23:それ、本当に実在する世界なんですか?
【第十三章】信仰と転生と、チート不要の男
「……面白いですね。本当に面白い方です」
目の前の女神(?)は、静かに微笑んだ。
まるで、すべてを見透かしているかのような、慈愛に満ちた笑み。
(おお、聖人っぽくなったな……)
俺は慎重に彼女の様子を窺った。
どエロい衣装をまといながらも、どこか気品のある佇まい。
確かに「神」として崇められる何かを感じさせる。
だが――
(本当に、この存在を神と認めていいのか?)
俺の中に、まだ拭いきれぬ疑問があった。
彼女はその逡巡を察したのか、微笑を崩さぬまま、柔らかく言った。
「あなたは、本当に誠実な方なのですね」
「誠実……か?」
「ええ。多くの者は、目の前に“神”が現れたら、疑うことなく跪きます。
けれど、あなたはそうしなかった。
“信じる”前に、“考えよう”とした」
「……考えることは、俺の癖だ」
「いい癖です。そういう人こそ、信仰の本質に近づける」
その言葉を、俺は噛みしめる。
(信仰の本質……)
この三年間、俺は正教に触れ、祈り、洗礼を受けた。
だが、“信じるとは何か?”という問いには、まだ明確な答えがない。
――神とは何か? 信仰とは何か?
彼女は、俺の迷いすらも見透かしたように微笑む。
「あなたは、私を“聖人”と見なすと言いましたね?」
「ああ」
「ならば、あなたの知る聖人の中から、私に似た存在を探してごらんなさい」
彼女は、ゆっくりと腕を広げた。
「私が、あなたの世界でどう認識されるべき存在なのか――
それを、あなた自身の信仰で、見つけなさい」
その言葉に、俺はゆっくりと頭を下げた。
「……失礼なことを聞いて、申し訳ない」
「いいえ。あなたの問いは、誠実でした」
「信仰とは、ただ与えられるものではありません。
疑い、問い、考え抜くことの先にあるのです」
俺は、胸の前で静かに十字を切った。
「……俺はまだ、信仰の本質を理解できていないと思う」
「それでいいのです。求め続けることこそ、信仰の第一歩ですから」
女神(?)は静かに頷きながら言った。
「――それでは、あなたを転生させましょう」
「通常、転生には“特典”としてチート能力をお渡しするのですが……」
「いらない」
俺は即答した。
女神が、きょとんとした顔で瞬きをする。
「え……いらない?」
「俺は、自分の力でナスターシャ・フィリポヴナを救う。
チートなんか頼るのは、彼女への冒涜だ」
彼女は、あからさまに動揺しながら、なにかメモ帳のようなものに書き込みを始めた。
「……じゃ、じゃあ、転生先の世界を指定してください」
「ナスターシャ・フィリポヴナのいる世界だ」
女神のペンが止まる。
「……えっと、もう少し具体的に?」
「ドストエフスキーの『白痴』の舞台となった19世紀ロシア。
ナスターシャ・フィリポヴナが生きている世界だ」
「……それ、本当に実在するんですか?」
「お前、異世界転生の管理者なのに、それすら知らんのか?」
「い、いえ……普通はもっとこう、魔法と剣の世界とか、メカと宇宙の世界とか……」
「ナスターシャ・フィリポヴナは実在する。
いや、していなければならない」
「……それ、願望では……?」
「違う。俺はそのためにロシア語を学び、正教に入り、道場で鍛え、
空港で捕まり、スキンヘッドと尋問バトルを繰り広げ、
そして今ここにいるんだ!」
女神は、完全に呆れ顔になっていた。
「……分かりました。じゃあ、転生先:十九世紀ロシア、
チート:なし……転生地点の指定は?」
「ナスターシャ・フィリポヴナの夜会の会場の前」
「……そこまでピンポイント指定しますか!?」
「当然だ」
「……今までこんな細かい指定した転生者、初めてです……」
「俺は普通の転生者じゃない。ナスターシャ・フィリポヴナを救う男だ」
「……分かりました、もう。いいです。尊重します」
そして、彼女は、俺をまっすぐ見つめた。
「ところで……」
「ん?」
「こういう場合って、あとで神託とか、奇蹟とか、そういう演出を期待しますか?」
「正直、ちょっとあるな」
「でも、私たちの姿は、時代や信仰によって変化します。
顕現の形も、神託の形も、固定されたものではないのです」
「……なるほど」
「あなたの旅路に、祝福がありますように」
次の瞬間――
俺の視界は、眩い光に包まれた。
ナスターシャ・フィリポヴナのいる世界へ――
俺は、今、旅立つ。




