第63話~いざ!無神の地へ出発です~
本日3話投稿してます。
最新話からお越しの方は第61話からお願い致します。
転移で帰還したムトヴァは、すぐさまゼウォンに捕まった。
「ムトヴァ、待っていたぞ!ユリーナはどうだった!?」
勢い込んで尋ねられ、若干ひるみながらもムトヴァは預かったものを懐から取り出して差し出した。
「こちらの手紙を預かっております」
ユリーナから託された手紙をゼウォンに渡すと、彼はすぐさま読み始め―――、ガクッと膝をついた。
「どうしたの、ゼウォン兄!」
「ツガイに何かあったのか!?」
後を追ってきたジウォンとソウォンは、ゼウォンの様子に警戒を強めた。
ゼウォンが、ツガイを探すと暴れたのは2日前。
里の壊れた場所は、絶賛修復中だ。
ツガイに何かあったと、ゼウォンがまた暴走しやしないかと兄弟はヒヤリとした。
「ユリーナが…ユリーナが…行ってしまう…」
膝をつき、項垂れてブツブツ呟くゼウォン。
「…ムトヴァ、説明してくれるか?」
弟から聞くのを諦めたジウォンは、ムトヴァへと視線を向けた。
「はっ。かしこまりました。実はですね…―――」
ムトヴァはシプグリールで見聞きしたことをジウォンに報告した。
「なるほど…ゼウォン兄のツガイは冒険者ギルド創設者の後継者なんだね。強くなるために無神の地へ行くと。僕らと共に戦うつもりなのかな?」
顎に手をあて首をかしげるソウォンを、ゼウォンはキッと睨みつけた。
「ダメだ!ユリーナを危険な目にあわせられるか!!やっぱりシプグリールにいてくれって本人に言ってくる!」
がバリと立ち上がり出ていこうとするゼウォンを、同じ顔をした兄と弟が引き留める。
「ちょっと落ち着けゼウォン、言っただろう、いつラギュズが現れるかわからないんだぞ?勝手にどこかに行くんじゃない」
「ジウォン兄のいう通りだよ。僕だってファラと会うの我慢してるんだから」
「だけどっ……あ…」
ゼウォンの顔から表情がスコーンと抜けた。
「どうした?」
「ユリーナの気配が、また、消えた…無神の地?いや、こんなに早くたどり着ける場所ではないはず…継承した亜空間か?」
「……ツガイは、心配するなと書いてきたんだろう?信用すべきではないか?」
ジウォンに窘められたゼウォンは、ユリーナからの手紙をもう一度読むと、深いため息を吐いた。
「さっさと現れろよラギュズ…ぶちのめしてやる…」
「それは言えてる。僕も早くお役御免になって紅蓮族の里に戻りたい」
「…やる気があるのはいいことだな、うむ」
ツガイと離れ離れの弟達。
ツガイは同じ里にいて、毎日会える立場のジウォンは、なんだか罪悪感を抱いた。
*****
レンドールさんとムトヴァさんが転移で帰還するのを見送った後、メルーロさんに族長さんへの伝言をお願いして、それからすぐトルヴァさんにもう一度、メアリー様亜空間に連れてきてもらった。
無神の地へ行く準備のため、いいアイテムがないか物色するのだ。
「これと~、あ、これもいいね。持ってこ~。」
倉庫内をじっくり探し回る。
グリンジアスの王都でたくさんお買い物はしたけれど、この倉庫にはメアリー様謹製の魔力薬や体力薬なんかもあって、ありがたく頂戴することにした。他にも役立ちそうな魔道具もある。メアリー様的には世に出すにはイマイチだったのかもしれないけど、私は使わせていただきますよ。
「こんなもんかな~、よし!トルヴァさん、シプグリールに戻りましょう」
「もう、いいのか?」
「はい、用は済みました。外界時間の経過がわかる手段を得られるまで、なるべくこの亜空間にはいないほうがいいかな、と思いまして」
「そうか、では行くぞ」
もうね、亜空間滞在は慎重になっちゃいましたよ。
ウラシマさんには、なりたくないからね。
グニャ~ンな感覚に耐えて目を開けると、レギが出迎えてくれた。
「あ、おかえり~、早かったじゃ~ん」
「ただいま。今回はそんなに時間たってないよね?」
「まあね~、一刻半ってとこ?なんか使えそうな物、あった~?」
「うん、色々あったよ。それでね、これ見てレギ!」
じゃじゃーん、とマイ亜空間道具袋から、倉庫で発見した魔道具を取り出すと「お、なんだなんだ~?珍しいもの?」と好奇心旺盛なレギは途端に瞳を輝かせて、ジロジロと魔道具を観察し始めた。
「棒のささった、ただの板に見えるけどな~、これ、何なんだ~?」
「ふっふ~ん、これね、メアリー様の試作品みたいなんだけど、凄いんだよ!」
見た目は、タイヤの無いキックボード。
板の上に乗り、左側の取っ手の部分に埋め込まれている魔石に魔力を込めると、床から30センチくらいの高さまでフワッと浮かび上がる。右側の取っ手の方の魔石にも魔力を込めると、ボードはスイーっと進みだした。
「おおぉ、面白いじゃ~ん!」
「でしょでしょ~っ、これね、もっと魔力を入れると速さも出るみたいなんだよ」
ギューンって、かっとんでみたい気はあるけど、部屋の中だしね。
少し乗って、すぐに亜空間道具袋にしまった。
「ではトルヴァさん、明朝、お願いしますね」
「うむ。今夜は早めに休むといい」
「ええ、そうしますね」
実はトルヴァさん、地境付近の集落に行ったことがあるというので転移で送ってもらえることになったの。そこからは、孤独な山越えになる。疲労を残さないためにも早めに就寝しよう。
無神の地、絶対たどり着いて強くなるんだ!
そんな決意を胸に、土の2刻(20時くらい)にはベットの中に入ったのでした。
*****
憎い
同族が憎い
西の地の者全てが憎い
虚無の暗闇に閉じ込められて、長き年月が経過しようとも、怪魔の憎悪は膨れ上がるばかりだ。
我が仔を殺された母親としての、悲嘆と憎悪。
天災怪物としての、殺戮本能。
融合したことにより、土の神にさえ脅威を抱かせた怪魔の真の恐ろしさは、その様態。
怪物のままであったならば、西の地に生きるもの全てを消滅させようとする復讐心など抱かない。
銀魔狼のままであったならば、復讐を成し遂げるだけの力はない。
だが、両者が融合したことにより、存在するはずのない、存在してはならない怪魔が生まれてしまったのだ。
この憎しみをはらす…
空間の歪みが大きくなる。怪魔の憎悪の念により歪み始めた空間は、決壊の時を迎えようとしていた。
天災怪物ラギュズが西の地に顕現する日が、差し迫っていた―――
*****
地境の集落からキックボードもどきで移動すること2日。
山に入ってからは、主光と副光の位置を見て方向を確かめながら進んでいる。
気は急くけれども、スピードを出すと木々とかに衝突しそうになっちゃうから、ほどほどの速度でね。
それでも自分の足で歩くよりも全然楽だし速いので、大助かりです。
問題は、夜かな。
夜に移動するのは危険だから、結界石を使って休んでいるけど…物凄く寂しい!
以前も山で過ごしたことはあったけれど、ゼウォンにレギ、ルーシェもいたから楽しかった。だけど、今は独りぼっち。
お祖母ちゃんが亡くなってからは一人暮らしだったくせに、この世界に来てからは誰かしら傍にいてくれたからかな…闇の帝国に誘拐されたときだって、ミーグとお話できていたし…うぅ、孤独が沁みる…
でも、無神の地へ行くって決めたのは自分だから、諦めるもんか!
無神の地を目指すこと3日目の正光頃。
「霧が出てきた…これ、[最果ての終霧]ってやつ?」
進むほど、霧は濃くなっていく。
空を見上げても、霧が濃すぎて主光が見えない。
「う~ん、方向が分からない~…とりあえず、真っすぐ進もうかな」
前が見えづらくなったので、キックボードもどきから降りて亜空間道具袋にしまい、代わりに薙刀を出した。
薙刀を前に突き出して、草刈り機のように軽く振りながら進む。
何かしら障害物があったら、薙刀にぶつかるはず。
足元に注意しながら、そんな風にしばらく歩いていると、一瞬フッと何かを突き破った感覚がした。
「え?なに?」
周りを見回しても、相変わらずの濃霧だ。
少しの間、その場でジッとしていたけれども、何も変わらないので、歩を進めることにした。
しばらく歩いていると、足元が舗装されているかのような平らな状態であることに気づく。
「あれ?ここ、山の中…じゃ、ない?」
山中は低木や草や石があって、キックボードもどきでも少し進みづらかったのに。
もしかして、無神の地へ入った?
期待を抱き、濃霧の中を歩き続けると、前方になにやら建物らしき影と人影っぽいものが見えた。
「なんだろう…もしかして、怪物?」
前にゼウォンが「楽園のようだという説もあるし、怪物の巣窟だという説もある」って言っていたよね。怪物の棲家、とかだったりするのかな。
自然と、薙刀を握る手に力が入る。
警戒しながらも歩いていくと、人々の賑わいらしき音が聞こえ、そして濃霧が急にはれた。
「なんで、いきなり……え?」
霧がはれたことよりも、クリアになった視界で見えた光景に驚く。
そこには、予想だにしていない光景があった。
立ち並ぶ屋台。
浴衣姿やTシャツ姿の人々。
子どものはしゃぐ声。
焼きそばやお好み焼きのソースのいい匂い。
そして―――
「お母さん…?」
幼い頃に亡くなったはずの母が、微笑みながら立っていた。
「百合奈、夏祭り、楽しみにしていたものね。今日は特別よ、百合奈の欲しいもの買ってあげる。色々見てまわろうね。」
それは、幼い頃に母に言われてとても嬉しかった言葉。
何故…
心臓がバクバクする。
お母さんがいるハズないのに。
「かき氷買って来たぞ、ほら、百合奈の好きなメロンのだよ」
この声は―――
「お父さん…?」
お母さんに、お父さんまで、どうして?
変だよ、ありえないよ、どうなっているの?!
落ち着け、私!落ち着いて、この状況を考えなくちゃ。
混乱して立ちすくむ私に、お父さんはちょっと困ったような笑みを浮かべた。
「食べないのか?溶けちゃうぞ、ほら、あーん」
口元に、プラスチックの小さじですくった、ほんのちょっとのかき氷。
緑色の、メロンのシロップのかかったかき氷。
好物だった。夏場に“氷”の暖簾を見かける度に、おねだりしていたっけ…
無意識に、パクっと、差し出されたかき氷を口に含んだ。
口内に、入れてしまった。
「つめたーい、おいしー」
口の中に感じる冷たさと甘さ。
それと同時に、頭の中に霧がかかったように、思考がぼやける。
薙刀を握っていた手の力が緩み、カラン、と音を立てて薙刀が落ちた。
私は…何処にいるんだっけ…何を…しているんだっけ…
目の前には、かき氷を持ったお父さん。その隣にお母さん。
そう、ずっと楽しみにしていたお祭り。
前に行ったお祭りでは買ってもらえなかったオモチャも、今日は買ってもらえる。
「お母さん、今日は、あのキラキラステッキ買ってくれる?」
「いいよ、気に入った色の、選ぼうね」
「やったぁ!」
「だけど周りに人がいる所で振り回しちゃダメよ、危ないからね」
「はぁい」
うれしいな、うきうき、わくわく!
「百合奈、嬉しそうだな」
「ええ、幸せそうだわ。―――このまま此処にいれば、ずっと幸せなままね」
お父さんとお母さんが、小声で何やら話していたけど、よく聞き取れなかった。