それは恋。きっと恋。 6
愚かな想像を全部水に流せたら良いのに。
いくらなんでも双子の兄妹でそんな間違いはあってはならないのに。
どうしてこんなことが起きてしまうの?
少しの間見つめ合って、私は肩の力を抜いた。
着替えをしてもう終わりにしよう。
そう思ったのに。
「お前が余計なことを言わなければ見逃してやる」
そんな意味不明なセリフが勝手に口から出てきた。
「す、すいませんが、何を言っているのか理解できません」
「調子に乗るなよ?面白がってるなら、そのケツに弾丸ぶち込むぞ、こら!!」
「女の子が何言ってんの?」
「女扱いするな!」
「いや、だって。お前は生まれた時からずっと女だろ?」
「うっさい!!だまれ!!その口、喋れなくしてやる!!」
グーパンチで殴りそうになった私を燿馬は上手に受け流して、
あれよあれよという間に壁に押しやられた。
壁向きに抑え込まれ、耳の傍で囁く声が聞こえた。
「俺が本気出せば、お前なんかねじ伏せられるんだぜ。
いい加減にしないと、本気でお前つぶしてやろうか?
男の方が強いってことを身体でわからせてやっても良いが、
そんなことを俺にさせたいの?」
ゾクゾク……
全身が得体の知れない感覚に支配され、力が出なくなった。
「縛り上げてやる」
「やめて!!」
悪い予感が降りてきた。
このまま進めば私達は……
力が出ない、声も出ない、抵抗できない。
本気になった燿馬に背後で手首をねじ上げられながら、机まで移動する間も足がもたついた。
気が遠くなりそうになる。
ガチャガチャの、ベルトの音が聞こえる。
卑猥なイメージしか沸かないその音が意味することは…
え?
嘘でしょ?
私、縛られたあとどうなっちゃうんだろう?
変な期待を感じながらも、どんどん意識レベルが低下していく。
まるで眠りに落ちるみたいな感覚で、私は力尽きていった。
背後で縛られていることはなんとなくだけ覚えてる…
それから何があったのかは知らない。
気付いた時は自分のベッドで寝ていた。
ちゃんと布団をかけられていて、部屋には誰もいなくなっていた。
起き上がり時計を見ると、夜23時を回っている。
何があってこうなったんだっけ?
寝惚けた頭で思い出したのは、燿馬に後ろから縛られたこと…
「あ」と声を出した途端、ガチャとドアが開いた。
「あら、目が覚めたの?」と、ママが顔を覗かせる。
おにぎりの良い香りがしてきて、私のお腹はグゥと鳴いた。
「晩御飯、食べ損ねちゃったわね。おにぎり食べる?」
机に置かれたおにぎりとお味噌汁を頂いている間、ママはベッドの座ってジッと私を見詰めていた。時々、可愛い少女のような仕草で首を傾げながら……。
「何を視てるの?」
「うぅぅん……。なんかね、恵鈴のオーラの色が変わったなぁって思って」
ママは不思議な力で人には視えないものが視える。
その力で私の変化を視ているのだと思うと、急に恥ずかしくなってきた。
「変わったって、どぉ変わったの?」
「透明感が消えて、ちょっと濁ってるわね。あまり視たことがない感じだから、私にもよくわからないんだけど。最近、何か変わったことでもあったの?」
ママの切り込み方はなんて優しくマイルドなのだろう。
この話の流れで、言わないわけにはいかないじゃない。
「あのね、ママ…」
「………」
ママは微笑みながら黙って待っている。
十秒以上も沈黙しているのに、私が喋ると踏んでいるような態度。
私は唾を飲み込んだ。
自分がこれから口に出す言葉に、ママがどんな顔をするのかと思うと手足が震えだす。
「あのね、自分でも驚いてるんだけどね……」
「………」
ママは小さく頷きながら、私の両目を慈しむような目で覗いてきた。
そんな目で見詰められたら、素直に何でも言ってしまいそうになる。
「私、恋をしてるのかなって……」
「……恋?」
ママはそうつぶやくと、目を開いて納得したように深く頷いた。
「そういうことだったのね。わかったわ。なら、納得よ」と一人勝手に納得している。
置いてけぼりな私は、唖然としてママを見詰めていた。
すると、「いつかそんな日が来るって予感してたわ。高校を決めた時、あなたが燿馬と同じ地元の高校に決めた時点で、もうその時は近いんだってわかってたのよ」
ママは目を細めて、そんなことを優しい口調で言うから。なんだか、胸がギュウっと苦しくなってくる。
ママにはわかっていたんだ。
私にとって、燿馬がただの双子の兄ではなくなっていくことを……。
「恵鈴は自分で気付いたのね?燿馬に恋をしているって」
真っすぐにそう問いかけられて、私は全身雷に打たれたような感覚になった。
「怖い?」とママの手が伸びてきて、私の髪を撫で始める。
ママの目には涙が浮かんでいた。
私はそれを見て、やっと自分が泣きたい気持ちだということに気付いた。
ママに縋りつくように抱き着いたら、ママはギュウっと強く抱擁してくれた。
小さい頃から、私が不安な時ほどいち早く気付くママのこの温もりに、どれほど励まされてきたかと思うと胸が熱くなる。
怖い!
怖いの!!
好きになっちゃいけない人を、好きになってしまった自分が……
この先、どうなっていくのか全く視えないことが……
とても、とても、猛烈に怖い……!!
ママの腕の中で私はさめざめと泣いていた。
落ち着くまでママの手は私の髪を撫でていた。
なんて優しい手だろう。
なんて心地良いのだろう。
ママは本当に凄い人だと思う。
不安な私達をいつもこの小さな手で守っていてくれたんだから。
今だって、初めから解っていてくれていたなんて。
なんて、スゴイんだろう。
私の泣き声が落ち着く頃、ママは静かに話しかけてきた。
「あのね、恵鈴。
これは私個人の考えだけど、
この世に好きになってはいけない人なんていないって思うの。
それが、血を分けた兄妹だろうとね。
私は一人っ子だから、あなた達の絆は客観的に見てきたにすぎないけれど。
あなた達は欠落したものを互いに補い合いながら今日までやってきたわ。
助け合って、二人いて始めて一人前になれるっていうの?
あなた達はお互いに必要として生きてきたわ。
成長して一人でも生きていけるようになれたとしても、
ピッタリと寄り添って育ってきた二人にはその温もりが消えることはないと思うの。
もしも、男女として強く求め合うことになっても、
私は気にしない。
例え、あなた達のどちらかが殺人犯になっても
私のあなた達への愛情と信頼は変わらないわ。
だから、自分を信じてごらん?
タブーを恐れずに、燿馬が好きな気持ちに蓋をせずに
二人で向き合って行ったらどうかな?
誰にもわからなくても、あなた達は二人いるわ。
お互いを理解できていれば、誰に何を言われても怖くないはず、そうでしょう?」
ママはいつものゆったりとした口調でそんな素敵なことを言ってくれるから。
私の涙腺はまた簡単に崩壊して、ずっとメソメソと泣いてばかりいたけど。
だけど、ママの言葉は私の心に浸透して行った。
私が、燿馬に恋をしても良いのだと、そう背中を押してくれるなんて。
嬉しくて、ただ嬉しくて。
また、ママが抱きしめてくれた。
それから、ママがパパを呼びに行って。
パパが私の隣に座って、ママと同じように優しく強く抱きしめてくれた。
特に何も言わずに。
時々、私の頭にキスをして。
パパもママも最高に優しくて、すごく幸せだった。
「さっきのあれはね。私が悪いの。燿馬は悪くないから。
私が変なテンションで燿馬のこと本気で怒らせちゃったの。
まさか、あんなことになるなんて思わなかったけど…」
「うん、そうだろうって思ってたよ」とママはニコッと笑って答えてくれて、パパは複雑そうな顔をして、ママと目を合わせてから微笑んでいた。
その夜、私は目を閉じると。
…なぜか、隣に燿馬が寝ていた。
寝息を立てる燿馬の頬に顔を寄せていってキスをすると、
目を開けた燿馬の顔がどんどん近付いてきて…。
私達はまるで、パパとママのように当たり前に触れ合ってキスをして。
それから………




