第27話「同じ会社に入ったら、毎日会えるじゃん。」
三月上旬。
大学三年の春休みは、思っていたほど暇ではなかった。
企業説明会。エントリーシート。適性検査の対策。
夏のインターンではまだ遠かった就職が、急に目の前まで迫っていた。
大学の合同企業説明会の日、俺たちは六人で集まった。
「田中、スーツ着ると普通の会社員だな。」
「何なら正解なんだよ。」
「小川は眠そう。」
「それはスーツ関係ない。」
隣で詩織ちゃんが笑った。
美奈は会場案内を広げ、凛と回る順番を確認していた。
「凛ちゃん、何社くらい見るの?」
「今日は四社。そのあと、キャリアセンターで相談。」
「忙しくない?」
「そのために来たんだよ。」
凛の手帳には、企業名と時間が細かく書き込まれていた。
俺のスマホにも予定は入っていたけれど、そこまできれいには整理されていなかった。
「俺のも管理してほしい。」
「自分でしてください。」
そこだけ敬語だった。
説明会が始まると、俺たちはそれぞれのブースへ向かった。
担当者に仕事の話を聞くのは、思ったより楽しかった。
居酒屋のバイトで、客に合わせておすすめを変えていると話したら、営業の仕事について詳しく教えてもらえた。
ただ、どんな人とでも話せればいい、というわけではないらしかった。
相手が何に困っているのかを聞いて、必要なものを考える。
説明を聞きながら、俺は資料の営業職という文字に丸をつけた。
途中で田中と合流すると、肩を叩かれた。
「お前、隣の人とも仲良くなってたな。」
「同じ会社気になってるらしいから。」
「初対面だろ?」
「うん。もう連絡先交換した。」
「そういうところは向いてそうだよな、営業。」
「そういうところは?」
「思ったことを全部言うところは直せ。」
それは凛にもよく言われた。
それから、予定はどんどん埋まっていった。
凛を誘った日に俺の説明会が入り、俺が空いている日は凛に予定があった。
夜なら電話できると思ったけれど、応募書類を書いているうちに日付が変わった。
『今終わった。起きてる?』
送ったメッセージには、翌朝返事が来た。
『寝てた。お疲れさま』
その頃には、俺が寝ていた。
そんなことを繰り返して、気づけば二週間、二人で出かけていなかった。
「まだ返ってこない。」
書類を見せ合うために入ったファミレスで、俺はスマホを伏せた。
田中は自分のパソコンから目を離さなかった。
「いつ送ったんだよ。」
「一時間前。」
「待てよ、それくらい。」
「待ってるじゃん。」
「五分おきに確認してるけどな。」
小川に言われ、また伸ばしかけていた手を止めた。
凛が忙しいのは分かっていた。
俺だって、すぐには返せないことがあった。
でも、分かっていることと、寂しくないことは別だった。
「会いたいものは会いたいじゃん。」
「そのまま冬城さんに言えば?」
「忙しいのに困らせたくないし。」
田中がようやく顔を上げた。
「そこは考えるようになったんだな。」
「俺のこと何だと思ってんの?」
「思ったことを全部言うやつ。」
否定できなかった。
以前、付き合っていた子に、返事が遅いと言われたことがあった。
そのときは、あとで返すんだからいいじゃん、と思っていた。
『あとで』がいつなのか分からない時間は、想像していたより長かった。
数日後、凛と大学で会えた。
キャリアセンターへ向かう途中だと聞き、俺も少し早く家を出た。
相談の時間まで、休憩スペースで一緒に昼食を食べることになった。
「凛ちゃんだ。」
「見れば分かるよ。」
「本物、久しぶり。」
「写真とは毎日会ってるの?」
「うん。」
凛は一瞬黙ってから、お茶の蓋を開けた。
「そこは否定してほしかった。」
俺は笑った。
この返しも、声も、会わないと分からない表情も、全部久しぶりだった。
凛の手元には、企業の資料があった。
「そこ受けるの?」
「うん。仕事内容が気になってるから。」
俺は横から資料をのぞいた。
「じゃあ、俺も受けようかな。」
「夏樹くんも興味あるの?」
「同じ会社に入ったら、毎日会えるじゃん。」
凛の手が止まった。
「それが理由?」
「結構大事じゃない?」
「会いたいから受けるの?」
「うん。凛ちゃんと離れたくないし。」
凛は資料を置いて、俺を見た。
「自分の将来を、私に合わせて決めないで。」
思っていたより真剣な声だった。
「……そんなにだめ?」
「私も、会えなくて平気なわけじゃないよ。」
その言葉に、顔を上げた。
「でも、仕事が合わなかったとき、私と同じ会社だからって我慢してほしくない。」
「凛ちゃんのせいになんかしないよ。」
「うん。でも、夏樹くんが何をしたいかも、大事にしてほしい。」
俺は手元の資料に目を落とした。
会社名は見たけれど、仕事内容はまだ読んでいなかった。
同じ会社でも、配属先が同じとは限らなかった。
そんなことさえ、考えていなかった。
「……営業は、ちょっと面白そうだと思った。」
「この前の説明会?」
「うん。話すだけじゃなくて、客の困ってることを考えるんだって。」
凛がうなずいた。
「その話、もう少し聞きたい。」
俺は説明会でもらった資料を鞄から出した。
丸をつけたページを開くと、凛が隣からのぞき込んだ。
ただ近くにいたくて持ち出した就職の話を、そのとき初めて、ちゃんと二人でした。
夕方、応募書類を直していると、凛からメッセージが届いた。
『もう帰った? まだ大学なら、駅まで一緒に帰らない?』
俺はすぐに返した。
『いる。どこ?』
片づけようとして、書きかけの文章が目に入った。
最後の一文だけ打ち終えて、保存した。
正門で待っていた凛が、俺を見つけて小さく手を上げた。
「お待たせ。」
「走ってきた?」
「途中から。」
「急がなくても待ってたのに。」
駅まで、十五分もかからなかった。
次に受ける説明会の話をして、夕飯を何にするか話していたら、すぐに着いてしまった。
改札の前で、俺は腕時計を見た。
「もう着いちゃった。」
「毎日通ってる道なのにね。」
「今日、短くない?」
凛が少し笑った。
それから、俺の腕元へ視線を落とした。
「時計、使ってくれてるんだね。」
「毎日。書類書くときも、説明会でも。」
「そっか。」
凛は嬉しそうに口元を緩めた。
「……今日、誘ってよかった。」
「俺も会いたかった。」
「うん。私も。」
たった十五分だった。
会えなかった二週間がなくなるわけではなかったし、明日から急に暇になるわけでもなかった。
それでも帰りの電車では、何度も凛の返事を思い出した。
会いたかったのは、俺だけじゃなかった。
家に着いて、俺はパソコンを開いた。
凛に話した営業職の募集要項を、今度は最後まで読んだ。




