第17話「本当は、二人で出かけたかった。」
八月十六日。
外は立っているだけで汗が出るくらい暑かった。
せっかく六人で集まることになったものの、こんな日に外を歩き回る気にはならない。
「暑いし、室内で遊べるところにしようぜ。」
俺の一言で、その日はカラオケへ行くことになった。
案内されたのは、六人で使うには少し広めの部屋だった。
扉に近いソファに田中、俺、凛。
向かい側に小川、詩織、美奈が座った。
俺の隣に凛がいた。
それだけで、今日は当たりの日だった。
最初の一時間は、田中と美奈が中心になって歌っていた。
小川は詩織と選曲画面を眺め、凛は美奈と話している。
凛ちゃんが隣にいるのに、全然俺と喋ってくれない。
近くに座れただけで嬉しかったはずなのに、だんだん物足りなくなってきた。
田中が歌っている途中、詩織がふと思い出したように美奈へ聞いた。
「美奈、彼氏、お盆だし休みじゃないの?」
「休みだよ。」
「私たちと一緒にいて平気?」
凛も不思議そうに尋ねた。
「平気平気。」
俺はテーブルに身を乗り出して美奈に大きい声で聞いた。
「え?美奈って彼氏いんの?」
その瞬間、隣で歌っていた田中が盛大に音を外した。
「田中、今のやば。」
「お前が急にでかい声出すからだろ。」
田中に睨まれたが、俺は美奈へ視線を戻した。
「いるよ?夏休み前に付き合った。」
「初耳なんだけど。」
「夏樹には言ってないよ。」
「なんで?どんなやつ?写真見せてよ。」
「ほら、そういうところ。」
美奈は呆れながらも、スマホに入っていた写真を見せてくれた。
写っていたのは、俺たちより少し年上に見える男だった。
髪も服もきっちり整えていて、いかにも女に慣れていそうだった。
「三つ上の社会人。合コンで知り合ったの。」
「合コンかよ。うわ、女遊びしてそう。」
「そういうこと言うから、言わなかったの。」
田中が歌い終わり、マイクをテーブルへ置いた。
「でも、今日休みなのに、会わなくていいの?」
「うーん。なんか、全然連絡よこさないんだよね。」
「ほら。」
俺が言うと、美奈が嫌そうに顔をしかめた。
「うざい。そんなんじゃないって。仕事が忙しいみたい。」
「仕事が忙しいとか、絶対嘘じゃん。」
「夏樹、うるさい。」
「だって、休みなのに連絡もしないんだろ?それ彼女いる意味あんの?」
隣から冷たい視線を感じた。
「佐藤くんのそういうところ、軽蔑します。」
「反省します。」
「早。」
向かいに座っていた小川が、ぼそっと言った。
凛に軽蔑されるくらいなら、知らない男の心配なんてしなければよかった。
しばらくして飲み物がなくなり、俺と田中はドリンクバーへ向かった。
二人でグラスに飲み物を入れていると、少し遅れて美奈も部屋から出てきた。
「なに。二人で私の彼氏の悪口大会?」
「夏樹と一緒にすんなよ。」
田中は美奈の持っていたグラスを受け取ると、代わりに飲み物を入れ始めた。
「太田って、我慢して平気なふりするタイプ?」
「なにそれ。」
「いや。寂しいなら、寂しいって言えばいいのにと思って。」
美奈は少し驚いたように田中を見たあと、ふっと笑った。
「田中って、彼女できたら彼女に甘そうだね。」
「そうか?」
「絶対甘いよ。」
俺は隣から田中の顔を覗き込んだ。
「田中、いつも俺には厳しいのに。」
「お前に甘くする理由がない。」
「友達じゃん。」
「お前がデリカシーないから、毎回注意してやってんだろ。」
「俺のお母さん?」
「違う。」
飲み物を持って部屋へ戻ると、小川と詩織と凛が、一つのスマホを覗き込んでいた。
凛が俺のいない間に小川の隣へ移動している。
たったそれだけなのに、少し気に入らなかった。
「どーしたの?」
「この辺で今日、花火大会があるらしい。」
小川がスマホの画面を見せてきた。
会場はここから電車で二駅。
花火が始まるまで、あと二時間ほどだった。
「めっちゃいいじゃん。行こうぜ。」
「今からですか?」
凛が俺を見上げた。
「今からだからいいんじゃん。せっかく六人いるんだし。」
「意味が分かりません。」
そう言いながらも、凛は反対しなかった。
カラオケでしばらく歌ってから、カラオケを出て電車に乗り、花火大会の会場へ向かった。
急に決めたので、当然、誰も浴衣なんて着ていない。
それでも会場へ近づくにつれて人が増え、屋台の明かりや祭り囃子で、十分それらしい雰囲気になっていた。
小川と詩織が並んで先を歩き、その後ろを田中と美奈が歩いていた。
凛は人混みに慣れていないのか、少し遅れていた。
俺も足を緩め、凛の隣を歩いた。
「凛ちゃん、ちゃんとついてきてる?」
「ついてきています。」
「小さいから見失いそう。」
「余計なお世話です。」
「でも、今も一回見失った。」
「佐藤くんが前しか見ていないからでしょう。」
凛の言うとおりだった。
少し目を離すと、凛の黒い髪が人の波に隠れてしまう。
前から来た集団を避けたとき、凛の姿が一瞬見えなくなった。
俺は慌てて手を伸ばし、凛の手をつかんだ。
「ちょっと、佐藤くん。」
「はぐれるから。」
「いきなりつかまないでください。」
「凛ちゃん小さいし、普通に見失う。」
「失礼ですね。離してください。」
「やだ。またはぐれるもん。」
返事を待たず、そのまま手をつないで歩き出した。
凛は不満そうに俺を見たが、手を振りほどかなかった。
人の流れが落ち着いたところで周囲を見回したが、四人の姿はなかった。
スマホを確認すると、小川から『先に場所探す』と連絡が来ていた。
「みんなとはぐれちゃったな。」
「佐藤くんが勝手に先へ進むからです。」
「凛ちゃんを見失ったからだろ。」
「それでも、急に手を引かないでください。」
怒っているような口調だったが、凛の手はまだ俺の手の中にあった。
みんなとはぐれたのに、困ったより先に、少し嬉しいと思ってしまった。
「俺さ。」
「なんですか。」
「本当は今日、二人で出かけたかった。」
凛が足を止めた。
「六人で集まろうと言ったのは、佐藤くんですよね。」
「うん。そのときは、六人で会えれば楽しいと思ってた。」
「今は違うんですか?」
「凛ちゃんが隣にいたら、もっと喋りたくなった。」
「カラオケでも十分喋りました。」
「でも、二人で喋りたくなった。」
凛が黙った。
その向こうで、最初の花火が夜空に上がった。
大きな音が響き、周りから歓声が上がる。
「欲張りですね。」
花火を見上げながら、凛が言った。
「うん。自分でもびっくりしてる。」
最初は、凛と会えればそれでよかった。
次は隣に座りたくなって、隣に座れたら俺だけを見てほしくなった。
二人きりになれたら、今度はこの時間がもっと続けばいいと思った。
俺は自分で思っていたより、ずっと欲張りだった。




