第10話「俺と飯食いに行こうよ。」
六月中旬。
朝から、雨がしとしと降っていた。
梅雨に入ってから、こんな天気ばっかりだ。
俺は雨が好きじゃない。
傘持つの面倒だし、靴濡れるし、なんとなくテンション下がるし。
「夏樹、大丈夫?」
講義室で机に突っ伏していると、前の席にいた知り合いが振り返った。
「全然、大丈夫じゃない。」
「何? 体調悪い?」
「暇。」
「……元気じゃん。」
そいつは呆れた顔をして前を向いた。
別のやつが横を通る。
「佐藤、今日だるそうじゃん。」
「だるい。」
「珍し。」
朝から何人かに同じようなことを言われた。
大学に来れば、だいたい誰かしら知ってるやつがいる。
普段なら適当に喋ってれば、それなりに楽しい。
でも今日は。
田中も小川も午後から来るから居ない。
俺は机の下でスマホを開いた。
冬城凛。
連絡先を交換してから何度かメッセージを送った。
返事は来る。
ちゃんと来る。
ただ。
凛から先に連絡が来たことは、一度もなかった。
「……つまんね。」
この間、佐藤くんって呼んでくれるようになったのに。
俺から連絡しなかったら、今日たぶん一回も喋らない。
友達なんて大学中にいるのに。
なんでこんな暇なんだろ。
昼休み。
一人で学食へ向かった。
入口にはいつも通り学生が溢れている。
何食おうかな。
ラーメンでも――。
「あ。」
食券機の前にできた列。
その中に、見覚えのある小さな後ろ姿があった。
黒髪。
モノトーンの服。
見間違えるわけがない。
さっきまでのだるさが一瞬で消えた。
俺はそのまま近づく。
「ねえねえ、彼女。一人?」
凛が振り返った。
俺を見た。
「ナンパみたいな声のかけ方、やめてください。」
「佐藤くんって呼んでよ。」
「そこですか。」
俺は笑った。
「凛ちゃんも一人?」
「詩織は午後からです。美奈は他の友人と食べるそうなので。」
「じゃあさ。」
俺は食券機を見る。
それから、凛を見た。
「俺と飯食いに行こうよ。」
「今ここで食べようとしているのですが。」
「ここじゃなくて、別のとこ。」
「なぜですか。」
「せっかく二人とも一人なんだし。」
「一人でも食事はできます。」
「できるけどさ。」
俺は少し考える。
「一人で食べるより、二人で食べたほうがおいしいよ?」
「食事の味は人数では変わらないと思います。」
「じゃあ俺と食べても味変わんないじゃん。」
「どういう理屈ですか。」
「何食べたい?」
「まだ行くとは言っていません。」
「じゃあ、何なら行く?」
凛が黙った。
「和食?」
「……。」
「ラーメン?」
「……。」
「パスタ?」
ほんの少し、反応した。
「あ。」
「何ですか。」
「パスタ?」
「……好きですけど。」
「じゃあ決まり。」
「勝手に決めないでください。」
「大学の近くにイタリアンあるじゃん。あそこ行こ。」
凛は小さくため息をついた。
そして。
食券機の列から離れた。
「まあ、今日は一人ですし。構いません。」
「よっしゃ。」
「何でそんなに嬉しそうなんですか。」
「凛ちゃんと飯食えるから。」
「……そういうことを普通に言いますよね。」
「だって嬉しいし。」
凛は何も言わず、先に歩き始めた。
俺はその隣に並ぶ。
外へ出ると、相変わらず雨が降っていた。
でも。
なんか、さっきより全然嫌じゃなかった。
大学から少し歩いたところにあるイタリアンレストランへ入った。
昼時だからそれなりに混んでいたけど、ちょうど二人席が空いていた。
俺はミートソース。
凛はトマトとモッツァレラのパスタ。
どっちもサラダがついてくるセットだ。
「凛ちゃん、トマト系好きなんだ。」
「好きですね。」
「へえ。」
「何ですか。」
「いや。知らなかったなと思って。」
パスタを食べながら、凛を見た。
甘いものが好きなのは知ってる。
いちごのクレープが好きなのも知ってる。
でも、それ以外はあんまり知らない。
「他に何好き?」
「食べ物ですか?」
「うん。」
「急ですね。」
「知りたいから。」
凛が少しだけ俺を見た。
「……オムライスとか。」
「へえ。かわいい。」
「食べ物にかわいいも何もないでしょう。」
「凛ちゃんがオムライス好きなの、なんかかわいい。」
「意味が分かりません。」
「あとは?」
「なぜそんなに聞くんですか。」
「だから、知りたい。」
そう答えると、凛が一瞬黙った。
俺も自分で言ってから気づく。
前まで、女の子が何好きかなんてそんなに気にしたことなかった。
彼女ができても、向こうが行きたいって言った店に行けばよかったし。
でも。
凛ちゃんの好きなものは知りたい。
好きじゃないものも。
何したら笑うのかも。
何したら怒るのかは、結構知ってるけど。
「……甘いものは好きです。」
「それは知ってる。クレープ食ったときもめっちゃ嬉しそうだったし。」
「普通でした。」
「全然普通じゃなかった。」
「普通です。」
相変わらず認めない。
食事を終え、なんとなくメニューを開く。
下のほうにデザートが載っていた。
ティラミス。
パンナコッタ。
ジェラート。
「そういえば。」
俺はメニューを凛ちゃんのほうへ向ける。
「デザートも食べる?」
「……。」
凛ちゃんの視線がメニューに落ちる。
さっきパスタを選んでいたときより真剣だ。
分かりやす。
「俺、おごるけど。」
「別に、おごっていただかなくても。」
「食べたい?」
「……。」
「凛ちゃん?」
「見ています。」
「何を?」
「メニューを。」
「どれ食べたい?」
「まだ食べるとは言っていません。」
「ティラミス?」
「……。」
「パンナコッタ?」
「……。」
「いちごのジェラート?」
凛ちゃんが顔を上げた。
「それにします。」
「即答じゃん。」
「何ですか。」
「いや。」
思わず笑う。
さっきまでいつもの真顔だったのに。
メニューを見る目が、ちょっとだけ楽しそうだ。
こういう顔するんだ。
「凛ちゃん。」
「何ですか。」
「かわいい。」
「急に何ですか。」
「デザート選んでるとき、めっちゃ目輝いてた。」
「輝いていません。」
「輝いてたって。」
「気のせいです。」
「じゃ、ジェラートいらない?」
「いらないとは言っていません。」
「やっぱいるんじゃん。」
凛ちゃんがじっと俺を睨む。
でも。
その視線は、初めて会ったころより全然怖くない。
俺は店員を呼んだ。
外を見る。
まだ雨は降っていた。
朝からずっと雨で、今日は最悪だと思ってた。
田中も小川もいないし。
凛ちゃんから連絡も来ないし。
つまんない一日になると思ってた。
でもまあ。
凛ちゃんと二人で飯食えたし。
好きな食べ物も分かったし。
楽しそうな顔も見れた。
今日は、いい日かも。




