第5話「知らない顔ばっかだな。」
ゴールデンウィーク。
サークルの集まりで、川沿いのバーベキュー場に来ていた。
浅い川のすぐそばに、いくつものバーベキュー台が並んでいた-。
コンロや網、トングなんかは全部レンタルできるらしく、俺たちは食材だけ持ってきていた。
「夏樹、炭そっち。」
「はいはい。」
田中に言われて炭の入った袋を持ち上げた。
そのとき。
「あ。」
少し離れたところに、見覚えのある二人がいた。
美奈と凛。
「凛ちゃーん。」
俺は手を振った。
凛がこっちを見た。
今日も相変わらず無表情だった。
「こんにちは。」
「最近よく集まり来るね。」
「そうですね。」
「もしかして俺に会いに来てる?」
冗談っぽく言うと、凛は一秒も迷わなかった。
「前にも言いましたが、人脈づくりです。」
「即答。」
「他に理由がないので。」
「少しくらい迷ってくれてもよくない?」
「なぜですか。」
美奈が隣で笑っていた。
俺も笑いながら、改めて凛を見た。
「あれ。」
「なんですか。」
「今日、いつもと違うね。」
普段は下ろしている黒髪を、今日は高い位置で一つに結んでいた。
服装も、いつものロングスカートや長いパンツじゃなく、ハーフパンツだった。
「髪も結んでるし。」
「暑いので。」
「へえ。ポニーテールも似合うじゃん。」
「そうですか。」
「うん。かわいい。」
凛が俺を見る。
「今、足と胸を見て言いましたよね。」
「見た。」
「変態。」
「でもかわいいと思ったのは本当。」
「そういう問題ではありません。」
「褒めたのに。」
「視線の問題を指摘しています。」
「相変わらず細かいな。」
「あなたが雑なんです。」
美奈が吹き出した。
「朝から元気だね、二人とも。」
「俺はいつも元気。」
「私は巻き込まれているだけ。」
「またまた。」
そんなやり取りをしているうちに、準備が始まった。
俺と田中、小川は肉を焼く係になった。
「夏樹、それまだ生。」
田中が俺のトングを止めた。
「え、もういけるだろ。」
「無理。」
「田中ってこういうとこ細かいよな。」
「肉の生焼けを気にするのは普通だ。」
「彼女できたらめっちゃ口うるさそう。」
「余計なお世話だ。」
隣で小川が黙々と野菜をひっくり返していた。
「小川、それ焼けてる?」
「知らん。」
「お前もかよ。」
そんなことを言いながら肉を焼いていると、凛が視界に入った。
美奈と一緒に、紙皿や割り箸をみんなに配っていた。
「どうぞ。」
「あ、ありがと。」
「足りなかったら、あそこにまだあります。」
一人一人に声をかけながら配っていた。
少し離れたテーブルで紙コップが足りなくなっているのに気づくと、すぐに取りに行った。
「へえ。」
「何?」
田中が聞いてきた。
俺は凛を見た。
「凛ちゃん、気配りもできんだな。」
田中が呆れた顔をした。
「できるだろ。」
「なんか、人に興味なさそうじゃん。」
「お前にだけじゃない?」
「え?」
小川が肉をひっくり返しながらぼそっと言った。
「冬城さん、お前以外には普通。」
「マジ?」
「マジ。」
俺はもう一度凛を見た。
ちょうど凛がこっちを向いた。
目が合った。
「何ですか。」
「いや。気が利くなと思って。」
凛が少しだけ目を瞬かせた。
「それくらい普通です。」
「褒めてんだけど。」
「ありがとうございます。」
ちゃんと礼を言った。
「お。」
「何ですか。」
「今日は素直。」
「あなたが失礼なことを言わなければ、私も普通に返します。」
「なるほど。」
じゃあ普段のあれ、全部俺のせいなのか。
午後三時を過ぎたころ。
食べ終わった俺たちは、片付けを始めた。
レンタル品は返却場所へ持っていくだけなので、ゴミをまとめたり、使った場所を軽く掃除したりする程度だ。
一通り終わると、川のほうから美奈の声がした。
「凛、こっち冷たい!」
「ほんと?」
見ると、二人とも靴を脱いで川に入っていた。
美奈が水を蹴った。
「ちょっと、美奈。」
凛が避けた。
「えー、いいじゃん。」
「やったな。」
凛が水を蹴り返した。
「うわっ!」
「仕返し。」
そう言いながら笑っていた。
「……あ。」
裸足で川に入って、美奈と水を掛け合っていた。
いつもの落ち着いた凛からは想像できないくらい、無邪気だった。
「何見てんの?」
隣に来た田中が聞いた。
「凛ちゃん。」
「また?」
「だって、あんなことすんだなと思って。」
美奈に水をかけられて、凛が声を上げて笑った。
前回の飲み会でも笑っていたけど。
あのときより、ずっと無防備だった。
「……楽しそう。」
「そうだな。」
俺はしばらく二人を見ていた。
なんか今日。
知らない凛ちゃんばっか見るな。
帰りの電車。
俺は凛の隣に座っていた。
向かいには美奈と田中たちが座って楽しそうに話していた。
「疲れた?」
俺が聞くと、凛は少しだけ目を細めた。
「少し。」
「川ではしゃいでたもんな。」
「はしゃいでいません。」
「めっちゃ水かけてたじゃん。」
「美奈が先にやったので、仕返ししただけです。」
「楽しそうだった。」
「普通です。」
そう言いながら、凛が小さくあくびをした。
「眠い?」
「眠くありません。」
「今あくびしたじゃん。」
「していません。」
「したって。」
「…………。」
「凛ちゃん?」
返事がない。
横を見ると、凛は窓にもたれるように目を閉じていた。
「寝るの早。」
俺は小さく笑って、前を向いた。
しばらくして電車が揺れた。
こてん。
肩に何かが当たった。
「……え。」
見ると、凛が俺の肩にもたれていた。
完全に寝ていた。
「…………。」
女の子とこのくらい近くなることなんて、別に珍しくない。
なのに。
なんで俺、動けなくなってんだろ。
起こそうかと思って、凛を見る。
やっぱり起きる気配はない。
「……重。」
小さく呟く。
もちろん、全然重くない。
俺は少しだけ口元を緩めた。
「嘘。全然重くない。」
誰に言い訳してるんだ、俺。
そう思いながらも、俺は凛を起こさなかった。




