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天邪鬼な君に  作者: 森 彗子
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天邪鬼な君に 2

最初のサービスエリアに入ると、親父と二人でテーブル席についてお袋手製のサンドイッチと珈琲で朝食を食べた。自宅を出て一時間近くが経っている。


恵鈴は今頃どうしているだろう?


「お前、恵鈴のことどう思ってる?」


突然、親父まで鋭い質問をぶつけてくるから、俺は珈琲を吹き出しそうになった。


「夏鈴が…ママが心配いらないって言うんだが、俺は心配してる。

お前達は双子の兄妹だ。普通の兄妹とは違う。

母親の胎内にいる時から二人は一緒だった。

俺やママが知らない特殊な絆が二人にはある、とママは言っていたんだが…」


「特殊な絆…」


お袋は相変わらず凄いと思う。

なぜか俺は泣きたい気持ちになってきた。

突然、色んな変化を感じて疲れてきたせいもあると思う。

全く知らない世界に迷い込んで、右も左もわからないような不安に襲われ始めたせいもある。


そんな状態に唯一、希望の光を投げかけてくれるのはやっぱりお袋なのかもしれない。


もしかして、恵鈴も俺と同じように変化に戸惑って、悩んでいるのかも。


「特殊な絆って言う言葉、初めて使うけど確かにそうだと思うよ。

俺は恵鈴の態度がおかしいことに鈍感なふりして逃げてたんだ…。

あいつのSOSから目を反らしてたんだ。でも、もう無視できなくなった」


「…そうか」と、親父は椅子の背もたれに身体を預けて、感慨深そうに珈琲を啜った。


「助けてやりたいが、俺も素人だ。親父って言ったって、自分のことで精いっぱいだし、知ってると思うが俺はママがいないとろくでなしだ。今の俺がいるのは全部ママのおかげ。ママの言うことには全面的に信頼している。お前の事も、100%信じるように努力してる。恵鈴にも、だ。何もできなくても相談には乗れる。男同士でしか話せないこともあるだろ?」


男同士でしか話せないこと…。


今朝の事を話すなら、俺はお袋よりも確かに親父の方が良い気がした。


「…それなら」と言いかけて、俺は言葉に詰まった。


喉の奥で引っかかった言葉が、今はまだ出たくないと抵抗しているみたいだ。

俺の顔をじっと見て待ってくれている親父の視線を感じながら、俺は首を振ってため息を吐いた。


「ごめん…。まだ、言えない。言いたくないんだ。

だけど、その時が来たら言うと思う」


「わかったよ。待ってる」


親父は薄目を開けて微笑んだ。

その笑顔に猛烈な懐かしさを感じて、俺の心の奥がジワリと熱くなった気がした。



九時前に現場に着いた。

現地の建設会社の担当者と合流し、俺はヘルメットを借りて親父の後ろをついて歩いた。図面を広げて積み上げられた素材を確認し、作業員と打ち合わせをして、皆でラジオ体操をして、それからそれぞれの持ち場に散っていく大工さんやとび職の職人さん達。男臭い世界だな、と思って見守っていた。


「東海林さんの息子かい?」「そっくりだね」


気の良さそうなおじさん達が気さくに声を掛けてくれた。俺はどんな顔をしたらいいのかわからず、ただただへこへこと頭を下げて邪魔にならないように気を付けた。


親父は「社会勉強させようかと思って」と、俺を皆様方に紹介してくれた。


現場事務所に行くと、白い模型が部屋の真ん中に置いてあった。それらすべて親父が作ったのだと聞いて、俺は超驚いていた。


いつこんな精密なものを作ってたんだよ?


「完成図を模型にしてくれるから、作るだけの大工さんにとってはすごく助かるんだよ。君のお父さんは本当に器用で繊細で正確な仕事をしてくれる」


一様に同じ作業服を着たおじさん達がニコニコと親父のことを褒めまくった。親父は薄く笑みを浮かべながら「恐縮です」と言って、謙虚でカッコよかった。


事務員のおばさんが淹れてくれた緑茶とおやつを前に、打ち合わせ机に座らせられている間、親父はまた数人のおじさん連中と現場に行って数十分で戻ってきた。


「正午前に予定は済ませられた。

もう一か所行くところがあるけど、その前に昼飯にしようか」




ビル建設現場を後にして、親父に連れて行かれたのは札幌市街の中のラーメン屋だった。十一時半なのに既に大勢の人が行列を作っている。


「まだ少ない方だ。ここのラーメン美味いから、一度来てみたかったんだ。一人だと並んでまで食う気にはならないからな」


親父と二人きりでこうして食事とか、新鮮で楽しい。

俺達はカウンター席に並んで座って、俺は醤油ラーメンを、親父は塩ラーメンを食べた。



パーキングに戻って車に乗り込むと、今度は小樽方面に向かって走り出した。

大昔に冬季オリンピックが開かれたという真駒内にある建設会社に着くと、新規案件の打ち合わせと言いながら二時間も会議になった。それにはさすがに俺も疲れてきて、親父は俺に小遣いを渡して解放してくれた。


円山動物園行き方を聞いて、俺は初めて地下鉄の切符を買った。乗り換えてやってきた円山動物園駅から専用バスに揺られて辿り着くと見覚えのあるゲートが見えた。小さい頃、何度か連れてってもらった思い出の多い動物園に初めて一人旅をする。


恵鈴は大きな動物が怖いと言って俺の背中に隠れながら歩いた。あの頃から、俺は恵鈴を守ってやっているつもりでいたんだな、と思い出すと。隣に恵鈴がいないことが酷く寂しく感じる。


俺達はいつも手を繋いで歩いた。当たり前のようにどちらからともなく手を取り合って、恵鈴が何を見てどう感じているか手に取るように分かったものだ。


成長するとその感覚がどんどん失われていった。

そして今は、

手を伸ばしても触れることさえ躊躇われるほど恵鈴は綺麗になった。


幼い頃から15歳になるまでの全てを俺は一番近くから見てきた。


だから、余計に離れがたくなる。

目を離して戻る度に、艶めいていく彼女の魅力に逆らえなくなっていく。



こうなることはいつの時点で予感したのか、俺は今わかった。

小学校に上がる時だ。


二人並んで撮影した記念写真。



あの時、すました恵鈴の顔に吸い込まれるようにキスがしたくなったんだ。




どうして、俺達は血を分けた兄妹なんだろう?




その当たり前が今、残酷に俺の心を突き刺している。




気付けば涙が頬を濡らしていた。

シロクマを見ながら泣く俺を、小さなぼうずが指さしている。


なんで泣いているかだって?


そんなの、俺が知りたいよ。と、心の中で独り言…。



シロクマは二頭いた。

看板に掲示された文字を目でなぞるように読むと、つがいらしい。

お前らこれから子作りかよ、と俺はまた心の中でつぶやいた。


世間一般の奴らがどんな風に出会ってくっついていくのか、俺は知りたくなった。


近くに居過ぎたから、こんな間違いが起こるんだ。



女はこの北海道だけでも沢山いる。

俺は出会いを避けて生きてきた。

それがこのへんてこな問題を生んだ。


一時的な感情であって欲しい。

でなければ、俺は間違いを起こしてしまう気がしてとても不安だ。


自分の部屋の薄い壁ひとつ向こう側にいる妹に襲い掛かりそうで怖い。


今朝のあの強い衝動が暴れ出した時に、

自制できるのか?



野郎どもは皆、どうやって自分をコントロールするんだろう?



やりたくなったときにお前達野生動物は自然とそうなるんだろうが、

人間ていうのは不自然な生き物だ。

不器用で臆病で我慢強くて、時に傲慢になる。


そんな自分を知りたくないけど、

生きていれば通る道なんだということぐらいわかる。



女なら誰でも良いっていうのが男の衝動だと思っていたが、そうじゃない。

俺の場合はそうじゃなかった。

誰でも良くないから、だから問題だ。


お袋は俺を信じてくれている。

親父もこんな俺を信じようと努力してくれると言っていた。


他の誰かはどうでもいいけど、両親だけは悲しませたくない。



俺がしっかりしなくちゃいけないんだ。


俺自身が、俺から恵鈴を守る。



「なんだよ、それ。どんな拷問だよ……」



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