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ノンデリ男の敗北 ~モテる俺が法学部女子に告白したら「私は好きではありません」と普通に振られた~  作者: アル


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第36話「今日は泊まっていこうかな」

土曜日の朝九時。

前に約束した時間に、凛と駅前で待ち合わせた。


今日は俺の家で、映画を見たり、一緒に昼飯を作ったりする予定だった。

まずはスーパーに寄って、必要なものを買うことにした。


「オムライスでいい?」


「うん。卵、家にある?」


「ある。たぶん二個。」


「たぶん?」


「最後に見たときは。」


「いつ?」


「……先週?」


凛は何も言わず、卵のパックをかごに入れた。


「信用ないな。」


「お昼ご飯を確実に食べたいだけ。」


その隣で、俺は二人分のプリンを選んだ。


◇


部屋に着いて買ったものを冷蔵庫へ入れると、卵は一個しか残っていなかった。


「買ってよかったね。」


「凛がいてよかった。」


「卵の数くらいは把握しておいて。」


ひとまずお茶を淹れて、ソファに並んだ。

何を見るか相談していたはずが、今週の仕事の話にそれて、気づけば昼が近づいていた。


凛が袖をまくって、キッチンに立った。

俺も手を洗って、その横に並んだ。


まな板を置く場所は一つしかなくて、凛が玉ねぎを切る間、俺は鶏肉のパックを持って待っていた。


「夏樹くん、お皿を出しておいて。」


「了解。」


皿を二枚出して、スプーンを並べた。

いつもならフライパンから直接食べる日もある、とは言わなかった。


玉ねぎを炒め始めると、部屋の中が一気に昼飯の匂いになった。


「もう、うまそう。」


「まだ玉ねぎだけだよ。」


「でも絶対うまいじゃん。」


「焦がさなければね。」


慌てて木べらを動かすと、隣で凛が笑った。


チキンライスを皿に盛って、最後に卵を焼いた。

俺の担当した一枚は、皿に移す途中で真ん中が破れた。


「あ。」


「ケチャップで隠せるよ。」


「じゃあ、こっち俺の。」


「どっちでもいいのに。」


凛はそう言いながら、破れたところにケチャップをかけた。

ごまかすつもりだったはずが、余計に目立っていた。


「……なんか、負傷してる。」


「夏樹くんが破いたんでしょう。」


向かい合って食べると、見た目のわりにちゃんとうまかった。


「また作ろうな。」


「次は卵、夏樹くんが二枚とも焼いてね。」


「練習させられるやつ?」


「上達できるよ。」


次もここで一緒に作る。

凛が当たり前みたいにその話をしたのが、嬉しかった。


◇


食器を洗ってから、ソファに並んで映画を見た。


以前から気になっていた作品だったのに、途中で凛が小さく笑うと、そっちが気になった。


「今のところ、面白かった?」


「うん。夏樹くん、見てなかったの?」


「見てた。」


「じゃあ、どうして聞くの。」


画面に向き直りながら、隣で同じ映画を見て笑っていることが、なんだか嬉しくなった。


エンドロールが流れ始める頃には、窓から入る日差しが傾いていた。


「面白かったね。」


「な。続きあるんだっけ?」


「あるみたい。」


「今度それ見ようぜ。」


凛が頷いて、テーブルのマグカップを手に取った。


俺は空になった自分のカップを見た。

そろそろお湯を沸かそうか。それともプリンを出そうか。


そんなことを考えてから、時計に目がいった。


まだ夕方だった。

それでも、このあとは晩飯をどうするか話して、帰る時間を気にして、駅まで送ることになる。


「……こういう休み、いいな。」


凛がこちらを向いた。


「出かけなくても?」


「うん。飯作って、映画見て。」


言いながら、さっきのキッチンを思い出した。

皿を出してと言われたことも、卵が破れたことも、たぶん一人ならすぐ忘れていた。


「一緒に住んだら、こういう日が増えるのかなって。」


凛の手が、カップを持ったまま止まった。


口にした途端、俺まで緊張した。

さりげなく言うつもりだったのに、その先の言葉を待つ凛を見たら、曖昧にはしたくなくなった。


「俺、凛と一緒に住みたい。」


凛はカップをテーブルに戻した。


「……同棲ってこと?」


「うん。」


膝の上で、自分の手を組み直した。


「今すぐじゃなくていい。仕事のこともあるし、住む場所とか、ちゃんと考えなきゃいけないのはわかってる。」


凛は黙って聞いていた。


「だから、今日返事してほしいわけじゃなくて。凛にも、考えてほしい。」


少しの間があった。

その数秒で余計なことまで言いそうになって、口を閉じた。


「……寂しいから?」


凛の声は静かだった。


「それもある。」


そこは、格好つけても仕方なかった。


「でも、今日みたいなのもいいなって思った。凛と何作るか決めたり、食べ終わって、次どうするって話したり。」


テーブルには、まだ二人分のカップがあった。


「仕事から帰ってきても、こうやって話せたら嬉しい。」


凛は視線を落として、少し考えていた。


「毎日、今日みたいにのんびりはできないと思うよ。」


「うん。」


「疲れてて、ご飯を作りたくない日もあるし。」


「買って帰ろ。」


「夏樹くんが洗濯物をためて、私が怒るかもしれない。」


「それは……気をつける。」


言い切れなかった俺を見て、凛が少し笑った。


「そこは絶対しないって言わないんだ。」


「一回もやらない自信はない。」


凛の笑顔につられて、俺も息をつけた。


「でも、凛に全部やってもらうつもりはないよ。」


凛がゆっくり頷いた。


「私も考えてみる。通勤のこととか、お父さんたちにどう話すかも含めて。」


「……うん。」


その返事だけで、顔が緩みそうになった。


「まだ、決めたわけじゃないからね。」


「わかってる。」


「本当に?」


「嬉しいのは許して。」


凛は困ったように笑って、空のカップを俺のほうへ寄せた。


「お茶、おかわりほしい。」


「はい。」


◇


お湯を沸かしていると、凛がスマホを見ていた。


「何時くらいに帰る?」


できるだけ普通に聞いた。

さっきの話をしたあとだから、引き止めているようには聞こえてほしくなかった。


凛は少し迷ってから、顔を上げた。


「……今日は泊まっていこうかな。」


俺は持っていたティーバッグを落としかけた。


「え。」


「明日も休みだし。映画の続きも見たいから。」


挿絵(By みてみん)


凛はそう言って、スマホに視線を戻した。

耳が少し赤かった。


「……またそうやって。」


「何?」


「俺ばっか喜ばせる。」


凛の指が止まった。


「私も、まだ帰りたくないから言ってるんだけど。」


今度こそ、何も返せなかった。


凛は家に連絡すると言って、スマホを操作し始めた。

俺はお茶を二つ淹れて、冷蔵庫からプリンを出した。


明日の朝、何を食べよう。

卵はまだあった。食パンも、たぶん。


「凛。」


「うん?」


「明日の朝飯、オムレツでもいい?」


「卵の練習?」


「そう。二人分。」


凛はプリンを受け取りながら、笑った。


「じゃあ、期待してる。」


一緒に暮らす返事は、まだ先だった。


それでもその日は、帰りの電車を調べる代わりに、二人で次の映画を選んだ。


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