第13話「大事にするね。」
七月上旬の土曜日。
俺たちは六人で、みどり丘ランドのプールに来ていた。
男子三人は先に着替えを終え、更衣室の前で女子を待っている。
「遅くない?」
「普通だろ。」
田中が言う。
隣で小川がスマホを見る。
「今出るって。」
「誰から?」
「詩織。」
「へえ。最近仲いいな、お前ら。」
小川は俺を見た。
「まあ。」
そのとき。
「あ、いたいた。」
美奈の声がした。
振り返る。
オレンジ色のビキニにラッシュガードを羽織った美奈。
その隣には、フリルのついた水着の詩織ちゃん。
そして。
「…………。」
最後に凛が出てきた。
黒いワンピースタイプの水着に、薄いラッシュガード。
いつも黒い服ばっか着てるのに。
なんか、全然違う。
「夏樹?」
美奈がにやにやしながら俺を見る。
「いつもおしゃべりなのにどうしたの?凛に見とれた?」
「……めっちゃかわいい。鼻血出そう。」
凛が俺を見る。
「胸見て言いましたね。」
「うん。」
「変態。」
凛はラッシュガードのチャックを上まで閉めた。
「あ、隠した。」
「誰のせいですか。」
「もう見ないって。」
「信用できません。」
田中がため息をつく。
「朝から通常運転だな。」
午前中は流れるプールで遊んだ。
美奈は浮き輪に乗ってどんどん先へ流れていく。
田中がそれを追いかけている。
小川はなぜかずっと詩織ちゃんの近くにいた。
「小川、今日詩織ちゃんとずっと一緒じゃん。」
「そう?」
「そうだろ。」
「まあ。」
「仲良くなったな。」
そう言うと、隣にいた凛が微妙な顔をした。
「……そうですね。」
「何その間。」
「別に。」
そのあと、波のプールへ移動した。
凛は浮き輪につかまっている。
最初は小さな波だったけど、しばらくすると奥から大きな波が来た。
「うわ。」
凛の浮き輪が一気に持ち上がる。
「凛ちゃん、大丈夫?」
「大丈夫です。」
とは言うけど。
凛は小さい。
周りのやつなら腰くらいの深さでも、凛だと結構深い。
しかも人が多い。
また大きな波が来て、凛の浮き輪が横へ流される。
俺は浮き輪に手を添えた。
「何ですか。」
「流されないように。」
「浮き輪があります。」
「でも凛ちゃんちっちゃいじゃん。」
「余計な一言が入りましたね。」
「事実だし。」
「それは否定しませんが。」
また波が来る。
俺は浮き輪を押さえた。
「ほら。」
「……ありがとうございます。」
「どういたしまして。」
「佐藤くん。」
「ん?」
「ずっとここにいるんですか。」
「うん。」
「美奈たちは向こうにいますよ。」
「凛ちゃん危なそうだし。」
「子供ではありません。」
「知ってる。」
凛を見る。
「でも心配だからいる。」
凛が一瞬黙った。
「……好きにしてください。」
「好きにする。」
次の波が来る。
今度は凛も慣れたのか、浮き輪につかまりながら少し笑った。
俺はその横から離れなかった。
しばらくして。
「私、少し休みます。」
「じゃあ俺も。」
「佐藤くんはまだ遊んでいていいですよ。」
「凛ちゃんいないなら休む。」
「一人でも遊べるでしょう。」
「遊べるけど、今休みたくなった。」
「今決めましたよね。」
「うん。」
結局、二人でパラソルの下のベンチへ座った。
凛がバッグを開く。
「佐藤くん。」
「ん?」
「これ。」
差し出されたのは、小さな犬のキーホルダーだった。
耳が垂れていて、たれ目。
口を開けて楽しそうに笑っている。
「……俺に?」
「はい。」
「マジ?」
受け取って手のひらに乗せる。
「なんで?」
「クレープを奢っていただきましたし、すずらんもいただいたので。この前のデザートも。」
「別に返さなくてもよかったのに。」
「私が気になるので。」
もう一度キーホルダーを見る。
「かわい。」
「そうですか?」
「うん。ちょっと間抜けだけど。」
「そこも似ています。」
「え?」
凛が犬を指差す。
「佐藤くんに。」
「俺?」
「たれ目で、いつも楽しそうなので。」
「俺、犬だと思われてんの?」
「大型犬っぽいとは思っています。」
そこで気づく。
「待って。」
「何ですか。」
「これ見て、俺に似てるって思ったの?」
「そうですが。」
「じゃあ俺のこと思い出したんだ。」
凛が黙る。
「……たまたまです。」
「でも思い出したんでしょ?」
「そういう言い方をしないでください。」
なんか。
めちゃくちゃ嬉しい。
「ありがと。」
「どういたしまして。」
俺はキーホルダーを濡れないようにバッグへしまった。
「大事にするね。」
凛が少しだけ目を瞬かせる。
「……ただのキーホルダーですよ。」
「凛ちゃんがくれたやつじゃん。」
「そうですが。」
「じゃあ大事。」
凛は何も言わなかった。
でも、少しだけ口元が緩んだ。
昼。
六人でフードコートに入った。
飯を食いながら、向かいを見る。
小川と詩織ちゃんが隣同士。
「そういや。」
「何?」
「お前ら今日ずっと一緒にいるよな。」
小川が普通に答える。
「付き合ってるから。」
「……え?」
俺の箸が止まった。
「誰と誰が?」
田中が呆れた顔をする。
「今の話で分かるだろ。」
「小川と詩織ちゃん?」
「うん。」
「付き合ってんの!?」
詩織ちゃんが顔を赤くした。
「……はい。」
「いつから!?」
「最近。」
「なんで俺知らないの!?」
美奈が吹き出す。
「え、夏樹だけ知らなかったの?」
「だけ!?」
凛を見る。
「凛ちゃん知ってた?」
「知っています。」
「田中は?」
「知ってる。」
「俺だけじゃん!」
小川が淡々と言う。
「聞かれなかったから。」
「普通言うだろ!」
田中が笑った。
「お前最近、冬城さんのことしか見てないからじゃね?」
「え。」
凛を見る。
「俺、そんな凛ちゃんばっか見てる?」
「知りません。」
「見てるよ。」
美奈が即答した。
「めちゃくちゃ。」
「マジ?」
凛が小さくため息をつく。
「自覚がなかったんですか。」
「なかった。」
「そういうところですよ。」
午後。
六人乗りのウォータースライダーへ行った。
大きな丸いボートに案内される。
「好きな場所に座ってください。」
係員が言った瞬間。
俺は凛の隣に座った。
「早っ。」
美奈が笑う。
凛が俺を見る。
「田中くんの隣でもいいでしょう。」
「嫌。」
「なんで俺が拒否されんの?」
田中が突っ込む。
「俺、凛ちゃんの隣がいいし。」
凛を見る。
「嫌?」
「……別に。」
「よっしゃ。」
「声が大きいです。」
結局、凛は移動しなかった。
ボートがゆっくりスタート地点へ上がっていく。
隣には凛。
バッグの中には、凛が俺を思い出して選んだキーホルダー。
朝からいろいろ楽しかったけど。
たぶん今日一番嬉しかったのは。
プールでも。
スライダーでもなく。
あの犬だった。




