第12話「佐藤くんに似てる。」
七月上旬。
昼休み。
私は詩織と美奈の三人で、学食の端の席に座っていた。
「で?」
向かいに座った美奈が、にやにやしながら私を見る。
「夏樹と今どんな感じなの?」
「別に。前と変わってないよ。」
「ほんとに?」
「ほんと。」
そう答えると、隣の詩織が首を傾げた。
「でも、一緒にご飯食べる回数は増えたよね。」
「それは……佐藤くんから連絡が来るから。」
「ちゃんと行ってるじゃん。」
美奈が笑う。
「誘われたら断る理由もないし。」
「へえ。」
「何、その顔。」
「別にー?」
絶対に別にではない。
美奈は楽しそうに笑ったあと、今度は詩織を見る。
「まあ、詩織も小川と付き合ったもんねー。」
「ちょっと。」
詩織の顔が分かりやすく赤くなった。
「今は凛の話でしょ。」
「だって、いつの間にって感じじゃん。」
「美奈。」
「はいはい。」
私は二人のやり取りを眺めながら、ストローでアイスティーを混ぜる。
小川くんと詩織が付き合い始めたのは、つい最近らしい。
詳しく聞いても詩織はあまり話してくれなかった。
美奈は楽しそうだけど。
私は、ふと思い出す。
佐藤くん。
そういえば。
クレープを食べたときは、佐藤くんが払った。
すずらんも貰った。
この前二人で食事に行ったときも、デザートを奢ってもらった。
「…………。」
私。
一度も何も返していない。
「どうしたの?」
詩織が私を見る。
「いや。」
少し考える。
「佐藤くんって、アルバイトしてるの?」
「夏樹?」
美奈が答えた。
「してるよ。いつもサークルで集まる居酒屋。」
「そうなんだ。」
知らなかった。
「意外?」
「少し。」
「なんで?」
「いつも大学にいるときか、サークルの集まりでしか会わないから。」
考えてみれば、大学の外で佐藤くんが何をしているのか、私はほとんど知らない。
知っているのは。
友達が多い。
甘いものは普通に食べる。
雨が嫌い。
思ったことを全部口にする。
あと。
「凛?」
「何?」
「なんか考えてた?」
「別に。」
美奈がまた、にやにやする。
「その顔やめて。」
「何も言ってないけど?」
「顔が言ってる。」
そのとき、詩織のスマートフォンが震えた。
画面を見て、詩織が言う。
「小川くんたち、今から来るって。」
「たち?」
「田中くんも。」
「夏樹は?」
美奈が聞く。
詩織がメッセージを確認する。
「佐藤くんは午後からだって。」
「珍しいね。」
「昨日バイト遅くまで入ってて、朝起きられなかったらしいって。」
「あー、なるほど。」
美奈が笑った。
しばらくすると、田中くんと小川くんがやってきた。
「おつかれ。」
「こんにちは。」
田中くんが私の向かいに座る。
小川くんは自然に詩織の隣へ座った。
詩織も特に気にする様子はなく、そのまま少し身体を寄せて場所を空ける。
「……仲いいんだね。」
「え?」
「二人。」
詩織が少しだけ照れたように笑った。
なんとなく、前より距離が近くなった気がする。
まあ、付き合っているんだから当然なのかもしれない。
ちょうど二人に聞きたいことがあった。
「田中くん、小川くん。」
「ん?」
「何?」
「佐藤くんって、何が好きなんですか?」
二人が同時に私を見る。
「……何がって?」
田中くんが聞き返す。
「好きなものです。食べ物でも、物でも。」
田中くんと小川くんが顔を見合わせた。
「なんで?」
「今まで、クレープを奢ってもらったり、花をいただいたりしているので。」
「花?」
田中くんが少し笑う。
「そういや、あいつ買ってたな。」
「この前もデザートを奢ってもらいました。」
数えてみると、やっぱり貰ってばかりだ。
「なので、何かお返しをしたいんです。」
二人がまた顔を見合わせる。
何なのだろう。
「冬城さんからもらったら、あいつ何でも嬉しいんじゃない?」
田中くんが言う。
「何でも?」
「たぶん。」
「それが一番困るんですけど。」
具体的なものを聞きたい。
すると、小川くんが隣の詩織を見る。
「俺も詩織からなら何でも嬉しい。」
「小川くん。」
詩織が小さな声で名前を呼ぶ。
頬が赤い。
田中くんがすぐに突っ込んだ。
「急にのろけんなよ!」
「聞かれたから。」
「お前には聞いてねえよ!」
「似たような話だったし。」
小川くんは相変わらず無表情だった。
詩織だけが恥ずかしそうに俯いている。
美奈は隣で楽しそうに笑っていた。
「うーん。」
私は腕を組む。
「何でもいいと言われると困りますね。」
「本人に聞けば?」
田中くんが言う。
「それでは、お返しの意味がないでしょう。」
「確かに。」
「佐藤くんが欲しいもの……。」
全然思いつかない。
そもそも、あの人が物を欲しがっているところを見たことがない。
「そういやさ。」
田中くんがスマートフォンを取り出した。
「今度の土曜から、みどり丘ランドのプール始まるらしいよ。」
「プール?」
美奈が食いつく。
「行きたい!」
「だと思った。」
田中くんが笑う。
「夏樹も誘って、みんなで行かない?」
「いいじゃん。詩織も行くよね?」
「私は……。」
詩織が小川くんを見る。
小川くんが言う。
「行くなら俺も行く。」
「だから、そういうの!」
美奈が笑う。
詩織の顔がまた赤くなった。
「凛は?」
「私?」
みんなが私を見る。
プール。
人が多そう。
あまり得意ではない。
でも。
佐藤くんも来るらしい。
「……予定がなければ。」
「よし、決まり!」
「まだ決まってない。」
美奈は聞いていなかった。
帰り道。
駅前を歩いていると、小さな雑貨店が目に入った。
私は足を止める。
別に、今日買わなくてもいい。
佐藤くんが何を好きなのかも、まだ分からない。
だから。
そのまま帰ればいい。
「…………。」
数秒考えてから、私は店に入った。
店内には、文房具やマグカップ、小さな雑貨が並んでいる。
ハンカチ。
ボールペン。
スマートフォンケース。
「……違う。」
何が違うのかは分からない。
ただ。
佐藤くんに渡すものとしては、何となく違う気がした。
店内を一周する。
やっぱり難しい。
何をあげたら、あの人は喜ぶんだろう。
そのとき。
棚の端に、小さなキーホルダーがぶら下がっているのが目に入った。
「…………。」
犬。
たぶん。
耳が垂れていて、妙に間の抜けた顔をしている。
口を開けて笑っていて、尻尾だけやたら大きい。
かわいい……というより。
変。
私はしばらくそれを眺めた。
「……これ。」
手に取る。
もう一度見る。
たれた目。
楽しそうな顔。
なんとなく騒がしそう。
「佐藤くんに似てる。」
思わず笑った。
言ってから、自分で少しおかしくなる。
本人がいないのに。
雑貨を見ただけで、佐藤くんを思い出した。
「…………。」
私は手の中のキーホルダーを見る。
お返しとして正しいかどうかは、分からない。
たぶん、もっと無難なものはいくらでもある。
でも。
これを見た瞬間に、佐藤くんの顔が浮かんだ。
それなら。
「……これでいいか。」
私はそのキーホルダーを持って、レジへ向かった。




