第9話「佐藤くんって呼んで。」
告白した次の日。
授業が始まる少し前。
俺は田中、小川と三人で講義室にいた。
「田中、今日なんか顔疲れてね?」
「昨日バイトだったから。」
「だからか。いつもより三歳くらい老けてる。」
「具体的に言うな。」
「そういえば。」
田中が俺を見た。
「昨日、冬城さん見つかったの?」
「見つかった。」
「で?」
「告白した。」
「は?」
田中が固まった。
小川もスマホから顔を上げた。
「凛ちゃんに。」
「それは分かる。」
田中が額を押さえた。
「昨日、早まるなって言ったよな?」
「言ってた。」
「で、行ったの?」
「うん。」
「……どうだった?」
小川が聞いた。
「振られた。」
「早。」
「ほぼ即。」
「だから言っただろ!」
田中が頭を抱えた。
「でも、いい感じ。」
「どこが!?」
「連絡先交換した。」
「……振られたあとに?」
「うん。」
田中が黙った。
「なんで?」
「凛ちゃん、人脈づくりしてるから。」
「意味分かんねえ。」
「俺と繋がったら人脈一人増えるじゃん。」
「それで押し切ったの?」
「押し切った。」
小川がぼそっと言った。
「強い。」
俺はスマホを取り出した。
昨日追加されたばかりの名前。
冬城凛。
それを見ると、なんかちょっと嬉しい。
「何にやけてんの。」
「にやけてない。」
「いや、にやけてる。」
「連絡先あるの便利だなと思って。」
「便利って言い方やめろ。」
「だって、もう美奈に居場所聞かなくていいし。」
「そこじゃねえよ。」
田中がため息をついた。
俺はスマホを机に置いた。
「でさ。」
「まだ何かあるの?」
「どうしたら俺のこと好きになってくれるかな?」
田中と小川が黙った。
「何?」
「いや。」
田中が俺を見た。
「お前がそんなこと考えるようになるとは思わなかった。」
「俺だって考えるわ。」
「今まで考えたことなかっただろ。」
「なかった。」
好きだと言われたら付き合う。
かわいいと思ったら付き合う。
今までは、それでよかった。
でも凛ちゃんは俺のことを好きじゃない。
だったら。
好きになってもらうにはどうしたらいいのか、考えないといけない。
「とりあえず。」
小川が言う。
「一緒にいる時間増やせば?」
「どうやって?」
「飯とか。」
「あ。」
それだ。
俺はすぐにスマホを手に取った。
「今送るの?」
「うん。」
凛とのトーク画面を開いた。
『今日、一緒に飯食わない?』
送信。
「返事来るかな。」
「授業前なんだから待てよ。」
田中が言った直後、スマホが震えた。
「あ、来た。」
『いいですよ。ただ、詩織も一緒ですが。』
「よっしゃ。」
「何が?」
「いいって。」
俺はそのまま返信する。
『じゃあ俺も田中と小川連れてく!』
「待て。」
田中が俺のスマホを見る。
「なんで俺らまで決定してんの。」
「いいじゃん。」
「予定聞けよ。」
俺は小川を見る。
「暇?」
「暇。」
「ほら。」
「俺は?」
「田中も暇だろ?」
「……まあ。」
「じゃあ決まり。」
「お前ほんと勝手だな。」
昼休み。
俺たちは学食で凛と詩織ちゃんに合流した。
「凛ちゃーん。」
手を振る。
「こんにちは。」
「昨日ぶり。」
「そうですね。」
隣にいた詩織ちゃんも軽く頭を下げる。
「こんにちは、佐藤さん。」
「詩織ちゃんも久しぶり。」
「数日前に会っています。」
「そうだっけ?」
「そういうところですよ。」
凛が言った。
五人で空いているテーブルに座った。
俺の向かいに凛。
その隣が詩織ちゃん。
詩織ちゃんの隣に小川。
俺の隣に田中。
飯を食べながら適当に話していると。
「田中くん。」
凛が口を開いた。
「そこの醤油、取ってもらえますか。」
「あ、どうぞ。」
田中が醤油を渡した。
「ありがとうございます。」
俺の箸が止まった。
「……え?」
「何?」
田中がこっちを見た。
いや。
今。
「凛ちゃん。」
「なんですか。」
「今、田中のことなんて呼んだ?」
「田中くん。」
「……くん?」
「はい。」
俺は小川を見る。
「小川は?」
「小川くんですが。」
小川が顔を上げる。
「何。」
「いや。」
俺はもう一度、凛を見た。
「俺は?」
「佐藤さん。」
「なんで!?」
思ったより大きい声が出た。
凛が少し眉を寄せた。
「何がですか。」
「なんで田中と小川はくん付けなのに、俺だけさんなの?」
「そう呼んでいるからですが。」
「いつから?」
「バーベキューのときからです。」
「え?」
あの日から?
「なんで?」
「普通に話したので。」
「俺も普通に話したじゃん。」
「あなたとの会話を普通と呼んでいいのかは疑問ですが。」
「ひど。」
俺は田中を見る。
「お前知ってた?」
「何を?」
「凛ちゃんに田中くんって呼ばれてんの。」
「まあ。」
「なんで教えないんだよ。」
「教える必要ある?」
あるだろ。
たぶん。
俺は小川を見る。
「小川も?」
「うん。」
「なんで二人だけ。」
「知らん。」
小川はどうでもよさそうに飯を食べている。
俺は凛を見た。
「俺も佐藤くんって呼んで。」
「嫌です。」
「なんで?」
「今のままで困っていないので。」
「俺が困ってる。」
「知りません。」
「俺のほうが田中と小川より凛ちゃんと喋ってるじゃん。」
「そうですね。」
「じゃあ俺もくんでよくない?」
「その理屈は分かりません。」
「なんで二人より俺のほうが遠いの?」
「呼び方だけですよ。」
「その呼び方が気になるんだって。」
田中が隣で笑う。
「お前、そんなことで嫉妬してんの?」
「嫉妬じゃねえし。」
「じゃあ何?」
「……俺だけ遠い感じする。」
言ってから、自分でもしっくりきた。
凛が俺を見た。
「呼び方だけですよ。」
「じゃあ変えてもいいじゃん。」
「嫌です。」
「じゃあ一回、佐藤くんって言って。」
「嫌です。」
「一回だけ。」
「……。」
「お願い。」
凛が小さくため息をついた。
「……佐藤くん。」
「お。」
思わず笑う。
なんだこれ。
思ってたより嬉しい。
「じゃあ、夏樹くんでもいいよ。」
「なぜさらに距離を縮めようとするんですか。」
「そっちのほうが仲良さそうじゃん。」
「却下です。」
「即答。」
「佐藤くんで十分です。」
「じゃあ今日はそれでいいや。」
「今日は?」
「うん。」
凛が嫌そうな顔をした。
「明日以降も佐藤くんです。」
「分かんないじゃん。」
「分かります。」
「そのうち夏樹くんになるかもしれないし。」
「なりません。」
「まだ分かんないって。」
「分かります。」
「じゃあ賭ける?」
「何をですか。」
「いつ夏樹くんになるか。」
「なりませんから賭けになりません。」
詩織ちゃんが隣でくすっと笑った。
田中は呆れた顔をしている。
小川は何事もなかったように飯を食べている。
俺だけが、たぶんめちゃくちゃ機嫌がいい。
振られた次の日。
どうしたら凛ちゃんが俺を好きになるのかは、まだ分からない。
でも。
昨日まで佐藤さんだった俺は。
今日から佐藤くんになった。
それだけで、なんか少し。
距離が近くなった気がした。




