夢追いキリギリス
もうすぐ冬が来るらしい。でれは、今の俺にとっては遠い現実。
「はぁ、また落選か……」
応募していた小説の落選通知がきた。今まで百作以上の作品を作っていたが、その全てが同じ結果だった。一次や二次通過はあったが、最終選考に残った経験もない。
たまに貰える講評によると、俺の作品は独りよがりらしい。多くの人に刺さる作品は無理という。才能の無さを語ってるんだ。遠回しに。
「あぁ、気づくともう冬が来るのか……」
カレンダーを見るたびに憂鬱だ。来月には四十歳になり、冬もくる。夢を追いながら、いつのまにかこんな時間が経ってしまった。かといって今更まともに仕事ができるとも思えない。履歴書上は完全に遊んでいたキリギリス。
「俺はキリギリスなんか。まいったな……」
思わず手のひらを見つめる。年相応に乾燥し、指先はささくれてる。シミもある。痩せこけた指にはタコはできてる。小説のプロットは手書きでやってたからな。
「そうか、もう冬か……」
貯金も食糧もない。結局、冬が来る前に福祉を頼ることになった。
「そうはいっても、あなたの状況だと生活保護をもらえるのも難しい。若い頃何やってたんですか。遊んでたんですか。そんなのキリギリスと変わりないじゃないですか」
役所の人の言葉が耳に刺さる。夢を追いかけていたなんて言えない。あんなにキラキラして見えた夢は今、急に恥の対象で。
「日本の福祉っていうのは、いかに可哀想に見られるのが重要でね。例えば病気があるとか、障害者だとか、老人とか子供とか、貯金がゼロ円とか。あなたの場合、うーん、履歴書上は単に遊んでいたようにしか見えないのがね」
ハローワークの職員にもそう言われ、工場の仕事を紹介された。職員曰く、人手不足でどんな人でも採用するらしい。ただ三交代制で夜勤アリ、時給は最低賃金、土日出勤もあるという。
「まあ、遊んでいた結果だね」
俺は反論できず、結局、その工場の面接を受けた。面接後すぐに内定の電話がかかってきた。社員寮まで用意してくれるという。
「これで冬が越せるか……」
当初は安心したものだったが、工場内ではいじめが横行していた。大人しい同僚がいじめられているのを目撃し、いてもたってもいられなくなった。
「おい、そんな卑怯な真似はやめろ」
そう啖呵を切ったら、俺がいじめのターゲットとなり、仕事の連絡も無視され、上司からは使えないとパワハラも受けるようになった。なぜかお局には気に入られ、熱心に連絡先を送ってくるのも辛い。
結局、三カ月も仕事は続かなかった。内定はもらえた。入社はできた。冬は越せた。でもそれだけ。入りやすい仕事は続けにくい。
「小説のヒーローだったら、工場の悪い男どもなんかボコボコにしてやんのにな」
もう働く気力も失せた俺は、結局パンの耳を齧りながら小説を書いていた。二パターン作った。ブラック工場で悪人を懲らしめる勧善懲悪もの。もう一つはブラック工場で耐えながら働く鬱々とした純文学。
「どっちも受賞は無理かねぇ」
公募に出す気はなれず、WEB投稿サイトに連載してみた。案の定、ほとんどポイントもつかない。pvも微々たるものだ。勧善懲悪ものの方はWEBでも受けそうな要素も入れていたが、こんなもんか。
「そんなもんだよんぁ。怠け者のキリギリスの成れの果てか」
結局、冬を超えてしまったし、生き残ってしまった方が残酷だったか。家の窓から見える桜の花、鮮やかすぎて目が痛い。
そんな時だった。なぜかブラック工場の純文学の話の方、毎日誰かが見ている形跡があった。更新するたびにいいねがついている。たった一つのいいね。この状況だとかえって疑問だった。
「誰か俺の小説、見てるんかね……」
そう思うとやる気が出てきた。とりあえず最後まで書き上げ、毎日連載はしてみよう。あぁ、俺は夢を追い続けた哀れなキリギリス。それでも今は小説を書く意味は一つだけある。
◇◇◇
僕は働きアリだ。昔から要領が悪く、勉強も仕事も全然できない。せいぜい工場の段ボールを片付けるぐらいの仕事しかできない。まあ、地味な仕事をコツコツと毎日続けるのは得意なんだけどね。
そんなある日、いじめのターゲットになった。毎日殴られ、蹴られても、言い返すこともできない。
「もう仕事辞めよっかな……」
もうすぐ冬が来るけれど、耐えられそうにない。かといって新しい仕事が見つかる保証もない。
そんな冬、工場に新しい人がやってきた。妙な男だった。中年になるまで小説家の夢を追いかけ、今でも作品を書いているという。あだ名はキリギリス。ずっと夢を追いかけて怠けていたからって自虐していたが、小説の主人公のように曲がったことも嫌いだという。僕のいじめも助けられてしまった。
「ありがとう、キリギリスさん!」
「いや、いいんだよ。もし小説の主人公だったらいじめを無視するヤツって最低だろ?」
お礼をいっても、キリギリスくんは受け取らなかった。そして彼もいじめを受けるようになってしまい、春になったら退職してしまった。
キリギリスくんがいなくなり、また僕はいじめのターゲットになってしまったが、そんなことはどうでも良かった。思えば、キリギリスくんはさりげなくフォローしてくれてもいたし、僕の仕事も回らない。キリギリスくんがいない職場に日に日に違和感が降り積もる。
「あー、キリギリスくんどこにいるんだろ?」
人事部に聞けばわかるだろうか。でも、今は個人情報の問題もある。迂闊に聞けない。
「そう言えば、キリギリスくんは小説をどこで書いてるんだろ? ネットにあげていないかな?」
探してみた。キリギリスくんとの会話を思い出し、ある程度、サイトは見当がついた。そういえばペンネームも聞いてた。すぐ見つかったが。
「やっぱり。これ、キリギリスくんの作品だ……」
WEBサイトではかなり浮いている純文学作品だった。主人公は真面目で不器用な男だが、ブラック工場に勤め、徐々に疲弊していく。その様子がリアルだ。
「これって僕のことを書いてんのかな?」
そう錯覚しそうなぐらい工場内の様子がリアルで。毎日更新が楽しみだった。確かに文も簡素すぎるし、独りよがりな作風だったけど、それでもいいじゃんか。世間から無視され、踏みつけられる僕みたいな働きアリに光を当ててもらった気がする。
「頑張って。小説、諦めないで更新してね、キリギリスくん……」
気づくと祈っていた。春が過ぎても、ずっと毎日。




