブルを叩く。
「お前ら、何の話をしてるんだ!!!!!!!!」
「未来の話、面白いわね。」
「ガーニャ、あんたよりはよっぽど面白い話するわよ
、この人」
「何ィィィィィ!!!!!!!!!!」
こうして――
俺、なぜかイヴォルギン家の食卓で
未来談義を繰り広げるのだった――




