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ノンデリ男の敗北 ~モテる俺が法学部女子に告白したら「私は好きではありません」と普通に振られた~  作者: アル


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第41話「一緒に住んだらさ。この時間になっても、凛、帰らなくていいんだよな。」


四月の終わり。

凛の実家へ向かう電車で、俺は手土産の紙袋を持ち直した。


「夏樹くん、肩に力入ってる。」


「……わかる?」


「さっきから、ずっと背筋が伸びてる。」


何度か遊びに行ったことはあった。

それでも、今日は玄関で何と言うかまで、昨夜から考えていた。


隣に座った凛が、俺の手にそっと触れた。


「私も話すから。」


その言葉に頷いて、ようやく背もたれに少し体を預けた。


◇


お茶を出してもらっても、すぐには手を伸ばせなかった。


凛の両親が向かいに座る。

俺は膝の上で手を揃え、顔を上げた。


「先日、凛さんに結婚を申し込んで、承諾してもらいました。」


一度、隣を見た。

凛が小さく頷いた。


「二人で、結婚に向けて準備を進めたいと思っています。」


凛も両親を見た。


「私も、夏樹くんと結婚したいと思ってる。」


お母さんが、ふっと表情を緩めた。

お父さんは頷いてから、俺たちを交互に見た。


「そうか。これからのことは、何か考えているの?」


「結婚の前に、一緒に暮らし始めたいと思っています。今日は、そのこともお話ししたくて。」


家賃は、二人で決めた上限の範囲で探すこと。

通勤時間が、どちらかだけ長くならない場所にすること。

引っ越しに必要なお金と、結婚に向けた貯金は分けて考えていること。


途中で凛が説明を足してくれた。


「まだ部屋は決めてないけど、夏頃を目安に探そうって話してるの。」


「仕事と家のこと、二人でできそう?」


お母さんに聞かれ、俺は頷いた。


「はい。俺が全部――」


言いかけて、止まった。

隣で凛がこちらを見ていた。


「……じゃなくて。二人で相談します。忙しい日もあると思うので、その都度。」


凛が少し笑った。


「私も、全部任せるつもりはないから。」


お父さんは俺たちを見て、口元を緩めた。


「それなら、困ったときも二人で話すようにね。」


「はい。」


返事をしてから、ようやくお茶を飲んだ。

思っていたより喉が渇いていた。


◇


五月の連休には、俺の実家へ行った。


今度は凛が、玄関の前で服の裾を整えていた。

俺は呼び鈴を押す前に、小さな声で言った。


「俺も話すから。」


凛が顔を上げた。

それから、あの日の電車と同じように頷いた。


結婚の報告をすると、母さんは嬉しそうに何度も頷いた。


「凛さん、本当にこの子でいいの?」


「それ、本人の前で聞く?」


凛は笑ってから、姿勢を正した。


「はい。夏樹くんとなら、困ったことも話し合えると思っています。」


嬉しかった。

でも、思ってもらえているだけで満足したくはなかった。


父さんに住む場所のことを聞かれ、俺は凛と見ていた沿線を伝えた。

まだ決まっていないことは、決まっていないと答えた。


帰り際、母さんが凛に「また来てね。」と言った。


凛が「はい。」と笑って、その隣で俺も靴を履いた。

次に来るときは、新しい住所を伝えられたらいいなと思った。


◇


五月の終わり。

内見の前に入ったカフェで、俺たちはそれぞれスマホをテーブルに置いた。


「俺、二つに絞った。」


「私も二つ。」


凛が画面をこちらへ向けた。


「ここ、駅から十分くらい。スーパーは帰り道にあるよ。」


「あ、それ俺も見た。」


自分の画面を見せると、同じ建物の写真が並んだ。


「一個かぶったな。」


「夏樹くんは、どこがよかったの?」


「キッチン。二人で立てそうだったから。あと、隣の部屋に机置けそう。」


凛が間取りを拡大した。


「私は収納。二人分の服と、本も入りそうだなって。」


同じ部屋を見ていても、気にしているところは違った。

凛の説明を聞いてから写真を見直すと、確かに棚を置く場所まで考えられそうだった。


もう一つずつの候補も見せ合った。

俺が選んだ駅に近い部屋は少し狭く、凛の候補は広い代わりに、俺の通勤の乗り換えが増えた。


「写真だけだと、決められないね。」


「うん。今日、ちゃんと見よう。」


俺はスマホのメモを開いた。

冬から書き足していた希望の下に、収納と乗り換えのことを加えた。


◇


カフェを出たあと、不動産会社の担当者と待ち合わせて、候補の部屋を見に行った。

建物の前で凛と顔を見合わせてから、案内された部屋へ入った。


二人とも選んでいた部屋は、写真より少し小さく感じた。


それでも、キッチンに並んで立つと、後ろを通る余裕があった。

担当の人が窓を開けている間に、凛が流しの下の引き出しを開けた。


俺は一歩横へずれた。


「ここなら、避けなくても開くよ。」


「もう癖になってる。」


凛が笑った。


隣の部屋には、小さな机を置けそうだった。

扉を閉めれば、俺がテレビを見ていても、凛は本を読めるかもしれなかった。


「ベッド置くなら、こっちかな。」


「寸法、測ってからね。」


「うん。……ここに凛がいるの、想像できる。」


凛は窓からこちらを振り返った。


「今、いるけど。」


「そうじゃなくて。毎日。」


言ってから、急に照れた。

凛も少し目を伏せて、空っぽの部屋を見回した。


挿絵(By みてみん)


「……私は、ここに本棚置きたい。」


その場所を、俺も一緒に見た。


内見を終えたあと、駅まで歩く時間を測った。

スーパーにも寄って、いつも買う食材の値段を見た。


部屋はよかった。

ただ、帰り道の明るさは、昼間にはわからなかった。


「平日の夜、もう一回来てみない?」


俺が聞くと、凛は頷いた。


「うん。仕事帰りに歩いてみたい。」


すぐに申し込みたい気持ちを抑えて、二人の予定を確認した。


◇


六月に入った日曜日。

俺の部屋のテーブルには、物件の資料とノートが並んでいた。


初期費用を書き出していた凛が、ペンを止めた。


「結婚式は、いつ頃にしようか。」


俺もスマホを置いた。


「凛は、希望ある?」


「……来年の、付き合い始めた日は?」


九月の終わり。

大学の中庭で、凛が好きだと言ってくれた日だった。


「その日に、式?」


「うん。準備する時間も取れるし。夏樹くんはどう?」


「俺も、その日がいい。」


返事をしてから、予定表を翌年まで送った。

二〇二八年の九月は、まだ何も入っていなかった。


「会場が空いてるか、調べないとな。」


「両方の親にも相談しよう。入籍をいつにするかも。」


「うん。一個ずつ決めよう。」


俺は交際記念日の欄に、『結婚式・希望』と入力した。

凛が横からのぞき込んだ。


「まだ仮だね。」


「でも、入れときたくて。」


「私も入れよう。」


凛もスマホを手に取った。


「来年のこの日、俺、絶対泣くと思う。」


「まだ会場も決まってないのに?」


「そこはもう、わかる。」


凛は笑いながら、予定を保存した。


去年は、一緒に住めたらいいと話していた。

今はテーブルの上に、部屋の寸法を書いたメモがあって、予定表には結婚式を挙げたい日が入っていた。


凛がノートを閉じて、時計を見た。


「そろそろ帰らなきゃ。」


「……もうそんな時間?」


窓の外は、いつの間にか暗くなっていた。

俺が立ち上がると、凛も鞄を手に取った。


何度も繰り返してきた、駅まで送る前の支度だった。


「一緒に住んだらさ。」


「うん?」


「この時間になっても、凛、帰らなくていいんだよな。」


凛は鞄の持ち手に目を落とした。

それから、少しだけ口元を緩めた。


「そこが、私の家にもなるからね。」


「……そっか。」


自分で言い出したのに、凛の口から聞くと、頬が緩んだ。


「俺、毎日急いで帰りそう。」


「寄り道はしてきてね。」


「え?」


「牛乳とか、卵とか。帰りにお願いすると思うから。」


「ああ、それなら任せて。」


玄関で靴を履きながら、二人で笑った。


凛が先に外へ出て、俺が鍵をかけるのを待っていた。

差し出された手を握ると、小さな指が絡んだ。


「今日は、駅までね。」


凛が俺を見上げた。


「うん。」


その日は、いつもの道を駅まで歩いた。

凛の家と俺の家の間にある道を、手をつないで。


次にあの部屋を見に行くのは、水曜日の仕事帰りだった。


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