21.少女の石像
少女の石像
魚人は何度かその娘の眉間にも、マイトと同じく人指し指の一打を試みるのだが、それを全く受け付けない。気を失ったリンを何かが守っているのだった。
「この娘は精神エネルギーのようなもので守られている……」
「何をためらっているのエドゥル」
振り向くフクロウナギの前に亜矢が現れた。両目は閉じられている、誰かに憑依されたその全身はエメラルドグリーンに輝いていた。
「ここで起こったことは、二人の記憶から全て消去する、ゼロと戦うその日まで彼らは生き延びなければならないのです」
「しかし姫様、この娘は私の力を全く受け付けません。いや、すでに姫様たちの記憶さえ持っているようでございます」
「すでにエスメラーダとオロシアーナの記憶を……」
「そのようでございます。いかがいたしましょうか、このままだとジグロスにたやすく見つかってしまいます」
「では決して見つからない、この世に存在しない国にかくまってもらうしかないわ。エドゥル、確かにこの娘は私たちの記憶を持っているというのね」
「はい、私の一打が突けないのが何よりの証拠でございます」
「それなら先の大戦でできた『次元の歪み』から奈落の底へ落とすがいいわ。私たちと同じ記憶を持つものなら、何も心配はいらない。来るべき時には、再びこの世に戻り共に立ち上がってくれるはず」
「承知致しました」
エドゥルに抱え上げられて、リンはようやく気がついた。彼女の下には漆黒の闇が広がっている、頼みのマイトは洞窟にうつぶしたままだった。
「何すんのよ、馬鹿々。放してったら!」
「必ず戻ってこいよ、元気なお嬢ちゃん。そらっ」
「マイトーっ……」
リンの声がやがて聞こえなくなった。
「今度は四人からあの娘の記憶を消去しそれぞれの国へ帰さなければなりません。エドゥル、マーラたちはシャングリラ人魚の手がかりを見つけたようです」
「私はここを離れることができないため、気が気でありませんでしたが……」
「マーラがあなたの槍のおかげで、ゼロの送り込んだアロサウルスと互角の戦いをしているようです」
「槍をブドゥーから受け取りましたか、あとはあの石像が蘇ればこの星は命を吹き返す、私もこれで思い残すことはございません」
エドゥルはそう言うと、洞窟の祭壇に祀ってある小さな石像を見上げた。その石像は少女が膝を抱えているものだった。
「ミドリ、あなたは本当に彼女の娘なの?」
亜矢がその先を呟こうとした時だ。
「姫様、失礼いたします」
エドゥルはそう言うと亜矢の眉間に今度は中指を突いた。亜矢の体が崩れるのを受け止め、そこに現れた親衛隊の兵士に彼女を預けるとこう指示した。
「良いか、迷宮を使い、洞窟の出口にお送りしろ。四人がアガルタを離れるまでゼロの手に渡してはならぬ」
そう兵士に告げると、足早に岩陰に回った。眠ったままの二人、コオそしてターニャの記憶を塗り替えるためだ。そして最後にマイトの眉間を突き終えると兵士たちを見送った。
「ミドリ、わしはあなたを信じる。あの声は紛れもないカイリュウの女王、セイレ様のお声。このアガルタの洞窟に、お声だけでも戻られたのは、あなたの不思議な力のおかげだ。石像となろうともその力は全く衰えない。まさしくあなたはあのお方に繋がる方、わしはそう信じている」
「ズドドドーン」
アガルタの洞窟が大きく揺れた。マーラがアロサウルスのオンネを倒したに違いない。
「ついにやったか、さすがマーラだ」
そう呟きもう一度少女の石像を見上げると、フクロウナギの魚人は低い笑い声を残し霧のように消えていった。




