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ノンデリ男の敗北 ~モテる俺が法学部女子に告白したら「私は好きではありません」と普通に振られた~  作者: アル


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第31話「いつかさ。同じ家に帰れたら、いいよな。」


十月に入り、六人全員の就職先が決まっていた。


「これで、ようやく全員お祝いできるね。」


美奈がそう言って、ジュースのグラスを持ち上げた。

大学近くのファミレスに、料理の皿が並んだ。


「あと半年で社会人かあ。」


俺が呟くと、田中がポテトをつまんだ。


「その前に卒業な。」


「分かってるって。」


「凛ちゃん、こいつが遊び始めたら止めてやって。」


「卒業論文までは面倒を見られないよ。」


「そこは自力でやるから!」


隣の凛が小さく笑った。


「詩織たちは、働き始めてからも今くらい会えそう?」


美奈の問いに、詩織は小川と顔を見合わせた。


「まだ、配属先も勤務の様子も分からないから……。」


「最初は無理に予定詰めないでおこうって話してる。」


小川の答えに、俺は思わず口を挟んだ。


「でも、会いたくならね?」


「なるだろ。」


「なるんだ。」


「なんで意外そうなんだよ。」


詩織が、グラスに添えた指を少し動かした。


「会える日は、ちゃんと会いたいよね。」


「うん。休み分かったら教えて。俺も送る。」


「どっちかばかり移動するのも大変だから、場所もその都度決めよう。」


「仕事で疲れてたら、飯だけでもいいし。」


派手な約束はなかった。

それでも、二人が卒業後も一緒にいるつもりなのは、よく分かった。


そのとき、美奈がスマホを取り出した。


「そうだ、田中。昨日送ったやつ見た?」


「犬が階段下りられない動画?」


「それ。最後、見た?」


「飼い主に運ばれてたな。」


「そう! あの顔!」


美奈が声を立てて笑った。


「何、お前らそんなの送り合ってんの?」


俺が尋ねると、美奈はあっさり頷いた。


「面白かったから。田中、こういうの好きそうじゃん。」


「昨日はそれだけじゃなかったけどな。」


「あ、期間限定のプリンも送った。」


「店の地図までな。」


「だって、大学から近かったんだもん。」


前は、元彼のことで相談に乗ってもらっていたはずだった。

いつの間にか、用事とも言えないような連絡が増えていたらしい。


「じゃあ、帰り寄る?」


「え、いいの? 行く!」


田中は「どうせ駅の方だし」と言って、水を飲んだ。

俺が見ていることに気づくと、テーブルの下で軽く足を蹴ってきた。


まだ何も言ってねえだろ。




翌週の日曜日。

俺は凛の家の前で、手土産の袋を持ち直していた。


「……俺、髪変じゃない?」


「さっきから三回目。変じゃないよ。」


「そっか。」


一周年の日に、自分から会いたいと言った。

なのに、いざ玄関を前にすると、何を最初に話すかさえ怪しくなっていた。


凛が俺を見上げた。


「いつもどおりで大丈夫。」


「それ、一番不安じゃね?」


「少しだけ、話す前に考えてね。」


「やっぱ不安なんじゃん。」


凛は笑いながら、玄関の扉を開けた。


出迎えてくれた凛の母親に挨拶をして、居間へ通された。

父親も待っていたので、俺は改めて背筋を伸ばした。


「佐藤夏樹です。凛さんとお付き合いしています。」


自分の口から出た「凛さん」が、妙にむず痒かった。


緊張していたのは、最初の十分くらいだった。

大学の話になって、就職の話になって。

営業の仕事を選んだ理由を聞かれた頃には、俺も顔を上げて話せるようになっていた。


「人と話すのが好きなのもあるんですけど。相手が何を必要としてるのか、ちゃんと聞けるようになりたくて。」


凛の父親が頷いた。


「話すより、聞く方が難しいこともあるからね。」


「はい。俺、先に口が動くことが多いので。」


隣から、視線を感じた。


「……今、すごい頷いた?」


「自覚があってよかったと思って。」


凛の母親が笑って、俺もつられて笑った。


食後、皿を運ぶ凛について台所へ向かった。

棚から迷わず布巾を取る手つきも、母親に返す短い返事も、大学で見る姿とは少し違っていた。


「凛、これどこ置く?」


「そこに置いてくれれば大丈夫。ありがとう。」


皿を受け取った凛の向こうで、母親がこちらを見た。


「来てくれてよかったわ。凛、今朝から時計ばかり見ていたから。」


「お母さん。」


「え、そうなの?」


「佐藤くんが道に迷わないか心配だっただけ。」


駅まで迎えに来てくれたのに?


そう言いかけて、やめた。

代わりに凛を見ると、目を逸らされた。




帰りは、凛が駅まで送ってくれた。


住宅街の庭先から、夕飯の匂いが漂っていた。

俺はようやく肩の力を抜いて、大きく息を吐いた。


「緊張したあ。」


「途中から、ずいぶん楽しそうだったよ。」


「うん。楽しかった。また来てもいいかな。」


「……お母さんも、今度は夕飯も食べていってって。」


「行く。」


即答すると、凛が笑った。


「今度、俺の実家にも一緒に行かない? 母さん、会いたがってる。」


「私のこと、話してるの?」


「してる。しすぎて、この前電話で『凛ちゃんの話は分かったから、あんたの近況は?』って言われた。」


「自分の話もしてあげて。」


呆れた声だったけれど、そのあとで小さく付け足された。


「……ご都合のいい日、聞いてもらえる?」


「うん。ただ、実家まで電車で二時間くらいかかるんだよな。」


「じゃあ、朝から行ける日がいいね。」


俺は頷いて、さっそくスマホの予定表を開いた。


空いている日曜日を探すうち、来年の四月は、こんなふうには決められないのかもしれないと思った。


「働き始めたらさ。平日、今みたいには会えないよな。」


「そうだね。帰る時間も、まだ分からないし。」


「一人暮らしだとさ、疲れた日は飯も適当になるんだよな。」


「じゃあ、今のうちに簡単に作れるものを増やしておいたら?」


「凛、教えてくれる?」


「一緒に作るなら。」


「作る。洗い物もする。」


凛は少し考えてから、「じゃあ、簡単なものから」と頷いた。


その返事が嬉しくて、俺はつい先のことまで口にしていた。


「いつかさ。同じ家に帰れたら、いいよな。」


凛の足が止まった。

俺も二歩先で立ち止まり、振り返った。


「……今すぐって話じゃなくて。仕事に慣れて、ちゃんと生活できるようになったら。」


小さな顔を見下ろしながら、言葉を足した。


「一緒に夕飯作ったり、今日あったこと話したり。そういうの、凛とできたらいいなって。」


凛はしばらく黙っていた。

それから、俺の隣まで歩いてきた。


「家事は、ちゃんと分担してね。」


「する。」


「私も働くんだから。」


「うん。」


そこでようやく、凛が顔を上げた。


「……私も、そうなれたら嬉しい。」


危うく、道の真ん中でにやけたまま動けなくなるところだった。


「じゃあ、まず料理だな。」


「その前に卒業論文。」


「田中と同じこと言うじゃん。」


笑いながら、また駅へ向かって歩き出した。


挿絵(By みてみん)



一人暮らしの部屋に戻ってから、母親に凛と帰省したいと連絡した。

すぐに返ってきたのは、空いている日程と、好きな食べ物を聞いておいて、という返事だった。


俺はその画面を閉じて、凛とのトークを開いた。

次に一緒に食べる夕飯のことを、もう考えていた。



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