第24話「俺は毎日でもデートしたい。」
十一月上旬。
凛と付き合い始めてから、一か月以上が過ぎた。
休日はほとんど毎週デートをして、講義の時間が合えば平日も一緒に昼飯を食べた。
付き合う前より会う回数は増えたはずなのに、会えば会うほど、もっと会いたくなる。
それから、俺たちは大学ですっかり有名なカップルになっていた。
原因は分かっている。
十月上旬の昼休み。人の多い中庭で、俺が凛を抱き上げて、大好きだと叫んだからだ。
その翌日、講義室に入った途端、同じ経済学部の男子に囲まれた。
「佐藤、冬城さんと付き合ったってマジ?」
「マジ。」
「お前、告白して振られてなかった?」
「振られたけど、今は付き合ってる。」
そう答えると、別のやつが身を乗り出してきた。
「中庭で抱き上げて、大好きって叫んだって話もマジ?」
「それもマジ。」
「なんでちょっと得意げなんだよ。」
後ろの席に座っていた田中が呆れた声を出した。
「普通、そこは反省するところだろ。」
「凛ちゃんには怒られたよ。」
「冬城さんにじゃなくて、周りの人間に反省しろ。昼休みの中庭だぞ。」
でも、凛と付き合っているとみんなに知られること自体は、全然嫌ではなかった。
むしろ、もう誰も凛を狙わないだろうと思うと安心した。
それから一か月近くたっても、その話題は消えなかった。
十一月に入ったある日の昼休み。
俺が凛と一緒に学食へ向かっていると、今度はサークルの知り合いたちに呼び止められた。
「あ、噂の二人だ。」
女子の一人が俺たちを見て笑った。
「本当に付き合ったんだね。」
「うん。」
俺が答える横で、凛は少し居心地が悪そうに視線をそらした。
「冬城さん、佐藤でいいの?」
「それ、どういう意味ですか。」
凛が真顔で聞き返す。
「だって、顔はいいけどノンデリじゃん。」
「それは知っています。」
「凛ちゃん、そこは否定してよ。」
「事実を否定する必要はないよね。」
周りから笑い声が上がった。
俺は納得できなかったけれど、凛も少し笑っていたから、まあいいかと思った。
「じゃあ、冬城さんは佐藤のどこがよかったの?」
そう聞かれた途端、凛の笑みが消えた。
みんなの視線が一斉に集まり、凛は困ったように俺を見上げた。
「俺も聞きたい。」
「夏樹くんまで便乗しないで。」
「だって気になるし。」
凛はしばらく黙っていた。
このまま答えないと思ったとき、小さく息をついた。
「……裏表がないところ。」
「ほかは?」
「まだ聞くの?」
「聞く。」
凛は俺を見た。
その頬が少しだけ赤くなる。
「一緒にいると、楽しいから。」
今度は、俺が黙る番だった。
「凛ちゃん!」
嬉しくなって腕を広げると、凛はすぐに一歩下がった。
「大学では抱きつかないで。」
「まだ何もしてないじゃん。」
「しようとしてたよね。」
「佐藤、完全に尻に敷かれてるじゃん。」
また笑われたけれど、今度は何を言われても気にならなかった。
一緒にいると楽しい。
その言葉だけで、しばらく生きていける気がした。
その週の金曜日の夜、凛からメッセージが届いた。
『日曜日、行きたいところがあります。一緒に行きませんか』
いつも誘うのは俺だった。
毎週のように会っているのに、凛のほうから誘われただけで、すぐに電話をかけたいくらい嬉しくなった。
でも、それをしたら重いと思われるかもしれない。
三分悩んでから、『行く。どこでも行く』と返した。
『まだ場所も言ってないけど』
『凛ちゃんと一緒ならどこでもいい』
少しして、呆れた顔をしたスタンプが返ってきた。
それすらかわいく見えて、画面を保存した。
日曜日、凛が連れていってくれたのは、紅葉が見頃を迎えた庭園だった。
赤や黄色に色づいた木々の間を、二人で並んで歩いた。
前に俺が紅葉を見に行きたいと言ったことを、凛は覚えていたらしい。
「凛ちゃん、こっち見て。」
凛が振り返った瞬間、スマホを向けた。
「勝手に撮らないで。」
「紅葉と凛ちゃん、すげえ合う。」
「ちゃんと紅葉も見てる?」
「見てるよ。」
「さっきから私ばかり見てるけど。」
「紅葉より凛ちゃんのほうがかわいいから。」
「そういう比較は、紅葉に失礼じゃない?」
「紅葉って傷つくの?」
「知らない。」
そっけなく返しながらも、凛の口元は少し緩んでいた。
園内では、家族や恋人同士が紅葉を背景に写真を撮っていた。
俺も凛と撮りたかったけれど、大学であれだけ注目されたあとだ。今日は静かに過ごしたいかもしれないと思い、言うのをやめた。
すると凛が足を止めた。
「写真、撮らなくていいの?」
「撮っていいの?」
「せっかく来たから。」
近くにいた人に頼み、紅葉を背に二人で並んだ。
撮ってもらった写真の中で、俺はいつも通り笑っていた。隣の凛も、ほんの少しだけ笑っていた。
「あとで送って。」
「うん。待ち受けにしていい?」
「好きにすれば。」
許可が出たので、その場で設定した。
庭園を出たあとは、凛が気になっていたカフェへ向かった。
期間限定のモンブランを前にした凛は、今日一番真剣な顔をしていた。
その姿を眺めているうちに、昼休みの言葉を思い出した。
「ねえ、凛ちゃん。」
「なに?」
「俺と一緒にいると楽しいんだ?」
凛の手が止まった。
「それ、いつまで言うつもり?」
「一生。」
「やめて。」
「だって、嬉しかったから。」
凛はフォークを置き、窓の外へ顔を向けた。
「……楽しくなかったら、休日のたびに出かけないよ。」
「大学で会うのと、デートするのは違う?」
「違うでしょ。」
「俺は毎日でもデートしたい。」
「知ってる。」
否定されなかった。
それどころか、テーブルの上に置いていた俺の手に、凛の指先がそっと触れた。
「私も今日も会いたかったから、誘ったの。」
その一言で、大学中に付き合っていると知られたときより、ずっと浮かれた。
帰り道、俺はさっそく次の週末のことを考えていた。
「凛ちゃん、来週はどこ行く?」
「もう来週の話?」
「だって、早く決めたほうがいいじゃん。」
「日曜日なら空いてるよ。」
「土曜日は?」
「空いてるけど。」
「じゃあ、両方会おうよ。」
凛は呆れたように俺を見たあと、つないだ手に少しだけ力を込めた。
「……どちらか一日だけ。」
「じゃあ、長いほう。」
「どっちも一日は同じ長さだよ。」
付き合う前は、凛と一度会えただけで嬉しかった。
今では一日では足りないと思っている。
たぶん、俺はこれからも、どんどん欲張りになっていく。




