↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新解釈・アリとキリギリス短編小説集〜余命三ヶ月の働きアリ、キリギリスと出会う〜  作者: 地野千塩


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
17/20

夢見る働きアリ

「働きアリくんもさぁ、大人になりなよ。いい歳して夢とか追ってるとか。老人になったらどうするの?」


 俺は働きアリだ。若い頃はミュージシャンを目指していたが、すっぱり諦めた。大学に通っている時、教授から言われたんだ。


「諦めて就活するのがいいさ。新卒カードを逃したら、後々大変だからね。日本って能力ある人より、そういう事が重要なんだ」

「は、はい。教授……」


 こうして俺は就活を頑張り、大企業に入社した。まあ、営業マンで大変な面もあったけれど、給料は自動的に上がっていく。特に不満もなく、三十代になった。


「あ、キリギリスが歌ってる……」


 通勤途中、乗り換えの駅でチラッとキリギリスを見た。歌って踊っているキリギリス族が数人。中には高齢のキリギリスもいた。なお、投げ銭は数百円しか入っていないし、誰も聞いていない。不快そうに耳を塞ぐ通行人もいた。


「惨めだよね、あんなキリギリス族って」

「もうすぐ冬が来るのにねぇ」

「老後とかどうすんだろう。まさか生活保護?」

「うちらが納めた税金で遊んでるとか納得いかない」

「ねー」


 そんな声も聞こえた。俺と同じような働きアリ達はヒソヒソと噂しているらしい。


「まあ、確かにそうだよな」


 俺も一人、呟く。キリギリス族のことは無視し、会社に向かった。やっぱり夢なんて追わないでよかった。教授の言う通り。新卒カードって大事。


 しかし冬が近づいてきたある日。なぜか上司と人事と面談の場が設けられた。


「年々、営業成績が落ちてるんだよなぁ」


 上司は渋い顔だ。


「頑張っていることは認めるんだが」


 人事も同様で。AIの波もあり、無能な社員を雇っている余裕はないらしい。偶然にも去年転職してきた同僚がアンドロイドみたいに有能で、必然的に基準が上がってしまったらしい。嫌な予感。


 その後、何度か面談を繰り返し、部署異動が決まってしまった。経理部への移動。減給も決まった。


「今日からよろしくお願いします」


 初日から感じよく挨拶したが、部署の空気はじめっとしている。お局数人が仕切っているようだし、上司も暇そうにお菓子を食べている。パート社員の女性に聞くと、あんまり仕事もなくて暇らしい。


「あ、そうなんですか」

「いわゆる社内ニートってやつ。働きアリ族が暇が耐えられなくなって全員辞めてるって。頑張ってね!」


 パート社員になぜか励まされたが、彼女の言う通りだった。とにかくやることがなく、窓際でぼーっとしている時間が長い。上司やお局からえげつない下ネタを聞いたり、社内の噂話で盛り上がるのもしんどい。


 あんまり働いていない癖に、夕方になる頃はどっぷりと疲れてしまった。鮮やかな夕陽が眩しいし、冷たい風のせいで目が冴えて仕方ない。


「これは遠回しに仕事やめろって言われてるんかなー」


 ポロって愚痴が出た時だ。駅前でキリギリス族が歌っているのに気づいた。老いたと若いキリギリスのユニットみたいだ。妙な組み合わせだ。他に聞いている者もいないし、俺は立ち止まって耳を傾けることにした。


「夢追いキリギリス〜♪ 冬に死んでもそれでいいか〜♪」


 これは自虐ネタの歌詞なのだろうか。どう反応していいか謎だったが、老いたキリギリスの声には深みがある。若いキリギリスの青臭さが中和されて聴きやすい。演奏技術も高い。


 一曲終わった後についつい拍手をしてしまった。投げ銭は五百円玉だけ入れてみた。


「ありがとう。これ、チラシでーす!」


 若いキリギリスが手渡してくれたチラシには、各種SNSの紹介もあった。驚いたことに動画サイトでは登録者が数万いるらしい。こんな駅では全然みられていないのに?


 気になった俺は家に帰ると、彼らのSNSをチェックした。確かに良い動画サイトではそこそこの登録者数があるらしい。リアルでは誰も見ていない演奏も、そのライブ映像に関しては再生されてるみたいだ。しかもファン限定の動画は有料だったが、コンスタントに更新しているようだし、思ったよりも収益化できているのか。


 ライブ配信ではファンのお悩み相談も乗っていたりした。小説家の夢を追いかけ、いつの間にか年取り貧困化した男への相談。


「確かに賞をとってデビューするのは狭き道だ。でも、単に収益化するだけだったら、そんな難しい話でもない。現に俺らも大手レコード会社には見向きもされないが、応援してくれるファンもいるからね」


 老いたキリギリスがそんな回答をしていた。


「夢は追いかけている時が幸せかもね。もし俺らがレコード会社でデビューしたら絶対燃え尽きてるよ。人気取りに走ったすかすかな作品を作り続けて病んでいた可能性もあるねぇ」


 若いキリギリスの声を聞きながら、何か今までの思い込みが溶けてきそうだ。大学時代、夢を諦めて正社員になるか、夢を追い続けていくか二つの答えしかないと思い込んでいた。教授に言われたことが全てだと思い込んでいたが、違う道があった? 例えば窓際社員を続けながら、プライベートでは夢を追いかけるのはアリか……?


 気づくと、物置に押し込んでいたギターを取り出していた。埃っぽくくしゃみが出たし、弦の張り替えは必要だったが、壊れてはいなかった。


「俺、ギターだけは捨てられていなかったんだな……」


 明日の夕方、駅前で歌っているキリギリス達の音楽を聞いていた。今日は春みたいに風が暖かい。


「夢を追う日々が一番幸せで〜♪」


 失った夢も今なら取り戻せそう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。