第3章 天邪鬼な君に
そんな風にお前を変えたのは
きっと鈍感な俺なんだろう
それならもう一度お前を変えてやる
一人で苦しまなくて良い
またその悩みの半分を俺に背負わせてくれ
お前はかけがえのない存在だから
俺は誰にも会わずに風呂場に辿り着くことに成功。
ズボンとパンツを脱ぎ去って、前を隠して風呂場に突入。
シャワーを出してまだ冷たい水で火照る身体を冷やした。
目覚めてまだ僅かな時間。
まだはっきりと覚えてる。
重ねた手を恋人繋ぎして
しわくちゃになったシーツの波間を忙しなく行き来した。
離したくなくて掴んだ手を逃すまいと
俺は彼女を必死で抑え込んだ。
組み敷いた俺の下で身をよじりながら
涙目で睨んできたのは
髪の毛を振り乱して
細い指で俺の肩や背中に爪を立てながら
唇を噛みしめて耐える横顔は
首筋に吸い付いて真っ赤な痣を刻みつけると、
初めて聞く猫みたいな鳴き声で
小さく悲鳴を上げたのは
恵鈴だった。
なぜそんなことになったかは、わからない。
夢の中で俺は躊躇いなく妹相手にオオカミになっていた。
他の誰かに染められる前に俺の手で変えたい。
恵鈴の初めては誰にも譲りなくない。
そんなのおかしいのに…
そんなの関係ねぇ!!
恵鈴と俺が納得してこうなったんだ!
二人の秘密にして、二人で生きていければ良い…
そうだろ?
恵鈴。
お前も、そう思ったんじゃないのか?
シャワーの温度が上がり、熱い湯を浴びながら俺は夢の続きを見た。
身体はなにをすべきか知って、俺はただそれを眺めている。
自分なのに、自分じゃない俺を…。
ずっと前からこうしたかった。
お袋に似ていく恵鈴を見るとたまらない気持ちになる。
生まれつき頭がオカシイのかもしれない。
冴島 葉子のエロい誘惑にだって何も感じなかった俺が変ったんだ。
ちずも、真白も、友麻も、杏珠も、誰一人俺をそそる女なんていなかった。
エロ本も動画も漫画も全部ただのエンターテイメントで、
小さい頃にみたアニメ映画の延長線上にある娯楽の一種だ程度にしか思えなかった。
唯一、親父がヤラシイ顔でお袋の首にキスをしてるのを見たとき。
色んな気持ちを感じたことはあった。
子供の知らない大人の世界を、俺は知りたくなかった。
知るのを恐れていた。
知ればきっと二度と戻れなくなる。
自分じゃなくなっていくから…
心臓が激しく鼓動してる。
鋭くなっていく感度に躊躇いもせず、俺は自分の手で初めて達した。
全身が震えながら頭の中では決して結ばれない妹を抱いて。
重なった身体同士がぴったりと張り付いて、俺達はひとつになって波打った。
俺の肩にしがみついて震える恵鈴の頬にキスをすると、涙の味が口の中に広がっていく。
…膝から崩れ落ちて四つん這いになったまま、しばらく動けなかった。
妄想と現実の狭間で迷子になった俺は茫然と余韻に浸っていた。
シャワーが証拠を全部綺麗に洗い流してくれるのを見詰めながら……
やっと動けるようになって、俺は全身を洗った。
自分の手がもう以前とは違う。
自分で自分の身体のどこに触れても、妙に熱くて気持ち良くなる。
髪の毛の先までもが、生まれ変わったような感覚になった。
目も鼻も口も首も鎖骨も胸郭も臍から下、そして足の先まで撫でおろしていくと、やっと本当の自分の身体を手に入れたような奇妙な感動が溢れてくる。
俺はまた生きていける。
今度こそ、本当の愛だけを求める。
そんな身に覚えのない決意が頭の中に浮かんでいた。
風呂から上がると、おふくろが起きていて珈琲を淹れていた。
リビングに漂う挽きたての香ばしい匂いが懐かしくて、目を閉じて香りを吸い込んだ。
「あら、早かったのね。おはよう、ようちゃん」
俺に気付いたおふくろが挨拶してきた。
でも、次の瞬間。
おふくろが手に持っていたものをキッチンのシンクに落とした。
派手な音が鳴り響いて、それが親父のマグカップだと気付いた俺が駆け寄って、慌ててカップをチェックした。
「割れてない。良かったぁ…これ、割ったらあの人滅茶苦茶落ち込むだろ?
気を付けろよ?」
呆然と俺を見上げて口を開けたまま驚いた顔を向けて来るおふくろ。
やばい、まさか。視られているんだろうか?
「ちょっと、なにその顔。まだ寝惚けてるの?」
作り笑いをしておふくろの頬をひとなでしたら、夢から覚めたみたいに我に返った。
「ようちゃん、何か。別人みたいになってない?」
「…は?」
「顔つきが…、知り合いに似てるから」
「知り合いって?」
「…パパの親しかった人なんだけどね」
「誰?どんな人?」
「もう亡くなってるんだけど…、驚いた」
おふくろはそう言って、ゆっくりとキッチンから出ていくと階段を猛スピードで登って行った。
あんなに動揺しているおふくろは初めて見る。
俺も慌てて洗面所に行って鏡とにらめっこ。
顔は変わってないが、確かに目つきが…自分で見ても何か違う。
ドタバタとけたたましい足音を立てて親父が起きてきた。
俺を見て首を傾げているその仕草に、また妙な懐かしさを感じた。
「え?俺には違いなんてわかんねぇ」と、意味不明な事を口走る。
すぐ後ろに居たおふくろが、俺に近付いてきてすごく近くから見上げてきた。
無防備に顔を近付けられて、俺は条件反射的にその唇にフレンチ・キスをした。
「なにすんだ!!」と親父が吠えた。
お袋が俺の顔を両手で掴んで、引き離しながら親父に「待って!」と制止をかける。
まるで良くしつけられた犬みたいに、ピタリと止まる親父。
お袋はまた唇が触れそうな距離から俺の目を除いてきた。
「ようちゃんよね?」
「そうだけど?」
「何かおかしいなってこと感じたりしてない?」
「え?」
明らかに挙動不審になった俺を鋭く見つけ続けるお袋の目が怖くなる。
お袋は特殊能力者だ。
普通の人には視えないものが視えるらしい。
そんな素振りも発言も滅多に見せないお袋が、今は露骨にその不思議な力を使って俺を観察しているようだ。
「今までと感覚が変ったとか」
鋭い指摘に俺の心臓は跳ね上がった。
足がガクガクと震えだす。
「感情が複雑になったとか」
感情が複雑???
…そう言われると、総てが的確に指摘されているようだ。
全部本当のことを言うべきなのだろうか?
俺は迷った。
全部話すとなると、恵鈴に抱いた感情も言ってしまうべきか?
お袋はどんな風に思うだろう?
俺のことを軽蔑するだろうか?
「あなた、今日は学校休みなさい。そんな状態で行かせられないわ」
「恵鈴は?」
「あの子も休むことにしたの」
「じゃ、俺は学校に行く。今、あいつと2人キリにはなりたくない」
「それなら、お前は俺と一緒に来い」
親父がそう提案してくれた。
親父の仕事とは、建設現場に行ったり事務所で設計図をつくったり、営業活動したり。
個人事業で空間デザインの仕事をしている親父の仕事に、何度か連れて行かれたことがあった。
「俺のなにが問題なんだよ?」
「今までのようには振舞えなくなって、トラブルが起きやすくなるわ。新しい自分に慣れるまで、人に会うのは控えた方が良いと思うの」
「意味がわかんない」
「うまく説明してあげたいんだけど、私も初めてのことだから戸惑ってるの。
ごめんね、ようちゃん。私の直観が学校に行かせるなって言ってるのよ。
今日はパパと二人で行動して。お願い」
お袋がクソ真面目にそう言うってことは、本気でヤバイことが俺の身に起きているということだ。
頼もしいと感じつつも、やっぱり俺の心に芽生えた感情をお袋に言うのが怖くなった。話すと望まない方に引っ張っていかれそうな予感がする。
お袋は凄い手際良くホットサンドイッチを二人分用意して、水筒にブラックコーヒーを淹れると親父に渡した。
午前七時に俺は親父と家を出た。
ジーンズにシャツ、その上にベージュのジャケットを着た親父はサラリーマンとも土建屋の作業員とも、大工とも違う。後部座席には現場用ヘルメットが置いてあった。右手でハンドルを掴み、左側に身を預けるようにして運転する姿が痺れる程様になっていた。
自分の親父に対してカッコいいとか痺れるとか、今日の俺は本当にどうかしてる。
でも、なぜか親父と二人きりでドライブしていることに妙にウキウキしている俺がいる。
そんなこと、今までそんなに感じたことなんてなかったはずなのに。
「高速道路に乗って、札幌に向かうぞ。
現場を見てから打ち合わせがあるんだけど、その間お前は美術館でも見学すると良い。
大学も近くにあるから、ポプラ並木でも観光してくれてもいいし」
「……」
「不服なのか?」
「邪魔しないから、親父の仕事見学させてよ」
「わかった…。
じゃ、お前俺のカバン持ちってことで雇ってやる。
良い子にしていれば、ちゃんと報酬を払ってやろう」
「はい、わかりました」
「……はは。なんか調子狂うな?いつも、生意気なお前が……」
そう言って、親父は助手席の俺の頭をくしゃっと一撫でした。
それがこんなにも嬉しいなんて、今までの俺にはない喜びが胸に広がっていく。




