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ノンデリ男の敗北 ~モテる俺が法学部女子に告白したら「私は好きではありません」と普通に振られた~  作者: アル


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第35話「一緒に住めば、さっきの通路で別れなくて済む」


入社して、半年が過ぎた。


朝、ネクタイを結ぶのにも慣れた。

電話が鳴るたびに身構えることも、少し減った。

それでも、自分の説明に夢中になる癖は、なかなか抜けなかった。


「実は、社内で説明するのが難しくて。」


打ち合わせ中、取引先の担当者が資料をめくりながら言った。

以前の俺なら、商品の説明を追加していたと思う。


けれど、その日は一度、口を閉じた。


「どのあたりで、質問が出そうですか。」


尋ねると、担当者は資料の一か所を指した。


「導入したあと、現場の作業がどう変わるのか。そこを上司に聞かれると思うんです。」


隣の神崎さんを見そうになって、踏みとどまった。

鞄から、もう一枚の資料を取り出した。


「前回、現場の方への説明も必要だと伺ったので。今の手順と導入後の手順を、並べてみました。」


「ああ、これなら説明しやすいですね。」


その言葉に、ようやく肩の力が抜けた。


打ち合わせを終え、ビルを出たところで、神崎さんが言った。


「前回のお話を、きちんと拾えていましたね。」


「……ありがとうございます。」


褒められた。

顔に出すぎないようにしたつもりだったけど、たぶん出ていた。


「ただ、日程については、確認してからお返事を。」


「はい。すみません。」


浮かれかけた背筋が伸びた。

まだまだだった。

それでも、教わったことが一つ、自分でもできたのは嬉しかった。




仕事で覚えた段取りは、凛に会うときにも必要だった。


大学に通っていた頃は、昼休みに顔を見られた。

講義が終われば、一緒に帰れた。


働き始めると、そうはいかなかった。


『今日、飯行ける?』


そう送った日に限って、凛の仕事が終わらない。

逆に、凛から連絡をもらった日に、俺が会社を出られないこともあった。


会いたい気持ちはあるのに、予定が合わなかった。


日曜日の夜、俺たちは電話をしながら、それぞれの予定を確認した。


「来週、俺は月曜と木曜が遅くなりそう。」


「私は、火曜日が難しいかな。」


「じゃ、水曜は?」


「今のところ、大丈夫だと思う。」


俺はすぐに、水曜日の欄へ印をつけた。


「凛の会社の近くまで行くわ。」


「二人の帰り道が重なる駅にしない? その方が、帰るのも楽だし。」


「あ、そっか。」


「それと、遅くなるって分かったら連絡するね。」


「俺も。無理そうなら、土曜にしよ。」


言ってから、少しだけ惜しくなった。


「……でも、水曜も会えたら嬉しい。」


「私も。」


返事が早かった。

それだけで、月曜日から頑張れる気がした。


水曜日は、夕方のうちに仕事の進み具合を連絡し合った。

俺も朝から、その日中に必要な確認を先に済ませた。

もちろん、それだけで予定どおりに帰れる日ばかりじゃなかったけど、その日はうまくいった。



七時過ぎ。

改札のそばで待っていた凛が、俺に気づいて顔を上げた。


「お疲れさま。」


「お疲れ。腹減った?」


「うん。」


「俺も。すげえ減った。」


凛が小さく笑った。

さっきまで頭に詰まっていた仕事のことが、少し遠くなった。


駅の近くの定食屋で、向かい合って座った。


料理を待つあいだ、凛が珍しく、自分から仕事の話をした。


「今日、確認をお願いしてた書類が戻ってきたんだけど、私の説明が足りなかったみたいで。」


「うん。」


「直してほしいところは伝えたんだけど、理由も、最初に説明しておけばよかった。」


それなら、と口を開きかけて、止めた。

凛はまだ話の途中だった。


「もう一度話したら、分かってもらえたんだけど。余計な手間をかけちゃった。」


凛は水の入ったグラスに目を落とした。


「……ちゃんと伝えるのって、難しいね。」


「分かる。俺も今日、分かったつもりで返事しそうになった。」


「夏樹くんも?」


「俺は結構ある。そこは真似しなくていいけど。」


凛が笑って、少し肩を下げた。


「話したら、落ち着いた。」


「そっか。」


何か役に立つことを言わなきゃ、と思っていた。

でも、凛がもう一度メニューを眺めているのを見たら、それでよかった。


「土曜、どうする? どっか行きたい?」


「夏樹くんは?」


「会えれば、わりと何でも。」


「それだと、相談が進まないでしょ。」


「じゃあ、一緒に昼飯作る。で、映画見る。」


「夏樹くんの家で?」


「うん。今週、疲れたろ。」


凛は少し考えてから、頷いた。


「そういう休日も、いいね。」


出かける場所を決めなくても、会う約束はできた。

そのことが、なんだか嬉しかった。




食事を終えて駅へ戻ると、次の電車まで、あと四分だった。


「これ、乗れるな。」


発車案内を見上げて言ったくせに、俺はすぐには歩かなかった。

隣にいた凛も、鞄を持ち直しただけだった。


「……早くね?一時間ちょっとしか経ってない。」


「ご飯を食べてただけだからね。」


「もっといたいんだけど。」


「明日も、仕事だよ。」


正しかった。

俺も、凛も、朝から仕事だった。


「分かってる。……凛は、もう帰っても平気?」


聞くと、凛は少し眉を寄せた。


「平気だったら、もう改札を通ってる。」


俺は黙った。

そういうことを、不意に言うのはずるかった。


挿絵(By みてみん)


「……じゃあ、土曜は早めに待ち合わせしよ。」


「早めって、何時?」


「九時。」


「お昼を作るんだよね?」


「その前にも一緒にいたい。」


凛は呆れたように息をついて、それから笑った。


「そうだね。行く前に連絡するね。」


改札を通ったあと、ホームへ向かう通路で別れた。

凛の姿が見えなくなるまで見送ってから、俺も自分の乗る電車へ急いだ。


車内で、スマホの予定を開いた。

水曜日につけた印と、その三日先の土曜日を見た。


会えたばかりなのに、もう次を待っていた。


一緒に住めば、さっきの通路で別れなくて済む。


ふと、そう思った。


同棲。


頭に浮かんだ言葉を、しばらく眺めるように考えた。

住むなら、二人とも通いやすい場所がよかった。

家賃はどのくらい出せるだろう。

帰るのが遅い日は、先に帰った方が夕飯を作って。


そこまで考えて、自分で少し驚いた。


休日だけじゃなかった。

疲れた平日も、特に何もない夜も。

俺が思い浮かべた生活には、当たり前みたいに凛がいた。


同棲するなら、その先は。


……いや。

俺は、凛と結婚したいんじゃないか。


画面の上で、指が止まった。


思いついたことを、そのまま送るのはやめた。

凛がどう考えているのかも、これからどんなふうに働いていきたいのかも、ちゃんと聞きたかった。


まずは土曜日。

一緒に昼飯を作って、映画を見て。


そのあと、少し先の話もしてみようと思った。



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