第28話「もっと聞きたい。」
四月中旬。
大学四年になった俺は、営業職の選考を受け始めていた。
その日も、午前中に一次面接を終えて大学へ向かった。
「どうだった?」
学食で向かいに座った小川に聞かれ、俺は鞄を下ろした。
「結構喋れた。面接官の人も笑ってたし。」
「へえ」
「バイトの話とか、サークルの話とか。……たださ。」
椅子に座って、ネクタイを少し緩めた。
「周りと協力した経験を聞かれたんだけど。」
「うん。」
「俺が何したかばっか喋った気がする。」
小川が箸を止めた。
「協力した相手は?」
「バイトの後輩。」
「その人、何したの?」
「……そこ、言ってねえ。」
思い返すと、話し終えたあとに聞かれていた。
『そのとき、後輩の方とはどのように役割を分担したんですか。』
あれ、続きを聞きたかったんじゃなくて、俺が答えてなかったのか。
「俺、自分のこと喋りすぎてた?」
「聞かれたことに答えてなかったんじゃね。」
「そっちのほうがまずくない?」
小川は否定せず、味噌汁を飲んだ。
人と話すのは得意だった。
初対面でも、沈黙になって困ることはほとんどなかった。
だから面接も、緊張さえしなければ何とかなると思っていた。
……何ともなってない可能性が出てきた。
「詩織ちゃんも、選考始まってんの?」
「うん。昨日受けてた。」
「どうだった?」
「まだ聞いてない。」
「気になんない?」
「なるけど。昨日は疲れたって言ってたから。」
小川は、トレーの端に置いたスマホを見た。
「今度会ったとき、話したかったら話すだろ。」
「聞かないんだ。」
「聞くけど、会うたび結果どうだったっていうのもな。」
俺なら、面接が終わる時間に合わせて連絡しそうだった。
どうだった?
うまくいった?
何聞かれた?
心配しているつもりで、質問攻めにしているかもしれない。
小川のスマホが光った。
画面を見た小川は、短く文字を打ち込んだ。
「詩織ちゃん?」
「うん。土曜、昼なら会えるって。」
「何すんの?」
「飯。」
「普通だな。」
「普通でいいだろ。」
そう言った小川の口元は、少しだけ緩んでいた。
午後の用事を済ませて中庭へ出ると、ベンチに田中と美奈が座っていた。
「お疲れ。」
声をかけると、美奈が顔を上げた。
「あ、夏樹。面接?」
「午前中にね。二人は?」
「私はこれから説明会。」
美奈はそう言って、膝の上のスマホを裏返した。
「……なのにさ。今日の夜会えないって言ったら、また?って。」
田中が美奈を見た。
俺も、隣のベンチに腰を下ろした。
「彼氏?」
「うん。就活で忙しいのは言ってるんだけどね。夕飯くらい食べられるでしょって。」
「説明会のあと?」
「そのあと明日の面接の準備したいんだよね。でも、そう言うと、俺は後回しなんだってなる。」
それは彼氏が――。
言いかけたところで、田中が口を開いた。
「それ、何回かあったの?」
「最近は結構。前は私が予定合わせてたから。」
「そっか。」
田中は、その先を急かさなかった。
美奈は伏せたスマホを指でなぞっていた。
「会いたくないわけじゃないんだけどさ。会うために無理するのが、ずっと私なのはどうなんだろって。」
俺は口を閉じた。
美奈はまだ、自分の気持ちを話している途中だった。
「それも彼氏に言った?」
「……そこまでは言ってない。」
「うん。」
「一回、ちゃんと話してみようかな。」
田中は頷いた。
美奈が立ち上がってから、俺は田中を見た。
「お前、ああいうとき何て言うか迷わない?」
「迷うよ。」
「そう見えなかった。」
「適当なこと言えないだろ。」
田中は、美奈が歩いていったほうを見ていた。
俺はいつも、何か言わなきゃと思っていた。
でも、言わずに聞いている時間にも、意味はあるらしかった。
夕方、講義を終えた凛と合流して、駅へ向かった。
「面接、お疲れさま。」
「ありがと。今日さ、ちょっと反省した。」
「何かあった?」
俺は、面接で聞かれたことより、自分が話したいことばかり話してしまった気がすると伝えた。
凛は最後まで聞いてから、首を傾げた。
「話してる途中では、気づかなかった?」
「うん。めっちゃ盛り上がってると思ってた。」
「そっか。」
「人と喋るの得意だし、営業向いてると思ってたんだけど。それだけじゃだめだなって。」
凛は少し考えてから、俺を見上げた。
「それでも、営業がいい?」
「やりたい。」
そこは、すぐに答えられた。
「説明会でさ、客の話を聞いて、最初に頼まれたものとは別の提案をすることもあるって聞いたんだよ。」
「うん。」
「それで、こっちのほうがよかったって言ってもらえたら、嬉しくない?」
凛は頷いた。
「バイトでも、おすすめ聞かれて答えたら、帰りにうまかったって言ってもらえることあるし。自分が勧めたもので喜んでもらえるの、結構好きなんだよな。」
話しながら、少しずつ考えがまとまっていった。
誰とでも話せるから。
向いていそうだから。
最初は、それくらいの理由だった。
でも、会社を調べるうちに、そこで何をしてみたいかも考えるようになっていた。
「凛ちゃんは?どんな仕事したいとか、決まってきた?」
凛は鞄の持ち手を握り直した。
「……法務の仕事が、気になってる。」
「会社の法律関係のやつ?」
「うん。契約の内容を確認したり、社内の人から相談を受けたりする仕事」
凛ちゃん、向いてそう。
すぐに口から出そうになった言葉を、一度止めた。
「どういうところが気になったの?」
凛は少しだけ俺を見て、それから前へ視線を戻した。
「授業で契約の事例を読んでると、最初にここを確認していたら、揉めずに済んだかもしれないって思うことがあって。」
「うん。」
「問題が起きてから解決するのも大事だけど、起きる前にできることもあるんだなって。それを仕事にできたらいいなと思ったの。」
凛は、言葉を選びながら続けた。
「法律を知ってるだけで終わらせたくない。誰かが何かを始めるときに、安心して進められるように使えたらって。」
俺は隣を歩く凛を見た。
試験のために勉強している姿は、何度も見ていた。
でも、その先で何をしたいかは、ちゃんと聞いたことがなかった。
「……凛ちゃんらしい。」
「そう?」
「うん。だめなところ見つけて終わりじゃなくて、どうしたらいいかまで考えそう。」
「そういう仕事ができたらいいなとは思ってる。まだ、調べてるところだけど。」
凛の声には、少し照れが混じっていた。
「じゃあ俺が営業で、凛ちゃんが法務だったら、相談できるじゃん。」
「同じ会社ならね。」
「あ、そっか。」
「別の会社の契約書、見せないでね。」
「まだ何もしてないのに注意された。」
凛が小さく笑った。
俺も笑ってから、言った。
「でも俺、今日受けた会社、結構入りたいんだよな。」
「うん。さっき話してたとき、そう思った。」
「凛ちゃんと別でも?」
「私と同じかどうかで、佐藤くんの行きたいところ変えなくていいよ。」
凛は、まっすぐ俺を見ていた。
「私も、自分がやってみたい仕事を考えたいから。」
少し前なら、同じ会社がいい、とすぐに言っていた気がした。
毎日会えたら嬉しい。
それは今も変わらなかった。
でも、さっきの話の続きを聞きたかった。
凛が興味を持った仕事のことも、そこで働くようになった凛の話も。
「じゃあ、お互い受かったら報告な。」
「うん。」
「落ちたときも。」
「うん。聞くよ。」
駅前の信号で、二人並んで立ち止まった。
「……私の話、長くなっちゃったね。」
「全然。もっと聞きたい。」
「今日は聞き役なんだね。」
「俺だってできるし。」
「うん。ちゃんと聞いてくれた。」
凛はそう言って、少し笑った。
「でも、佐藤くんの話を聞くのも好きだよ。」
……そういうこと、急に言う?
聞くのを頑張ろうとした日に限って、今度は返す言葉が出てこなかった。




