24:ペテルブルグだ
気がついたら、俺はその世界に立っていた。
冷たい風が吹き抜ける。
視界に広がるのは、まぎれもなく19世紀ロシアのペテルブルグ。
ガス灯が並ぶ石畳の通り。
馬車が行き交う。
通りを行き交う紳士淑女たちの衣擦れの音がする。
時折、ロシア語の会話が耳に入る。
俺は、ふと横のガラス窓に顔を映した。
……元のままの俺だ。
顔も、体も、日本にいた時と変わらない。
服装も、青山で買ったスーツだ。
(まあ……いいか)
俺は、ゆっくりと息を吐いた。
ここは間違いなく、ナスターシャ・フィリポヴナのいる世界。
そして、目の前にあるこの建物――
豪奢なシャンデリアの光が漏れ、
華やかな笑い声が響いてくるこの屋敷こそ、
今夜、あの「夜会」が行われている場所だ。
(間違いない……ここだ)
俺は、確信した。
夜会の内容を思い出す。
(……あの夜会だ)
薄汚れた金持ちどもが、次々と自らの悪事を語り、
それを笑いの種にして、酒を煽っている。
罪を告白することで、
むしろ己の悪徳を誇るかのように――。
まさに、腐りきった連中の見せ物小屋だ。
そして、そこにナスターシャ・フィリポヴナがいる。
彼女は、そんな男たちの下劣な笑いを冷ややかに受け止めながらも、ただ、ひたすらにそこに座っている。
美しく、そして――悲しく。
この地獄を仕組んだのは、あのトーツキイだ。
自らの愛人だったナスターシャを手放し、
彼女を金持ちの玩具として差し出した張本人。
彼は今、この場にいて、まるで自分には何の責任もないかのように、酒を飲み、笑っている。
(ふざけるな……!)
そして、やつが来る――ロゴージンだ。
ナスターシャを「手に入れる」ために、あの狂った男が、10万ルーブルを持ってやってくる。まるで金で人の運命を買えるとでも言うように。
そして、公爵――ムイシュキン。
お前は何をしている?ナスターシャを愛すると言いながら、ただそこに座り、彼女が弄ばれるのを見ているだけか?
何もせず、ただ、悲しげな目を向けるだけなのか?
そうして、ナスターシャ・フィリポヴナは、その10万ルーブルを、暖炉の火の中へと投げ込む――。
(俺は、この場面に立ち会うことになる)
これは、彼女の運命が決定的に狂い、彼女が破滅へと向かう瞬間。
だが、俺は――
ここで、何もしないわけにはいかない。
俺は、ギュッと拳を握りしめた。
俺がここに来た理由は、ただ一つ――
ナスターシャ・フィリポヴナを救うため。
(……いくぞ)
俺は、真っ直ぐに夜会の会場へと向かった――!!




