25.黒人魚
黒人魚
「あの飛行艇の人間たちは?」
「この星に『選ばれしもの』たち、彼らはその日まで、それぞれの日常を過ごす。アガルタの記憶を深層に刻んだまま……」
イーラがオンネに答えた。
「そうか、まだその時ではないのか……」
「気になるのは、ゼロがなぜこの星に現れたのか。本当にこれから多くの人間が死んでしまうようなことが起きるのかだわ」
マーラがそう不安げに話した。
「マーラ、ゼロについて俺が知っていることをすべて話そう。何かの役に立てたらいいが……」
そう言いつつ、二人の人魚と尾の短いウミトカゲはアガルタの洞窟に消えた。人影が去ったのを確認すると、岩陰で小さな動くものがあった。どこでも見られるフナムシという5センチ程度の節足動物だ。ただ一つ違っていたのはゼロの住む「バゴス」に向け、長い触角を使いマーラ達の映像を送信していたことだった。マーラ達の後を追い、ゼロの送り込んだフナムシが岩の上によじ登った。
「……ジッ……」
それを待っていたかのように上空から隼が舞い降りた。鋭い脚の爪を体に打ち込まれ、フナムシは一瞬で破壊された。
「ふふふっ、ようやく気がついたみたいだな」
オースラリア大陸と世界政府のある南極大陸の中間に巨大な浮島がある。その浮島の名は「バゴス」と言った。それがオンネたちが暮らしていた島の目前に突如現れ、島を占領した。そして先の大戦でさえ生き残った太古から連綿と続く「貴重な生き物」が次々と「ゼロ」の「実験台」にされたのだった。フナムシからバゴスに送られた映像データをもう一度見直すと、ゼロが呟いた。
「人間どもがようやくアガルタの調査を始めたらしい。ククククッ、そこはいい大陸だ。お前たちの墓にはちょうどいい広さがある。そこに10億人程度移住してくれればいいのだがな。そうすれば人間どもも一度に片付く」
ゼロが不敵に笑った。そして今度は少し低い声でひとりごちした。
「しかしウミトカゲに植え付けたラグナを取り除いた人魚、あいつらはこれからの計画に邪魔だ……」
バゴスの城内に次々と淡い光が灯っていた。人影が一つゼロに近づいてくる、動くものの体温を感知して城内の照明は灯るようになっていた。
「お呼びですか、お館様」
「どうだ、アレは言う事を聞くようになったか?」
「なかなか思うようにはなりません、やはりこちらの者たちとは違うようです」
「お前の言う通り、アガルタにはエスメラーダはいなかった。あの石もすでに砕け散ったようだ、フナムシからの連絡で消えた人魚の行方も次第にわかってきた。しかし黒人魚よ、なかなかあの人魚たちは手強い。簡単にウミトカゲたちを仲間に引き入れてしまった」
「七海の人魚は、それぞれに相手の心を虜にする力を持っている。太古の昔からアガルタを邪な人間たちから遠ざける役目を持っていた」
ゼロから「黒人魚」と呼ばれたのは、赤い目ばかりを光らせた人影だった。黒い人影はゼロに向かって意味深にこう続けて言った。
「七海の人魚を封じ込めるには、シャングリラ人魚をこの世にもう一度蘇らせるしかないでしょう。それができるのはお館様がお持ちのあの力だけでございます」
「死者を蘇らせろというのか、お前は」
「ジグロスの兵士はそろそろ準備が整っております。じきにこの星の地軸は固定されるでしょう。そうなれば冥界への入り口は再び閉じてしまいます、冥界に攻め込むのは今しかありません」
「そして魔王の下にある『有能な遺伝子情報』を手に入れろというのだな、黒人魚」
「さようでございます。死者を蘇らせ、その力を手にすることができた時、お館様は『マスター・シード』としてこの星の生き物に崇められることでしょう」
「マスター・シード、創造神としてか……」
「その通りでございます」
「だが、まだ兵士が足りない。ラグナの羽化までもう少しかかる、バゴスの実験場からの報告はまだないのか」
黒人魚が振り返るといつの間にか現れたもう一人の人影が答えた。
「本日5体の兵士が新たに生まれる予定です」
「そうかご苦労、アマネ。そうだお互い初めてだったな、お前に黒人魚を紹介しておこう」
しかしちらりと黒人魚を見たきり、彼は話を続けた。
「ゼロ、俺はお前以外の誰とも組まない」
そう言い残し、男は二人に背を向けた。




