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25/75

25:俺はナスターシャ・フィリポヴナの顔を知らない

俺は深く息を吸い、ドアベルを鳴らした。


扉が開く。豪華なシャンデリアの光が漏れ、絹のドレスとタキシードに包まれた貴族たちのざわめきが聞こえる。


だが――


当然、止められた。


「失礼ですが、お客様のご招待状を拝見できますか?」


会場の入り口に立つ男が、冷たい視線を向けてくる。


(くそっ、そんなものあるわけがない!)


俺は迷った。ここで取り乱してはダメだ。だが、冷静になりすぎても押し返されるだけ。

……勢いだ。


俺は堂々と胸を張り、毅然とした態度で言い放った。


「俺を誰だと思っている!」


男が一瞬、面食らったように目を見開く。


「……失礼ですが、お名前は?」

「そんなもの、言うまでもないだろう!」

「いえ、言ってください。」


(やばい、普通に冷静に返された)


俺は、わざと大きくため息をつき、不機嫌そうに顔を歪めた。


「……お前、俺に恥をかかせるつもりか?」


男が、戸惑う。

周囲にいた客人たちも、こちらをちらちらと見始めた。


(いける……!)


「もういい、貴様のような下僕に説明する時間などない!」


俺は手を振り払うような仕草をし、そのままズカズカと会場の中へ踏み込もうとする。


男が、慌てて「お待ちください!」と手を伸ばしてきたが――


俺は、さらに大きな声で怒鳴った。


「貴様、俺を侮辱する気か!?」


周囲の貴族たちの視線が集まる。門番の男は完全に動揺し、ためらいがちに一歩引いた。


俺は、その隙を突いて、堂々と会場の奥へと進んだ。


(よし……通った!)


こうして、俺は勢いだけで夜会への潜入を成功させた。


ナスターシャ・フィリポヴナはどこだ!?


俺は、会場を見渡した。


煌びやかなドレスを纏った女たち、シルクのスーツを着た男たちが談笑し、ワイングラスを片手に高笑いしている。


(くそっ……どこだ、ナスターシャ・フィリポヴナ!)


俺は、ナスターシャ・フィリポヴナを探す。


だが――


(……待てよ)


顔がわからない。




なぜなら、ナスターシャ・フィリポヴナは小説の中の登場人物だからだ!


当然、俺は彼女の実際の顔を見たことがない!


(ならば、思い出せ……!)


俺は、ドストエフスキーが描写したナスターシャ・フィリポヴナの容姿を必死に思い出した。


「高く美しい額、燃えるように輝く黒髪、憂いを帯びた深い瞳、透き通るように白い肌……」


それは、ただの美しさではない。

気高さと悲劇、そして抗えぬ運命を背負った、美しすぎる存在。


ドストエフスキーが語った彼女の美しさ。

彼女の苦悩、彼女の誇り、彼女の絶望だ。


(……いた!)


会場の一角、人々の注目を集めるかのように、静かに、しかし圧倒的な存在感を放つひとりの女性がいた。


初めて見る彼女は、美しかった。それなのに、どこか儚い。


そして、何より――


彼女の瞳は、すべてを諦めたかのような哀しみを湛えていた。


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