第11話「俺、結構本気だよ。」
六月下旬。
梅雨はまだ明けていない。
今日は雨こそ降っていないけど、空は朝からずっと曇っていた。
あれから、凛とは一緒に飯を食うことが増えた。
まあ、二人きりで食ったのはあの日だけだけど。
俺から連絡して、凛と詩織ちゃん。
そこに田中と小川が混ざったり、美奈が来たり。
なんとなく、昼になったら一緒に飯を食うことが増えていた。
今日も凛ちゃんと詩織ちゃん、それに田中と小川で飯を食うことになっている。
「凛ちゃん、まだ授業終わんないかな。」
法学部棟の廊下で壁にもたれながら言う。
「腹減った。」
「俺も。」
田中が言う。
「先に学食行く?」
「ダメ。凛ちゃん待つ。」
「五分くらいだろ。」
「五分でも先に行ったら置いてったみたいじゃん。」
小川が俺を見る。
「お前、そういうの気にするんだ。」
「気にするだろ。」
「前はしてなかった。」
「前は前。」
「便利だな、その言葉。」
そんなことを話していると。
「あの。」
声をかけられた。
振り返る。
女の子が二人立っている。
「あ、佐藤くん。」
「うん?」
どっかで見たことある。
どこだっけ。
「前にもここにいましたよね。」
「あ。」
思い出した。
この前、凛の授業が終わるのを待ってたときに話しかけてきた子だ。
「よかったら、連絡先交換してくれませんか?」
「連絡先?」
「はい。」
少し前の俺なら、たぶん普通に交換してた。
別に断る理由もないし。
でも。
「ごめん。今はいいや。」
女の子が少し驚いた顔をした。
「え。」
「交換しないんですか?」
「うん。」
「なんでですか?」
なんで。
少し考える。
別に困るわけじゃない。
連絡先が増えたところで、何かあるわけでもない。
でも。
「好きな子いるから。」
そう言うと、女の子二人が顔を見合わせた。
後ろで田中が小さく息を吐いたのが聞こえた。
「……夏樹。」
「何?」
「いや、何でもない。」
女の子が俺を見る。
「彼女ですか?」
「違う。」
「じゃあ、片思い?」
「うん。振られた。」
「振られたんですか?」
「めっちゃ普通に。」
「振られたのに、まだ好きなんですか? 」
「振られたら好きじゃなくなるもんなの? 」
二人がまた顔を見合わせる。
何でそんな不思議そうな顔すんだろ。
「好きな子って……誰ですか?」
「あ。」
ちょうどそのとき。
講義室の扉が開いた。
学生がぞろぞろと廊下へ出てくる。
その中に。
見慣れた黒髪。
小さい。
すぐ分かる。
「凛ちゃん。」
女の子たちも俺の視線を追った。
「え。」
凛と目が合う。
その隣には詩織ちゃんがいた。
「凛ちゃーん。」
手を振る。
凛がこっちを見る。
「……こんにちは。」
なんか。
一瞬だけ反応が遅かった気がする。
俺はそのまま女の子たちから離れて、凛のところへ向かった。
「授業終わった?」
「今出てきたところですが。」
「見れば分かるか。」
「はい。」
「じゃ、飯行こう。」
そう言って歩き出そうとすると。
「佐藤くん。」
凛に呼ばれた。
「ん?」
佐藤くん。
まだちょっと嬉しい。
「断っていいんですか。」
「何を?」
「連絡先です。」
あ。
聞いてたんだ。
「いいのいいの。」
「人脈づくりのチャンスなのに。」
「それ凛ちゃんだろ。」
「あなたは、交友関係を広げるのが得意でしょう。」
「まあ。」
俺はさっきの女の子たちを見る。
もう向こうへ歩いていっていた。
「今、新しく女の子と連絡先交換しても、あんま意味なくない?」
「なぜですか。」
「凛ちゃんに猛アタック中だし。」
「…………。」
「他の女の子と連絡してる暇あったら、凛ちゃんと喋りたいじゃん。」
凛が黙った。
隣で詩織ちゃんが俺と凛ちゃんを交互に見る。
その隣には小川がいて、いつも通り無表情だ。
田中は少し離れたところで頭を押さえている。
「凛ちゃん?」
「……何ですか。」
「なんか言ってよ。」
「何を言えばいいんですか。」
「嬉しいとか。」
「なぜですか。」
「俺が凛ちゃん一筋だから。」
「私は頼んでいません。」
「ひど。」
「それに。」
凛が俺を見る。
「本人がいる前で、そういうことを普通に言うんですね。」
「だって本当だし。」
「そういうところですよ。」
また言われた。
「凛ちゃん、聞いてたんだ。」
「聞こえただけです。」
「好きな子誰って聞かれたところも?」
「……聞こえました。」
「俺、凛ちゃんって言ったよ。」
「聞こえました。」
「どうだった?」
「何がですか。」
「嬉しかった?」
「別に。」
即答。
「えー。」
「そもそも、以前から知っています。」
「そうだけどさ。」
俺、告白してるし。
振られてるし。
「でもさ。」
「なんですか。」
「俺、結構本気だよ。」
凛が足を止めた。
ほんの一瞬。
俺を見る。
「……それも、知っています。」
「え。」
今度は俺が止まった。
凛はそのまま歩いていく。
「凛ちゃん。」
「なんですか。」
「今のちょっと嬉しい。」
「知りません。」
「待ってよ。」
追いかける。
その隣で詩織ちゃんが、ほんの少し笑った。
後ろから田中の声がする。
「夏樹、飯行くんだろ。」
「あ、行く。」
俺は凛の隣に並ぶ。
振られてから、もう何週間か経った。
凛が俺を好きになったわけじゃない。
たぶん、まだ全然。
でも。
俺が本気だってことは。
ちゃんと伝わってるらしい。
それならまあ。
今日はそれでいいか。




