第14話「今は前より好きなとこ増えてる。」
夏休み前、最後のサークルの飲み会があった。
大学近くの居酒屋には、いつもより多くの学生が集まっていた。
「夏樹、それ。」
席に着いた田中が、俺のバッグを指差した。
「ん?」
「キーホルダー。」
「ああ、これ?」
待ってました。
俺はバッグにつけた犬のキーホルダーを持ち上げた。
「凛ちゃんにもらった。」
「……知ってる。」
「俺に似てると思って買ったんだって。」
「それも聞いた。」
「かわいくない?」
「バッグ変えても絶対付けてんのな。」
「だって凛ちゃんが俺にくれたんだよ?」
向かいに座っていた小川が犬を見た。
「似てる。」
「だろ?」
「間抜けな顔が。」
「そこ?」
俺はキーホルダーを見た。
たれ目で、口を開けて楽しそうに笑っている。
「凛ちゃんは、たれ目でいつも楽しそうなところが似てるって言ってた。」
「嬉しそうだな。」
「めっちゃ嬉しい。」
小川は「ふーん。」とだけ返した。
そのとき。
「佐藤じゃん。久しぶり。」
通りかかった知り合いに肩を叩かれた。
「おー、久しぶり。」
「何それ。犬?」
「あ、これ?」
俺はまたキーホルダーを持ち上げた。
「好きな子にもらった。」
田中が頭を抱えた。
「また始まった。」
「何が?」
「もう今日何人目だよ。」
「聞かれたから答えてるだけじゃん。」
「聞かれてないときも言ってただろ。」
そうだっけ。
「夏樹。」
聞き慣れた声がした。
振り返ると、美奈が立っていた。
その隣には詩織ちゃん。
そして、凛もいた。
「あ、凛ちゃん。」
俺はバッグのキーホルダーを見せた。
「見て。つけてきた。」
「……見れば分かります。」
「朝つけた。」
「そうですか。」
「ここなら目立つだろ?」
「別に、どこにつけてもいいですが。」
美奈が笑った。
「凛、夏樹さっきから会う人全員にそれ自慢してるよ。」
凛が俺を見た。
「……なぜですか。」
「嬉しいから。」
「ただのキーホルダーでしょう。」
「凛ちゃんがくれたやつじゃん。」
凛は少し黙った。
「そんなに喜ぶとは思いませんでした。」
「じゃあもっと高いやつでもよかったよ。」
「調子に乗らないでください。」
「次は何くれる?」
「もうあげません。」
「えー。」
美奈が凛の隣で吹き出した。
美奈と詩織ちゃんが向かい側に座った。
凛は空いている席を見てから、俺の隣に腰を下ろした。
「凛ちゃん、そこ座るんだ。」
「何か問題でも?」
「ない。むしろ嬉しい。」
「聞いていません。」
飲み会が始まって一時間ほど経った。
俺は何度か席を移動して、知り合いと喋っていた。
久しぶりに会うやつもいたし、ほとんど喋ったことのないやつもいた。
適当に飲んで、適当に喋って。
気づけば、また凛たちのテーブルに戻っていた。
「凛ちゃん、飲んでる?」
「飲んでいます。」
俺はテーブルを見た。
空になったグラスが二つ置かれていた。
今持っているので三杯目。
「それ何杯目?」
「三杯目です。」
「大丈夫?」
「大丈夫です。」
「前もそれ言ってた。」
「前?」
「酔っ払って男に警察呼ぼうとしてたとき。」
「あれは正当な対応です。」
「まだ言う?」
「間違っていません。」
隣にいた詩織ちゃんが小さく笑った。
凛の頬は少し赤くなっていた。
これはたぶん。
酔ってる。
「凛ちゃん、水飲む?」
「いりません。」
「飲んどきなって。」
「佐藤くん。」
「ん?」
「前から疑問だったんですけど。」
「何?」
凛が俺を見た。
「なんで私なんですか?」
「何が?」
「好きな人です。」
「ああ。」
凛は少し眉を寄せた。
「あなた、女性には困っていないでしょう。」
「まあ。」
「その返答、腹が立ちますね。」
「凛ちゃんが聞いたんじゃん。」
「そうですけど。」
やっぱり酔ってる。
普段なら、こんなこと聞いてこない。
「で?」
「ん?」
「なんで私なんですか。」
「好きだから。」
「答えになっていません。」
「じゃあ何て答えればいいの?」
「私のどこが好きなんですか。」
「いっぱいあるよ。」
凛が少しだけ目を細めた。
「例えば?」
「頭いい。」
「はい。」
「自分で認めるんだ。」
「事実なので。」
「そういうとこ。」
「何がですか。」
「人に合わせないとこ。」
凛は黙った。
俺は指を折りながら考えた。
「あと、友達大事にしてる。」
「普通です。」
「気が利く。」
「そうでしょうか。」
「バーベキューのとき、紙コップ足りなくなったのすぐ気づいてたじゃん。」
凛が少し目を瞬かせた。
「……よく覚えていますね。」
「覚えてるよ。」
他には。
「甘いもん食ってるとき分かりやすい。」
「それは長所ですか?」
「かわいいから長所。」
「意味が分かりません。」
「笑った顔もかわいい。」
「…………。」
「小さい。」
「それは長所ではありません。」
「俺は好き。」
「あと?」
まだ聞くんだ。
「胸でかい。」
「最低ですね。」
「冗談。」
「絶対に本音でしょう。」
「本音ではある。」
「やっぱり最低です。」
俺は笑った。
凛は呆れたように俺を見ていた。
でも、席を立つ気はないらしい。
「あとさ。」
「まだあるんですか。」
「嫌なこと、ちゃんと嫌って言うじゃん。」
凛が俺を見た。
「普通では?」
「そうでもないよ。」
今まで付き合った女の子のことを思い出した。
俺が何か言っても、その場では笑っていた。
それなのに、あとになって怒られたり。
別れるときになって、ずっと嫌だったと言われたり。
そういうことが結構あった。
「凛ちゃん、最初からずっと俺に失礼って言うし。」
「実際、失礼なので。」
「うん。」
「そこは否定してください。」
「でも、そういうとこ好き。」
凛は黙った。
「俺が何言っても、嫌なら嫌って言うし。違うと思ったら違うって言うじゃん。」
「……。」
「だから凛ちゃんと喋ってると楽しい。」
最初は、それがおもしろかった。
何を言っても返してきた。
俺が失礼なことを言えば、なんで失礼なのかまで説明してきた。
それで気になった。
見かけると話しかけるようになった。
気づけば。
「まあ、いっぱいあるけど。」
「はい。」
「知るたび増える。」
凛が黙った。
「最初は喋ってておもしろいだけだったけど。今は前より好きなとこ増えてる。」
「…………。」
「だから、どこが好きって聞かれても困る。」
凛はしばらく俺を見ていた。
それから、ぽつりと言った。
「……意外ですね。」
「何が?」
「佐藤くんって、意外と人のいいところを見ているんですね。」
「意外とって何。」
「もっと適当に人と付き合っているのかと思っていました。」
「ひどくない?」
「友達が多い理由、少し分かった気がします。」
「そう?」
「はい。」
凛はグラスを持ち上げた。
「人のいいところを見つけるのが上手なんですね。」
「考えたことなかった。」
「でしょうね。」
「何で分かんの?」
「佐藤くんなので。」
意味分かんねえ。
でも。
なんか褒められた気がする。
「じゃあさ。」
「何ですか。」
「凛ちゃんは俺のいいところ、何個知ってる?」
凛の動きが止まった。
「…………。」
「ある?」
「今は私の質問の時間です。」
「もう答えたじゃん。」
「では、質問は終わりです。」
「逃げた。」
「逃げていません。」
「じゃあ一個。」
「嫌です。」
「一個だけ。」
「しつこいです。」
そう言って、凛は俺から顔を逸らした。
でも。
少し赤くなった耳は、たぶん酒のせいだけじゃない。




