第8話「じゃあ、終わんないわ。」
「どうしたら俺のこと好きになる?」
凛が黙った。
その日初めて、少しだけ困った顔をした。
「……知りません。」
凛はそう言った。
俺にも分からなかった。
誰かを好きになったのだって、初めてだった。
まあ、分からないなら、これから考えればいい。
「じゃあ、とりあえずさ。」
「なんですか。」
「連絡先交換しない?」
凛が俺を見た。
「……なぜですか。」
「え?」
「なぜ告白を断った直後に、連絡先を交換する流れになるんですか。」
「だって俺、凛ちゃんの連絡先知らないし。」
「それは知っています。」
「今日も探すの、めっちゃ大変だった。」
「それはあなたの都合ですよね。」
「でも凛ちゃん、人脈づくりしてんだろ?」
凛が少し黙った。
「……していますが。」
「俺、友達多いよ。」
「自分で言うんですね。」
「事実だし。」
大学を歩いていれば、だいたい誰かに声をかけられた。
サークルにも知り合いは多かった。
「俺と繋がっとけば、人脈増えるじゃん。」
「あなたを窓口にするつもりはありません。」
「でも、連絡先一人増えるよ?」
「…………。」
「ほら。人脈一人分。」
凛はしばらく俺を見たあと、小さくため息をついた。
「……分かりました。」
「マジ?」
「人脈づくりです。」
「はいはい。」
俺たちはスマホを取り出し、連絡先を交換した。
画面に表示された名前。
冬城凛。
それだけで、少し嬉しくなった。
「送った。」
「来ました。」
これで、美奈に居場所を聞かなくても直接連絡できる。
「あとさ。」
「まだ何かあるんですか。」
「敬語やめにしない?」
凛が俺を見た。
「なぜですか。」
「俺、ずっとため口じゃん。」
「それはあなたが勝手にそうしているだけです。」
「俺ら、結構喋ってるし。」
「あなたと私は、あまり親しくないので、敬語がちょうどいいかと。」
「え?」
思わず凛を見た。
「あんま親しくないの?」
「はい。」
「クレープ食ったじゃん。」
「食べましたね。」
「バーベキューも一緒だった。」
「大人数でしたが。」
「俺の肩で寝た。」
凛の動きが止まった。
「……それは忘れてください。」
「なんで?」
「寝ていただけなので。」
「あと、花もあげた。」
「いただきました。」
「で、今日告白した。」
「断りました。」
「そこ強調すんなよ。」
凛は真顔のままだった。
「じゃあさ、凛ちゃんの『親しい』って、どこから?」
「そう聞かれても困ります。」
「友達になったら?」
「少なくとも、あなたを友人だと認識した覚えはありません。」
「マジ?」
結構仲いいと思ってた。
そのとき。
「夏樹ー!」
後ろから声がした。
振り返ると、同じサークルの女の子がこちらへ歩いてきた。
明るい茶髪に、派手めの服。
何度か一緒に飲んだことがあった。
「何してんの?」
「喋ってる。」
「見れば分かるって。」
女の子は笑いながら、俺の腕にぴったりとくっついた。
「ねえ、今日暇?二人で飲みに行かない?」
「今日は行かない。」
「えー、なんで?」
「この子、口説いてる途中だから。」
「誰をですか。」
凛が即座に聞いた。
「凛ちゃん。」
「私は先ほど断りましたよね。」
「うん。」
「では、口説いている途中ではなく、振られたあとでは?」
「まだ終わってなくね?」
「終わっています。」
「俺は終わってない。」
「あなた一人の意思では決められません。」
「じゃあ、どうしたら終わる?」
「諦めれば終わります。」
「じゃあ、終わんないわ。」
「…………。」
凛が呆れた顔をした。
隣の女の子が、俺たちを交互に見た。
「え、この子?」
「うん。」
「夏樹、こういう子が好きだったんだ。」
「俺も知らなかった。」
本当に知らなかった。
そもそも、自分から誰かを好きになったことがなかった。
女の子が凛を上から下まで見た。
「ていうか、めっちゃちっちゃくない?」
「小さいよ。」
「子供みたい。」
その言葉が、なんとなく引っかかった。
「お前、口悪くね?」
俺は笑って言った。
いつもみたいに。
でも、女の子の顔から笑みが少し消えた。
「……え?」
「子供みたいとか、普通に失礼じゃん。」
口元は笑っていた。
それなのに、凛は俺の顔をじっと見ていた。
「夏樹がそれ言う?」
「え?」
凛が静かに口を開いた。
「初対面では、中学生と言われました。」
「あ。」
「その後、胸を見て大学生だと判断されました。」
「それ、まだ覚えてんの?」
「忘れる理由がありますか。」
女の子が吹き出した。
「夏樹のほうが失礼じゃん。」
「いや、でも。」
なんだろう。
同じではない気がした。
「俺は馬鹿にして言ってないし。」
「結果として失礼であることに変わりはありません。」
「それはそうだけど。」
「認めるんですね。」
「凛ちゃんに言われたら、認めるしかないじゃん。」
「最初から余計なことを言わなければいいんです。」
「それができたら苦労してない。」
「改善してください。」
「頑張ります。」
「本当に?」
「たぶん。」
「信用できません。」
「ひど。」
女の子はしばらく俺たちを見ていた。
それから、俺の腕を離した。
「……もういいや。二人で喋ってれば?」
「飲みは?」
「行かないんでしょ?」
「うん。」
「じゃあね。」
女の子は呆れたように笑い、手を振って歩いていった。
凛も何事もなかったように歩き出した。
俺はその隣に並んだ。
少し歩いたところで、凛が口を開いた。
「佐藤さん。」
「ん?」
「佐藤さんって、怒るんですね。」
「え?」
「さっき、私のことを言われたとき。」
「ああ。」
「笑っていましたけど、目が笑っていませんでした。」
「マジ?」
「自覚なかったんですか。」
「なかった。」
怒ったつもりはなかった。
ただ、ああいう言い方をされるのが嫌だった。
「なんか、嫌だったんだよ。」
「何がですか。」
「凛ちゃんのこと、馬鹿にしてる感じ。」
「あなたも普段、かなり失礼ですが。」
「俺は馬鹿にしてないし。」
「……そうですね。」
「え。」
思わず凛を見た。
「何ですか。」
「いや。今、認めた?」
「あなたが失礼なのは事実です。」
「そこは変わんないんだ。」
「ただ、悪意がないことも分かってきました。」
「……それ、褒めてる?」
「半分くらいは。」
俺は笑った。
凛は少しだけ黙った。
「……でも。」
「ん?」
「ありがとうございました。」
俺は思わず足を止めた。
「え。」
「何ですか。」
「今、普通にお礼言った?」
「言いました。」
「凛ちゃんが?」
「取り消しましょうか。」
「待って。それはやめて。」
凛は小さくため息をつき、また歩き出した。
俺もその横に並んだ。
振られたばかりだったけど。
少なくとも。
初めて会ったころよりは、嫌われていない気がした。




