魔法がとける働きアリ
もし魔法が使えたなら、一年前に戻りたい。
「ハァ……」
現在、俺は実家で療養中だった。一年前、職場でトラブルにあい、身体的にも怪我をおってしまい、療養を余儀なくされた。
「俺は働きアリだっていうのにな」
「ちょっと、あんた」
そこに母が登場。毎日家でダラダラしている俺に内心苛立っている模様。母も働きアリだ。パートをいくつも掛け持ちしている。
「親戚の知り合いのキリギリスって子が家事できなくて大変らしいのよ。あんた、ちょっと面倒見に行ってやって」
「え、なんで俺が?」
「仕事でそういうのやってたでしょ?」
咄嗟に反論できない。俺は福祉の就労施設で働いていた。生きづらい人を助けたいって理想もあったし、正直、長時間労働も厭わなかったが、「障害者は排除するべき」という過激な思想な男が乱入し、大怪我を負ってしまった。大きく報道もされた。中には男を称賛する声もあり、今でも熱狂的なファンがいるらしい。
「そ、そんなの嫌だよ」
「だからって毎日ダラダラしているの。全く働きアリのくせに」
それも反論できない。結局、そのキリギリスという男の家の様子を見に行くことになった。
「ごめんください。キリギリスさん、いらっしゃいますー?」
チャイムを鳴らしても返事はない。鍵は開けっぱなし。ドアをそっと開けると玄関から廊下もゴミだらけ。やっぱり。予想がつく。勝手にゴミを片付けてしまった。なんだろう、コレ。働きアリの本性か。
「なんだ、君。働きアリか? なーんで掃除なんてしてるんだよ」
ようやくキリギリスが登場。チャラい見た目だ。服もテカテカと光ってるし、絵の具の匂いもした。しかし、俺が福祉の仕事をしていたというと、察したらしい。
「俺は発達障害もあるからな。片付けも苦手でさ。絵のアイデアが思いつくといてもたってもいられないんだ。仕事も放置して作品にのめり込むんだなー」
あっけらかんと自分の特性を話すキリギリス。
「へぇ……」
「俺の絵、見る?」
なぜかアトリエまで見せられた。絵の具の匂いがさらに充満した小部屋だったが、意外と片付いていた。絵も何枚か飾ってある。綺麗だ。とくに桜の花の絵は、今にも迫ってきそうな鮮やかさ。キリギリスの目には世界がこんな風に見えるのか。絵を見ていたら目がチカチカしてくる。
「お、絵ばっかり描いて遊んでいるヤツって思っただろ?」
「いや、そんな」
「いいんだよ、別に」
キリギリスはトロフィーも見せてくれた。障害者アートとして金賞をもらったらしい。
「へぇ……」
「もっと反応してよ? 自慢のしがいがないじゃないか?」
こういった障害者アート展には関わったことがある。中には障害の有無ではなく、絵で判断して欲しいという画家もいた。
「君はそういうアートって呼ばれるの抵抗ないの?」
「ないね。利用できるもんは利用した方がいいって。お得やん。俺は障害年金も生活保護も普通に貰ってたし」
「ぜいぶんとあっけらかんとしているね」
「だって別に犯罪でもないし、なんか恥ずかしいところってある?」
このキリギリス、掴みどころがない。海に漂っている海藻みたいで。妙に気になってしまった。
「また掃除しにきていいか?」
「うーん、いいんじゃない? 働きアリくんが良ければ」
その日以来、キリギリスに会いにいった。俺は掃除をし、簡単な料理をする。時には買い物やお金の管理も教えてやった。これも職業病か。
「働きアリくん、お花見にでも行こうよ。暇」
「はあ?」
「いいじゃん、たまには」
なぜか二人でお花見に行くこともあった。コンビニで花見弁当を買い、桜の木の下で食べる。平日の昼間は人気がない。酔っ払いもいない。
「あぁ、綺麗だな。桜を見ていると涙は出るよ」
キリギリスは桜の花を見ながら涙ぐんでいた。彼の潤んだ目にもピンク色の花びらが反射してる。
「そっかな。俺は花見弁当のがうまい」
気づくと花見弁当の大半を食べていた。あとはゆで卵を切ったやつと漬物だけが残ってるだけ。
「働きアリ君は現実的だねぇ」
「そうかね?」
本当にそうだろうか。仕事も生きづらい人を救いたいと夢があった。でも実際は業務におわれ、気づくと仕事もただの作業になっていた。事件を起こした男の言葉もいつのまにか否定できなくもなっていた。その自己嫌悪感、正直なところ怪我の痛みよりヒリヒリした。本心を暴かれたようで。理想という魔法が消えそうで。
「そうさ。何事も理想や夢を追い続けると辛いからね。身の丈にあったことを適当にするのがいいさ。別に俺もピカソやゴッホになりたいとか思わん」
キリギリスの声、なぜか優しく聞こえる。目もなんか痛い。涙が出そう。花粉症か。
「人間は誰も神様じゃないしね。努力でどうしようもないことがあるね」
またキリギリスは桜を見ていた。「本当はピカソやゴッホみたいになれたらなぁ」と呟いているのが聞こえた。
「お、その弁当。もう漬物ぐらいしか残ってないね。人生もそんなもんだよ」
「何が?」
「大事だと思っていた夢とか理想も蓋を開けたら、こんなもんかもなんかね?」
キリギリスはそう言うと、俺の弁当から勝手に漬物を食べてた。しかも不味いと顔を顰める。
「そっか。うん……」
空になった弁当箱を見つめながら、肩の荷が降りてきた。魔法も解けたのかもしれない。もう一年前に戻りたいとも思えなくなった。たぶん、もう過去は変えられない。
そして俺は再び仕事に戻った。まあ、時短にしてもらったけど、それで良いのかもしれない。相変わらず、休みの日にはキリギリスに会いに行ってる。
「キリギリスくん、桜の絵を描いてみたんだが、どう思う?」
「お、まぁ、いいいんじゃないか?」
下手くそな絵も描いてる。絵を描くために桜を見ていると、案外綺麗だって思うから不思議だ。




