↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ノンデリ男の敗北 ~モテる俺が法学部女子に告白したら「私は好きではありません」と普通に振られた~  作者: アル


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
40/45

第39話「うまくいかなかった日にも、会いたかった。 」

年が明けてから、仕事帰りに待ち合わせるのが少し難しくなった。

昼休みに届いたメッセージに、夜になって返すことも増えた。


一月の金曜日。

俺の部屋に来た凛は、コートを脱ぐとソファに腰を下ろした。

いつもなら鞄から取り出す本も、その日は出てこなかった。


「飯、うどんでいい?」


「うん。ありがとう。」


冷凍うどんを鍋に入れながら、振り返った。


「仕事、忙しかった?」


「……うん。確認した書類を先輩に見てもらったんだけど、直すところが多くて。」


凛は膝の上で指を重ねた。


「時間をかけたのに、見当違いのところを気にしてたみたい。」


「でも、一年目なんだし――」


言いかけて、口を閉じた。

凛はまだ、何か話そうとしていた。


「……ごめん。それで?」


「次は先に聞こうって思ったんだけど、何から聞けばよかったのか、帰り道でも考えちゃって。」


鍋の火を弱めて、続きを聞いた。

俺ならこうするかも、とは思った。

でも凛の仕事を、俺は詳しく知らなかった。


「そっか。それ、帰ってからもしんどいやつだな。」


「……うん。今日は、ちょっと疲れた。」


そう言って、凛はようやく背もたれに体を預けた。


うどんを並べると、湯気の向こうで目を細めた。


「卵、入れてくれたんだ。」


「二個にする? 俺、疲れたとき二個入れるから。」


「それは、夏樹くんがお腹すいてるだけじゃない?」


少し笑ってくれたのが嬉しかった。


食後は、隣でテレビを見ていた。

しばらくすると、肩に小さな重みが乗った。


「眠い?」


「少し。このままでいい?」


「いいよ。」


声を落として返し、テレビの音量も二つ下げた。


◇


二月には、俺が失敗した。


取引先に頼まれた資料を、確認もせず「明日までに送れます。」と答えてしまった。

別の部署に数字を出してもらう必要があって、俺一人で決められることじゃなかった。


神崎さんに報告し、納期を相談し直した。

取引先にも、社内にも頭を下げた。


その夜、凛から電話がかかってきた。


「今、大丈夫?」


「うん。今日、早かった?」


「今日はね。夏樹くんは?」


「俺も。普通。」


少し間が空いた。


「……何かあった?」


「え。」


「いつもなら、もう少ししゃべるから。」


ばれていた。

俺はソファに座り直した。


「ちょっと、仕事でやらかした。」


話し始めると、思ったより情けない声になった。

できると思ったことも、相手を待たせたくなかったことも。

結局、確認を面倒がったんじゃないかということまで話した。


凛は、途中で口を挟まずに聞いていた。


「もうすぐ後輩も入ってくるのにさ。俺、何やってんだろって。」


「うん。」


「……かっこ悪いな、これ。」


「失敗した話をするのが?」


「それも。凛だって忙しいのに、愚痴聞かせてるし。」


「私、この前うどん食べながら、いっぱい聞いてもらったけど。」


「あれはいいんだって。」


「じゃあ、私もいいよ。」


すぐに言い返されて、俺は黙った。


「夏樹くんに話したら、少し楽になったの。私にも話してほしい。」


スマホを持ち直した。


「……神崎さんみたいに、ちゃんと任せてもらえるようになりたいんだよ。でも、焦ると逆のことしてる。」


「うん。」


「今日、それが悔しかった。」


言葉にして、ようやくわかった。

少しはできるようになったつもりでいた自分が、恥ずかしかった。


「明日は、どうするの?」


「頼んだ部署に進み具合を確認する。次からは、できるか確かめてから返事する。」


「そっか。」


凛は、気にしなくていいとは言わなかった。


「今日は、ご飯食べた?」


「……まだ。」


「何か食べながら話そう。私も今からだから。」


冷凍庫を開けると、うどんが残っていた。


「俺、うどんにする。」


「卵は二個?」


思わず笑った。


「うん。今日は二個。」


◇


三月の半ば、田中と久しぶりに昼飯を食べた。


「明日、空いてる?」


「いや。美奈と出かける。」


箸が止まった。


「……二人で?」


「そうだけど。」


「どこに?」


「映画。あいつが見たいのあるって。」


身を乗り出すと、田中が先に言った。


「お前、変な連絡すんなよ。」


「まだ何も言ってないじゃん。」


「顔が言ってる。」


翌日の夕方、凛と駅前を歩いていたら、その二人を見かけた。


美奈がスマホを見せると、田中が一軒の店を指した。

美奈は頷いて、その袖を軽く引いた。

二人は並んで店に入っていった。


「……声、かけないの?」


「あとで聞く。」


「ほどほどにね。」


釘を刺されたけど、凛も少し笑っていた。


◇


三月の終わり。

二人とも帰りが遅くて、俺の部屋で弁当を食べた。

凛が袋から即席の味噌汁を取り出し、俺が湯を沸かした。


「今日、作る気力なかった。」


「私も。買って帰ろうって言ってくれて助かった。」


凛は割り箸を一膳、俺のほうへ置いた。


食後、味噌汁の器を流しに運ぶと、朝のマグカップが残っていた。


「うわ。これもあった。」


「私が洗うよ。」


「いいの?」


「うん。夏樹くん、お湯沸かしてくれたし。」


「それ、ボタン押しただけだけど。」


「じゃあ、拭く係。」


渡された布巾を受け取った。


並んで立つと、やっぱり狭かった。

凛が引き出しに手を伸ばしたので、一歩横にずれた。


「今日は気づいたね。」


「学習してるから。」


凛が笑った。


疲れたと言えて、手が空いているほうが動く。

二人とも無理なら、弁当を買って帰る。

こんな夜を、これからも一緒に過ごしたかった。


凛を駅まで送って部屋に戻ると、流しの横にマグカップが二つ並んでいた。

さっき凛が洗って、俺が拭いたものだった。


椅子に座り、スマホの予定表を開いた。


もうすぐ四月だった。

社会人になって一年。

そして、凛と初めて会ってから、三年になる月でもあった。


大学三年の春。

サークルの飲み会で、小柄な凛を見て、俺は「え?中学生?」なんて口にした。


今思い出しても、ひどい第一声だった。

あのときの俺に、もう少し考えてからしゃべれと言ってやりたかった。


きっと想像もできなかっただろう。

あの日、失礼なことを言った相手を、本気で好きになることも。

三年後には、仕事で失敗した話を聞いてもらっていることも。


凛の前では、かっこよくいたかった。

その気持ちは今もあった。

でも、うまくいかなかった日にも会いたいと思うようになっていた。


凛にも、そんな日に会いたいと思ってもらえたら嬉しかった。


俺は予定表に目を戻した。

同じ家に帰るようになる前に、ちゃんと伝えたかった。


四月に、凛に結婚を申し込もう。


三年前、初めて会った月に。

今度は、これからも一緒にいてほしいと。


スマホを持つ手に、少し力が入った。


あの日みたいに、思いつくまま口にするんじゃなく。

凛の顔を見て、伝えたい言葉だった。


挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。