20.指南
指南
「止まれ、何者ぞッ!」
間接照明の明かりの中、二人の前に一つの影が揺らぐ、それは洞窟の入り口にいた魚人、ブドゥーの仲間に違いない。巨大な顎と黒い体の魚人、それはエスメラーダの親衛隊長「エドゥル」だ。しかし、「先の大戦」も知らない二人には初めて見る魚人の顔だった。
「アガルタ調査に来たものです。私は天童鈴、彼は揚羽舞人」
「リン、アゲハ……」
「わしは、エドゥル。それでアガルタの何を盗みにきた」
「人聞きの悪い、突如地上に現れたこの新大陸を調査し、ここに人間が住めるかどうかを調べに来ただけなのに」
「同じこと、ここは我ら魚人の国、お前たちが住むべき場所ではない。遥か太古からカイリュウ族のものだ。とっとと立ち去るがよい」
そのやり取りに、マイトが口を開いた。
「僕らの先に来たものがいる、彼らのことを知らないか?」
エドゥルはそれを聞くと身構えてゆっくり笑った。
「教えてやらぬこともない、くくくっ」
「こいつ危険だわ。マイト、どうする?」
一見、華奢に見えるマイト、だがさっきその腕に抱かれたリンは、ある期待を込めて彼を見つめた。
「久しぶりに体を動かすか、ルールを言えよエドゥル」
「俺の体に一撃でも入ればお前の勝ちだ。まあそれまで立っていられればな、行くぞ」
「あーあ、やっぱりダメじゃん」
「おっかしいな、俺結構、喧嘩には自信あるんだがな」
ほんの一瞬のうちでエドゥルに数発の蹴りを入れられ、マイトはリンの前に転がった。それでもまだ戦いは始まったばかりだ、三人はこの先にいるに違いない、彼らは確信した。
「なぜこいつは俺たちを阻もうとするのだろう。それに俺の専門はAI(人工知能)なんだ、アガルタとAIが何の関係があるのだろう」
マイトは少しずつ拳法の勘が戻ってきた。エドゥルの一打に少しずつ「受け」ができ、空を切るものの「突き」が何度か出始める。
「少しはできるようになったか、しかしまだまだだな」
正面蹴りがマイトの腹に決まり、おかげでまたマイトは吹っ飛ばされた。それがかなり効いたのか、その場に彼はうずくまった。
「これまでのようだな、アゲハ。おや、あの娘がいない………」
リンは岩を一つ抱え上げ、そっと魚人のすぐ後ろに近づいていた。
「えいっ!」
気配でそれを難なくかわし、エドゥルがリンに一喝した。
「手出し無用、リン」
その語気にリンはその場にへたり込んだ。
「リン、見とけよ。俺の舞を」
マイトが口を開きリンの前に立った、そして両手を左右に広げるとゆっくりと頭上にあげた。
「揚羽流、蝶の形」
「気合を入れ直したか。娘の前とはいえ、悪あがきもまた面白い」
精神統一のためか、目を閉じたままのマイトに容赦なくエドゥルが回し蹴りを放った。だがそれは空を切る、そしてそのくるぶしにマイトが蝶のように「止まった」のだった。
「信じられん、こいつ……」
続けてエドゥルは左右の拳を打つ、しかし「受け」どころか空を切るばかりだった。そしてくるぶしに「止まった」まま、マイトがこう呟いた。
「奥義、揚羽の舞」
マイトが宙返りをしてエドゥルの前に降り立った。そのマイトの背がリンに向けて一瞬ピカリと光った。脳天から「かかと落とし」の蹴りと、左右からの手刀はエドゥルには見えなかった。
「えっ何、マイトが勝ったの」
しかし、それより早くマイトの眉間にエドゥルは人指し指の一打を突いていた。倒れたのはマイトの方だった。
「これでよし、やはりこいつも選ばれしもの。姫様、わしの指南により彼はアガルタの力を伝授されたでしょう」
「マイトの仇、えいっ」
隙をつかれ、エドゥルの頭上にリンのウエストポーチが振り下ろされた。しかし全く手ごたえがない。
「そんな、馬鹿な……」
当て身を食らわされ、リンは気を失った。
「しかし、解せぬのはこの娘。姫様たちにより、選ばれしものではないが敵でもあるまい。こいつからは不思議と懐かしい匂いがする」




