第25話「これつけてたら、凛ちゃんに彼氏がいるって分かるでしょ?」
十二月下旬。
凛と付き合って、初めてのクリスマスが近づいていた。
昼休み、いつもの六人で学食に集まると、話題は自然とクリスマスの予定になった。
「俺と凛ちゃんはデート。」
まだ誰にも聞かれていなかったけれど、とりあえず言っておいた。
「聞いてない。」
向かいに座っていた田中が呆れた顔をした。
「でも気になるだろ?」
「別に。」
「俺たち、初めてのクリスマスだから。」
「分かったから、何度も言わなくていいよ。」
隣にいた凛が淡々と止めてきた。
「佐藤くん、最近そればかり言ってるね。」
詩織が小さく笑った。
「だって初めては一回しかないじゃん。小川たちも一緒に過ごすんだろ?」
俺が聞くと、小川はいつもと変わらない顔でうなずいた。
「一応」
「一応って何だよ。クリスマスデートだろ?」
「映画を見て、ご飯を食べるだけ。」
「それをデートって言うんだよ。」
「知ってる。」
小川は平然としていたけれど、隣の詩織は少し恥ずかしそうに眼鏡の位置を直した。
「詩織ちゃん、それでいいの? もっとイルミネーションとか見たくない?」
「人が多いところは二人とも得意ではないから。映画を見たあと、ゆっくり話せれば十分かな。」
「なんか老夫婦みたい。」
「お前たちが騒がしすぎるだけだろ。」
小川に言われた。
否定しようとしたけれど、凛までうなずいている。
「凛ちゃんまで?」
「小川くんたちのほうが、落ち着いた付き合い方をしてると思う。」
「俺たちだって落ち着いてるじゃん。」
「大学の中庭で私を抱き上げた人が言うの?」
何も言い返せなかった。
「田中は?」
話を変えるために聞くと、田中は面倒そうに答えた。
「バイト。」
「クリスマスに?」
「クリスマスだからだよ。忙しいんだよ。」
「かわいそう。」
「お前に言われると腹立つな。」
みんなが笑う中、美奈だけは何度もスマホを確認していた。
「美奈は彼氏とどこか行くの?」
詩織に聞かれ、美奈が顔を上げる。
「うん。たぶん、ご飯に行くかな。」
「たぶん?」
「仕事が忙しいみたいで、まだ時間が決まってないんだよね。社会人だから仕方ないけど。」
いつもと変わらない明るい声だった。
けれど、スマホを伏せた美奈の笑顔は、少しだけ無理をしているように見えた。
さっきまで呆れた顔をしていた田中も、美奈を見たときだけ表情を変えた。
何か言いたそうにしていたけれど、結局、何も聞かなかった。
クリスマス当日。
本当は夜景の見えるレストランへ連れていきたかったけれど、思いついたときには、どこも予約で埋まっていた。
田中には「動くのが一か月遅い」と言われた。
仕方がないので、駅前の商業施設で買い物をしてから、イルミネーションを見に行くことにした。
「凛ちゃん、何か欲しいものある?」
「特にはないかな。」
「じゃあ、俺?」
「どうして夏樹くんがプレゼントになるの?」
「一番喜ぶかと思って。」
「どこから来るの、その自信。」
凛が呆れたように笑った。
かわいかった。
もっと見ていたかったけれど、今日はほかにも目的があった。
「凛ちゃん、こっち。」
「どこに行くの?」
「プレゼント買いに行く。」
「欲しいものはないって言ったよね。」
「でも、俺があげたいものは決まってるから。」
凛の返事を待たず、手をつないで歩き出した。
この日のために、駅ビルに入っているアクセサリーショップを調べていた。
一人で買ってもよかったけれど、凛の指輪のサイズは知らなかった。それに、せっかくなら毎日つけてもらえるものを一緒に選びたかった。
店の前まで来ると、凛がショーケースを見た。
「アクセサリー?」
「うん。」
「何を買うの?」
俺はショーケースに並んだ指輪を指した。
「ペアリング。」
凛が黙った。
予想していなかったらしく、指輪と俺を交互に見ている。
「……二人でつける指輪だよね?」
「うん。俺の分も一緒に買う。」
「私がつけることは、もう決まってるの?」
「嫌?」
凛はすぐには答えず、ショーケースへ視線を戻した。
「嫌とは言ってないけど。」
「じゃあ、つけてくれる?」
「お揃いのものが欲しいというより、周りに見せたいんじゃない?」
見抜かれていた。
「どっちも。」
「否定しないんだ。」
「これつけてたら、凛ちゃんに彼氏がいるって分かるでしょ?」
「やっぱり、そっちが主な目的だよね。」
「大事なことじゃん。」
凛は呆れたように息をついたあと、もう一度ショーケースを見た。
「派手なものは嫌だから。」
「じゃあ、一緒に選んでくれる?」
「ここまで連れてきてから聞くの?」
そう言いながらも、凛は俺より先に店へ入っていった。
いくつか試したあと、装飾の少ない細いシルバーリングを選んだ。
凛の小さな指に、店員が指輪を通す。
それだけで、ものすごく特別なことをしている気がした。
店を出てすぐ、俺は凛の手を取った。
さっき買ったばかりの指輪が、照明の下で小さく光っていた。
「大学にもつけてきてね。」
「毎日?」
「毎日。」
「夏樹くんもつけるんだよね?」
「もちろん。俺は誰に見られてもいいし。」
凛は俺の指輪を確認してから、少しだけ口元を緩めた。
「じゃあ、私もつける。」
その一言だけで、二人分買った意味は十分あった。
夕食を食べたあと、イルミネーションの見える広場へ向かった。
白や青の光が並ぶ通りは、恋人同士や家族連れで混雑していた。
凛とはぐれないように手をつなぐと、指輪同士が触れた。
それが嬉しくて何度も手元を見ていると、凛が立ち止まった。
「私からもあるよ。」
凛が鞄から小さな箱を取り出した。
「開けていい?」
「そのために渡したから。」
箱の中に入っていたのは、黒い革ベルトの腕時計だった。
落ち着いたデザインで、普段の服にも、スーツにも合いそうだった。
「就活でも使えるものがいいと思って。」
「もしかして、社会人になっても使えるように?」
「その頃まで壊れなければね。」
「壊れても直して使う。」
俺はすぐに時計を腕につけた。
左手には腕時計と凛とお揃いの指輪があった。
「凛ちゃん、見て。両方一緒に見える。」
「さっきから何回見てるの?」
「時間じゃなくて、両方見てる。」
「落ち着いて。」
無理だった。
凛にもらった腕時計と、凛とお揃いの指輪。
見るたびに、凛が俺の彼女なのだと実感した。
帰りの電車に乗る前、凛のスマホに美奈からメッセージが届いた。
画面を見た凛の表情が曇る。
「どうしたの?」
「美奈、彼氏に会えなくなったみたい」
急な仕事が入ったと連絡があり、食事の約束はなくなったらしい。
美奈は彼氏へのプレゼントも用意していた。
それでもメッセージには、仕方ない、社会人だから、と書かれていた。
「電話してみたら?」
「うん」
凛が電話をかけようとしたとき、続けてメッセージが届いた。
『田中が近くにいるみたいだから、駅まで一緒に帰ってもらう』
「田中、バイトの後も暇だったんだ。クリスマスなのに。」
「そういうことは言わないの。」
「本人いないじゃん。」
「いなくてもだめ。」
そのときの俺は、美奈の彼氏のことも、田中が本当に偶然近くにいたのかも、深く考えなかった。
ただ、凛の左手にある指輪を見て、つないだ手に少しだけ力を込めた。
初めてのクリスマスにもらった腕時計を、俺は社会人になってからも使い続けることになる。
もちろん、指輪も。
凛が外していいと言うまで、外すつもりはなかった。




