43.ソムテル
ソムテル
「趙」は以前「Z会(のちのZIG)」のメンバーだった。闇の組織「ZIG」は開発した新兵器を、敵対した二国間に売ることで急成長した組織だった。妻「タフテル」、娘「サラ」も巻き込まれた「シード・モンスター」との戦いも終わり、「遺伝子配列の研究者」として本来の研究を続けていた。それがオロスに日高が設立した「ソムテル財団」である。
「あなた、お帰りなさい」
シードの後遺症も収まり、タフテルはすっかり元の体に戻った。
「サラは?」
「相変わらずヘラジカを見に行っているわ、もうじきに帰ると思うけれど」
彼の娘は「サランチムグ」という、意味はオロスの言葉で「月の飾り」のことだ。サラは以前「マスター・シード」を体内に持っていた。そのシードを使ってタフテルは奇跡的によみがえった、そしてサラはその後亜矢と同様、シードを抜き取られたのである。
「ヘラジカだって?」
そろそろ、長い冬が明けようとしている、今回の試験に支障がある区域は「立ち入り禁止」となっていたが、ヘラジカはそのバリケードの外側に散らばっていた。彼女は冬のヘラジカの生態を調査していた、それには重要な意味があったのだった。
「ただいま、あら父さん早いわね」
「いい写真撮れたかな、サラ」
「まあね、それより実験は成功したみたいね。ラジオでやってたよ」
「ああ、しかしあの月から地球、それも降ろすのパラポラに向けて本当に届くなんて、さすがにアカデミアだ」
「まあね、私も先輩としても鼻が高いわ」
「サラが自慢するのはどうかと思うがな」
「いいの、コオは私が育てたようなものだから」
彼女はアカデミアを卒業して「ソムテル財団」に迎えられたのだった。
「コオ・ニラサキか、ペンシルロケットを火星まで飛ばせて無事に地球に帰還させた」
「そう、コオは精度の高い小型ロケットエンジンに関してのエキスパート。でもなんといっても、私がマイトを紹介したおかげよ、一生感謝してもらわないとね」
「でお前はここでヘラジカを調査しているってわけか。何の関係があるのか父さんには分からないが……」
「渡り鳥が移動するのは、繁殖地、餌場を求めてのことでしょう。本能が彼らに教えるのね、そのままだと危険だよと。オロスは北極に近い、特にソムテルは人間が住むことのできる北限の街。大型の哺乳類もわずかでしょう、そうねホッキョクグマやトナカイくらいよ」
「それらが南下し始めている、代わりにこの辺りでは見られなかったヘラジカが分布を拡げてきている。お前はその原因を調べているようだが……」
「そう、確実にヘラジカの群れは北へ移動を続けている。もうじきここにも頻繁に現れるでしょうね、世界最大の鹿が」
「オロスが温かくなるってことなんでしょう、住みやすくなるわね」
「母さん、問題はそんな簡単なことじゃないのよ」
「どうしてかしら?」
サラは母にこう説明した。
「ここが温かくなるのはヘラジカにとってはいいことでしょう。でもそれならトナカイは北上するはずでしょう、それがオロスには見られなくなった。あれほどいたトナカイが一頭もいなくなった」
「そういえばゲートの中にもホッキョクグマはもちろんトナカイはいない。サラの言う通りだ、南にいたはずのヘラジカばかりだった」
「やはりそうだ、おそらく近いうちに……」
「サラ、何かが起こると言うんだね。それを本能で感じた動物が動き始めたのか」
「まだ確証はないんだけれど、私はある仮説を立てたの」
「ある仮説?」
「近いうちに、地球の地軸は移るかもしれない」
「ポール・スリップ……か」
「それ自体は、何度もこの星に起こっているし、地球の自転に影響がなければこの星が消滅することはない。でもそうなれば……」
「大規模な気候変動と幾つかの大陸の消失も起こるというのか、それを彼らは感知しているのだと」
「少なくともこの辺りではヘラジカと共存できないトナカイはすでに南下を始めた。新しい地軸の地点はオロスよりもさらに南というわけか」
「まあ、仮説だし。誰にも言ってないんだけれどね」
「そうか、それでこいつが必要なのか」
趙は娘に頼まれた「もの」を渡した。
「そうそう、これこれ。亜矢が開発した新型のドローン、AI付きのタイプ」
「早速今日の映像を分析しなくちゃあね、その前に母さん急いで何か食べさせて」
サラはそういうと財団から借りた小型ドローンを茶色の革のショルダーバッグから取り出した。
「あれ、どこかで落としたかなぁ」
バッグの底を覗いて彼女は残念そうに言った。
「何か無くしたのか」
「オロスの上空でドローンに衝突したのか小鳥を入れといたんだけど。まあ怪我していなかったから元気になって逃げたんでしょうね」
「鳥か、今日は鳥に縁があるなぁ」
彼のその独り言は母娘には聞こえなかった。




