■■■ Step073 マッドな面倒事の合間にご馳走を
翌朝、朝食を食べてすぐにエルセリアを出発する。
カタランスは港町で、チェーベン川の南の河口に築かれた貿易港だ。エルセリアからの距離は約31km。街道を通れば電龍で40分程度で到着する。
初めての街道だが、今回は単なる移動ではない。相手の出方によっては道中での襲撃もあり得るので千里眼を駆使し周りを監視している。
ただ、ここは野外なので千里眼から逃れる術はないからな。若干の緊張はあるが、特に問題はない。時々すれ違う商人の馬車や冒険者に気を配る程度だ。そもそも、この電龍に追いつける馬はいないしな。
「さて、昨日も言ったけど、今回は基本的には顔見せが主な目的だ」
「それは表向きなのだろう?」
私の言った言葉に、背後のシートに座るタニアが反応する。
「まぁ、確かに表向きではあるが、カタランス町長との顔合わせも本当に目的の一つだぞ」
「そうなのか?」
かなり疑わしそうな声でタニアが言う。
確かに表向きだが、顔合わせは領主として間違いなくちゃんとした目的だろう?
「なんだ?毎回毎回面倒な事件が起こって欲しいのか?」
「いや...そんな事はない。が、今回はどうせ面倒な事が起こるのだろう?」
私のツッコミにはっきりと言うタニア。まぁ、今回は事前に話をしている通り、問題が発生する前提の視察になる。
が、それは今更の話だし、そもそも気にした所でどうにもならない。
「確かにそうだよ。だが、物事が素直に進んで欲しいと願うのは良いだろう?」
「願うと言いながら、物事を素直に進ませる為に色々と準備をしておいて何を言うんだか...」
「うるさいな!面倒事は一回で終わらせたいんだよ!」
「そんな事を言っているが、今回は一回で終わらないだろ?まぁ、お前にとってのその前に焼き魚だろう?」
「まぁね」
道中ではタニアと、たまにカラーを交えて軽く雑談をしつつ、目的地に向かう。
そろそろかと思っていると突然潮の香りがした。
どうやら、目的地が近づいたらしい。
「お、どうやら近いらしいな」
「そうなのか?」
「あぁ。潮の香りがしたからな」
「塩の香り?塩って匂いがするのか?」
「...タニアは海には行った事はないのか?」
「あるぞ?」
「海の匂いって分かる?」
「あ~...なんとなく分かるぞ?」
「それが潮の香りってやつだよ」
「あ~なるほど」
納得してもらったらしい。なんとなく、分かったようだ。
そして、何も問題なくカタランスに到着した。
大きな港町カタランス。美味い魚にありつける事を願おう。
カタランスの門前にアラノス君が6人の騎士と共に立っていた。
「お待ちしておりました。タニア様、副官殿」
アラノス君が一歩前に出て挨拶をしてくれた。
「ご苦労」
タニアが簡単に挨拶を返す。他にも騎士が居るからな。あまり親しげにならないように簡素に返したのだろう。
「アラノス君、お疲れ様。様子はどうだい?」
「様子ですか?特に変な事はありませんよ?」
私の質問に不思議そうな顔で返事をしてくれた。
それを見たタニアが楽しそうに、こっそりと私だけに言う。
「まぁ、表立って何かあるようじゃダメだろうよ」
「確かにそうだな」
アラノス君は、私とタニアの行動を不思議そうな顔で見ていたが、すぐ我に返り、
「では、町長が待っております。ご案内しますので」
「頼む」
電龍を中心に騎士たちが周りを固める。
普通は豪華な馬車で移動するんだろうけど、電龍は前輪二輪の電動バイク。
お馬さんの高さには全く足りないので、隠れてしまっている。
逆に言えば、こっちは周りが見えない。仕方ない、千里眼で周りを確認しよう。
うん。見る限りでは特に問題はなさそうだ。ま、一番緊張感がある入場の場面にわざわざ襲撃をする奴はいないだろう。
街の中央部の大きな屋敷が町長の屋敷だ。
屋敷の前には町長と思われる男性と、ご婦人、娘さんと思われる人物の3人が立っていた。
その後ろには、屋敷の執事や侍女が並んでいる。
ぶっちゃけ、私は仰々しいのは勘弁なのだが、領主を迎えるのだから仕方ないな。
「カタランスへようこそ。私はこのカタランスの町長をしております、アスナル・ベロドンです。どうぞお見知りおきを」
背の高い、少し腹の出た恰幅の良い男性がタニアに向かって挨拶をする。
「これは丁寧に...私がエルセリア領主として任命されたタニア・ソフリートだ。よろしく頼む」
「噂には聞いておりましたが、大変な美姫でございますな。恥ずかしながら、こちらが私の妻でございます」
「メアール・ベロドンです」
挨拶してきたご婦人は見たところ、三十代前半。鼻筋の通った細面の美人さんだ。アスナルは面食いなのかな?
「アスナルは何を言っているのだ?奥方も美しいではないか。で、そちらは?」
と、町長夫人の隣の少女を目で示す。
「あ...はい...えっと、チャムス・ベロドンです...どうぞ、お見知りおきを...」
婦人の隣に立つ14歳くらいの少女が、赤いドレスに身を包み恥ずかしそうに立っていた。
母親似なのだろう。鼻筋の通った可愛らしい顔立ちをしている。
「よろしく、チャムス」
「...はい...よろしくお願い申し上げます」
うんうん。ちゃんと挨拶出来て賢いな。もっとも、町長の娘としては当たり前なのだろうが。
「これ、チャムス!もう少ししっかりと...」
アスナルが注意するが、ちゃんと挨拶していたぞ?
「よい。我が砦にも似たような感じの娘がおるが、気にした事など一度もない。それよりも、今の初々しい言動が可愛いとさえ思うのだ。チャムスもいずれ大きくなれば、この初々しさも薄れていくだろう。今を愛でるのが一番だと思うのだが?」
タニアがフォローをしている。いや、なかなか良い事言うじゃないか。
「なるほど...確かにそうですな。いずれ大人になる...ですか...。良い言葉を教えていただきました。ありがとうございます」
「いや、それならばこのリョウに礼を言うが良い。元々はリョウから聞いた言葉だからな」
そうだっけ?全然覚えていないのだが...。
何でもないような顔を保ったまま、タニアをちらりと見る。タニアも表情は変わっていないが、目が笑っている。どうやら、その場で適当な話を作ったらしいな。そういうアドリブは困るのだが...。
「おぉ!そちらの方が高名な副官リョウ殿ですか。お初にお目にかかります」
何処となく、わざとらしい台詞を口にするアスナル。
どうせろくでもない噂なんだろうな...「突撃」とか「50匹切り」とか...。
「...どうぞよろしく...」
「エバン様...いや、エバンの暴動を止めたのが副官殿と聞いておりますよ」
どういう噂だよ。暴動を止めたのはタニアであって、私じゃない。
それに、エバンをわざわざ呼び捨てにするのはなんとなくだが...気に入らない。
「あ~...エバンの事は無理に呼び捨てにする必要はありません。あなた方にとって、エバンは得難い上司だったのでしょう?」
領主としての記録を見る限り、エバンは全く問題のない人物だったようだからな。
「...どういう事ですか?」
ま、処刑された人物をそういう風に言う事は変な話だろうな。だが、事実は事実だ。
「エバンの事はどのように聞いていますか?」
「私欲のために暴動を起こしたと...」
「まぁ...そこは間違ってないですが...他には?」
「最後は自分の罪を認めて、自害ではなく斬首されたと...」
「それだけですか?」
「違うのですか?」
ちょっと期待していた返事とは違うな...。エバンのことを認める言葉が聞けるかと思ったのだが、まぁこんなものだろう。
おそらく、私とアスナルとは、視点が違うのだ。
「...これだけは覚えてください。エバンは確かに私欲で暴動を起こしましたが、最後までエルセリア領主でした」
「どういう意味ですか?」
「...意味はご自分で考えてください」
そこまで教えてやる義理は無い。というか、アスナルにとっては得難い上司ではなかったのかもな。
「はぁ...分かりました」
「難しい話は屋敷の中でして欲しいのだが?」
タニアが腕を組み、少し私を睨みながら声を掛けてきた。そんなに難しい話はしていないのだが、確かにそうだな。
「あ!大変申し訳ございません!では、ご案内いたします」
アスナルが思い出したかのように、私たちを屋敷に案内する。やっとソファーに座る事が出来そうだ。
案内されたのは普通の応接間だ。だが、町長の屋敷だけあってエルセリア砦の応接間よりも、よほど豪華だ。当然、王城の応接間には劣るがな。
席に着くと早速紅茶が目の前に置かれる。
ちなみに、席に着いているのはタニアと私、アラノス君だ。カラーは相変わらず私の背後に控えている。
対面にはアスナルが座る。奥方と娘さんは流石にこの場所は参加不可だ。
「本日はカタランスにお越しいただきありがとうございます。今日はごゆっくりしていただければと思っております」
「いや、日帰りになるのでな。あまりゆっくりとは出来ないが、今日はよろしく頼む」
と、タニアがエルセリアの領主らしく振舞う。
個人的にはいつもの態度なのだが、こういう場では落ち着いた雰囲気で良い印象に映るだろう。
「そうなのですね。では、まずはカタランスの現状についてご説明いたします」
そこからは、事務的な状況説明がしばらく続くのだが、正直、こちらが把握、あるいは想定していた以上の話はなかった。
曰く、クラスタンプとの貿易に変化はない。
曰く、領主が交代した話は既に街中に伝わっている。
曰く、領主が代わった事での多少の混乱はあったが、問題になるような事は起きなかった。
曰く、新領主を快く思わない者がいる。
「表向きには何も起こっていませんが、その...新しい領主が王家の方で、しかも女性という事で...」
本人を目の前にして言いにくいのは分かる。しかし、言わなくても良い内容だな。
「まぁ、そうだろうな」
男尊女卑がこびりついて離れないこの世界だ。王家の姫とは言え、領主としての力量に疑問を持つ者も多いだろう。
タニアも別段気にもせず、聞き流している。
まぁ、いいや。こっちは予定通りに事を進めるだけだ。
「ご存じの通り、エルセリア領主の交代劇が急であったので、エルセリアの安定を最優先にしていました。結果、視察が遅れて今日になりました。その事については申し訳ありませんでした」
まずは、視察が遅れたことを詫びておこう。タニアに言わせるのはNGだから私が言わないとな。
だからこそ、外交は難しいのだ。
「いえいえ、副官殿。エルセリアにはクラスタンプ軍が迫っておりましたし、撃退するまでにかなり無茶な作戦を実行し、さらに国から正式に任命されたのはつい先日ではないですか。それを考えれば、今回の視察は十分に早い方だと思いますよ」
「そう言っていただけると助かります」
「まぁ、今一番の問題は、やはりタニア様が女性であるという事でしょうか。タニア様の功績よりも副官殿の功績が目立っていますし」
そんな事は分かっている。
しかし、タニア本人を目の前にして、「女性である事が問題」とよく言えたな。さっきは言いにくそうにしてた癖に...。タニアがしれっと聞き流したのを良い事に図に乗って来たのか?まぁ、だからこそ男尊女卑が根付いているとも言えるが。
「エルセリアの内政と外交はタニアが担当し、私は戦闘と雑務担当ですからね。戦闘が目立つのは仕方がありません。逆にタニアが内政と外交をしている事でエルセリアは安定しているのですが?」
「それは私も分かっていますが、なかなか他の者には...」
本当にタニアの内政と外交が凄いと分かっているのか?まぁ、今はどうでも良いか。今からそれを知らしめるんだからな。
その前にもうちょっと釘を刺しておこう。
「おっしゃられたい事は分からなくもないですが、それを広めるのも『分かっている』とおっしゃる町長の勤めですよね?そこについては?」
「いやぁ~...頑張っているのですが...」
具体的に頑張っている内容を言ってみろよ。
「では、もっと頑張ってください。はっきり申し上げますが、今後数年は、タニアが領主としてこの領地を治めます。このまま、タニアが女だから仕方がないと言って、領民の偏見を放置するのですか?」
「いや、そんなつもりはないのですが...」
と、掻いてもいない汗をハンカチで拭いている。芸が細かいな。
じゃあ、こっちも芸を細かくして、ちょっとだけ黒いオーラを出してみよう。
とたんにアスナルが本当に脂汗をかきだした。
「リョウ。そこまでにしよう。確かに私は女だからな。偏見があるのは仕方がないし、言って解決するのであればアスナルも苦労はしないだろう」
頃合いを見計らったように、タニアが静かに口を挟んだ。
「そうだな。町長、申し訳なかった」
と、黒いオーラを引っ込める。アスナルが安堵のため息をついた。
「いえ。副官殿のご苦労が良く分かりますよ」
「それは、私がリョウをこき使っているという意味か?」
「いえいえいえいえ!!」
今度はタニアが紫紺のオーラを発生させる。あら、結構綺麗なオーラじゃないですか?
しかし、そのオーラを見た途端に盛大な脂汗を再度かき始めた。
「こら、タニア。町長で遊ぶなよ」
と、今度は私がタニアを止める。
ここまでは予定通りの会話...ではない。想定外な流れになってしまった。元々、私が若干悪者になる事については、タニアがかなり渋っていたのだが、タニアが領主として良い印象にする事で今後の領地運営をスムーズにすると言って納得してもらった。
が、同じ事したらダメじゃないか!!
今回の顔見せで私を嫌ってもらえば、その分タニアには甘くなる。と思っていたんだけどな...ま、仕方ないか。
ちなみに、タニアと私、カラーにはボイスレコーダーと隠しカメラ、そして念のためのGPS発信機を渡しており、不穏な接触があれば、収集した情報を電龍経由でアリスへ転送し、分析と私への通報を行わせることになっている。
なぜ、そんな事をするのかと言えば、アスナルについては、エバンから事前に話を聞いていた為だ。奴は大変な野心家であると...。
元々はやり手の商人で、20年前にカタランスの有力者の推薦により町長となったそうだ。
実際あの最後の日、エバンもアスナルは御しにくいと話していた。エルセリア領からカタランスを独立させ、自ら統治しようと企んでいたとの事を資料に残してくれていたのだ。
エバンの資料によれば、アスナルはここ一年の間にクラスタンプとの交易を増やしているらしい。そして、クラスタンプ王家とも繋がりがある疑いがあるとも...。
一応ニアラブ様に今回のカタランス視察の話をしておいたが、「アスナル?誰じゃ...そやつは?」だった。誰だよ!クラスタンプ王家との繋がりを言ってた奴は!!いや、王家と直接ではなく、遠縁っていうのもあるか...面倒だな。が、末端のアスナルを潰せば問題ないだろう。
ともかく、ここまでは想定通りの動きではある...通った道はかなり想定外だけどな。
「さ...さて...こちらの状況をご説明させていただきましたが、何かご質問はございますか?」
今度は冷や汗をかきながら、アスナルが引きつった笑いを見せながら聞いてきた。
「ふむ...単純に聞きたいだけなのだが、領主が代わった事は聞いていたはずだが、そちらからはなぜエルセリアに来なかったのだ?」
ちょっと意地悪っぽい質問をしてみた。
アスナルの表情は変わらなかったが、口の端が少し動いたのを見逃さなかった。口角が上がった...のではなく、下がったのだ。
そして、タニアはあからさまに私の顔を見た。その表情は「その質問を聞くとは聞いてないぞ」だ。
いや、すまんなタニア。私はアスナルがこれをどう返すか、ちょっと興味があったんだよ。
「もちろん、エルセリアにご挨拶に伺おうと致しましたが、こちらも混乱しまして、それを抑えるのに時間がかかりました」
「具体的にどのような混乱なのだ?」
「エルセリアから独立し、カタランスだけで統治するよう求める者たちが現れたのです。当然ですが、私は反対しました。ですが、なかなか収まらなくて苦労致しました」
ほうほう。なるほどね。事前説明でも「領主が代わって混乱した」と言っていたからな。辻褄は合っている。が、独立したいと主張していたのはアスナルのはずなんだがな。まぁ、今はいいか。
「カタランス単独で、と言っていた者たちは、今はどうしているんだ?」
「なんとか説き伏せましたので、今は大人しくしております」
「ふむ...私としては、その者たちがどういう理由でそのような事を言っているのか、聞いてみたいのだが...名前を教えてもらっても良いか?」
すかさずタニアが切り込む。なかなか良い着眼点の質問だな。
「いえ!タニア様があの者たちに会う必要はございません。奴等の言い分は簡単です。多くの富が欲しいと...」
「なるほど。富を得たいというのは商人であれば当然だな。しかし、そうであるならば、一番利益を得るのは町長であるお主ではないか?反対する理由もないだろうに、どうして反対するのだ?」
この流れだと、タニアに反感が向きそうだが、まぁ実際の所、少し考えれば思いつく疑問ではあるよな。
「カタランスを単独で統治するには、私には力不足でございます。下手な事をしてカタランスを混乱させるのはどうかと思いまして...。それゆえの反対なのですよ。実際問題として、タニア様もエルセリアだけでもご苦労されておられると思います」
「確かに、苦労しているよ...書類を捌くだけでも四苦八苦しているのが現実だからな」
いやいや、タニアが書類を捌くのに苦労している所を見た事がないんだけどな。
そりゃあ、領主になった当初は慣れていないから大変だったようだが、5日もすると要領が分かったようで、その日の書類は基本その日に捌いていたぞ。
「今もタニアの執務室で、みんなで考えながらやっているものな...。本当に統治というのは難しいよな」
と、ここはタニアに合わせておこう。実際、色んな事をみんなで考えているっていうのは事実だ。お風呂とかだがな。
「そうでしょうとも、エバン様もよくぼやいていたのを覚えていますよ」
やっと笑顔の出たアスナル。同じ話題で話が出来るのは案外安心するものなんだろうな。本意かどうかは別にして。
「そうなのか?まぁ、実際私もエルセリア領主として領地を治める事になったが、実に大変だからな」
何度も言うが、最初の5日間ぐらいだけどな。
「他にはご質問はございませんかな?」
やっと別の話題にする事が出来る。と思っているのだろう。満面の笑みでアスナルが聞いてきた。
「質問はないが、エルセリアの統治が安定してきたのでな。カタランスの事も色々と確認をしようと思っている。情報収集についてはリョウに任せる事になるので、今後はリョウと話し合いをしてもらいつつ、アスナルには今少し、町長としての任を全うしてもらいたい」
「承知致しました...今少し?」
タニアの言葉の一部分が気になったようだが、無視する。
さて、ここから攻撃開始だ。
「では、早速だが、これを確認してくれ」
と、私は持ってきたカバンから、事前に印刷しておいたものをアスナルに渡す。A4のコピー用紙に印刷したものだ。
アスナルは、まず手渡されたコピー用紙に驚き、次に印刷された文字に驚いたようだ。それでも黙って文章を読み進める。
読むのはすぐに終わったはずだが、コピー用紙を握ったまま固まっている。ま、当然だな。
記載内容はこうだ。
ひとつ。カタランス常駐騎士の指揮権をカタランス町長からリョウ・カダヤに移す。
ひとつ。カタランス港における貿易、関税及び港湾警備に関する権限を、エルセリア領主へ戻す。
ひとつ。エルセリアより新たに騎士を派遣し、貿易及び町内の治安に関する取り締まりを行うものとする。
ひとつ。カタランス港内に、新たな騎士駐屯所を建設する。建設はリョウの指示の下で行う。
ひとつ。カタランス郊外に、新たな騎士駐屯所を建設する。建設はリョウの指示の下で行う。
「これは...!どういう事ですか!?」
アスナルが顔を赤くし、唾を飛ばしながら大声で怒鳴る。狭い部屋だから、そこまで大きな声で言わなくても十分聞こえるのだが、アスナルとしては大声を出さざるを得ないのだろう。
ちなみに、この内容もニアラブ様の了承を得ている。
「どうもこうも。今後のカタランス統治における決定事項だよ」
私としては当然の措置なので、何も慌てることなく冷静に伝える。
「私から...騎士の指揮権を剥奪して...カタランスを混乱させたいのですか!?」
「いや?そもそも、町長が持つべき権限ではない。本来の姿に戻しただけで、カタランスが混乱するのか?」
「そんな事はありませんが...しかし、このような急激な変更は混乱しますぞ!?」
今混乱しているのは、アスナルだがな。
「そうか?だが、それは一時的なものだ。少なくとも、一般の町民の生活を直接制限するものではない」
「いやしかし...騎士への権限はそうだとしても、港に関する権限を領主に戻すとは...どう考えても悪手ですぞ!?責任が取れるのですか?」
「その為の領主だ。それに、この事は国王陛下にも了承を頂いている事だ」
「陛下の...」
国王という言葉に激しく反応する。まぁ、この国の最高権力者だからな。この反応はある意味普通なのだろう。
「アスナルはタニアが王家に連なる者という事を覚えていないのか?」
「...いや...しかし...」
覚えていたが、たかだか小娘...ぐらいの認識だったのだろう。
「安心しろ。本来町長が持つべき権限を剥奪するものではない。町長が持つべきではなかった権限を返してもらうだけだ」
「いや!町長としては貿易に関する事も管理するべきであるはず!」
「なぜ?」
「なぜ...とは?」
それは町長が「管理するべき」ではない。アスナル自身が「その権限が欲しい」と主張しているだけだ。
「なぜ、町長が貿易の管理をするのだ?貿易は国益に直結する大事な施策だ。その権限を、領主でもない町長が持っていること自体が、そもそもの間違いなのだ」
「それは...」
「エバンから約1年前に委託された...と公式にはなっている。が、実際にはエバンの息子であるテキナの失敗に付けこんでの権限奪取だった事は確認済みだ」
「いえ...そのような事は...」
「エバンの資料から確認したし、エバン本人からも聞いている。もう一度言うが事実確認は終わっている」
畳みかけるように事実を突きつける。
アスナルは何か言いたいのだろうが、言えずに狼狽しているだけだ。
これらは、エバンが遺した資料を全部確認した際に判明したのだ。当時、すでにエバンに仕えていたパストングの証言もある。
「...どうして...今まで問題なかったのに、どうしてそのような事になったのですか?」
やっと言えた一言がそれか。しかし、その後のカタランスの治安は悪化する一方だった。
町長派が幅を利かせ、街の治安が悪くなり、貧民街の住人も増えた。
これを問題と言わず、何と言うのだ?
だが、これを問題と言わないならそれでもいい。
「今後、問題が出ると困るからだ。あと、先ほども言ったが本来は領主の権限だ。それを戻しただけの事」
「今後と言いますが、領主に権限が戻ったとして、領主が問題を起こす可能性がありますぞ?」
「あるだろうね。だが、それは領主の責任である。問題が起きた際、町長が権限を持っていたとしても、最終的な責任は領主に問われる。エルセリア領主に権限がないのに、エルセリア領主が責任だけを負う今の状態こそが問題なんだ」
「...ぬぅ...」
私の言っている事が分かったのだろう...。だが、アスナルの頭の中では、私の言う事が正論と判断できても、心がそれを拒否しているようだ。
「アスナルが今日までしっかりとカタランスを管理してきた事は国王陛下もご承知しておられる。近く、国王陛下から褒賞が下されるだろう」
嘘だけどね。どちらかというと...批判?
「分かり...ました...」
アスナルはギリギリと聞こえそうなほど歯を食いしばって、それだけ答えた。
「では、アラノス。この後騎士駐屯所に赴き、権限移譲の説明をし、管理体制について整理してきてくれ」
「かしこまりました」
アスナルは、私とアラノスのやり取りを険しい表情で見つめていた。ま、野心家にとって、これほど急激に権限を奪われるのは耐え難いことだろう。
さて...もう、ここには用は無いな。
「では、今日は他にも用事があるからな。これでお暇させてもらう」
「...何もおもてなしできず、申し訳ございません」
これ以上の反論は無駄だと判断したのか、先ほどのように食い下がってくることはなかった。
「いや、今回は日帰りだからな。また今度、ゆっくりと歓待してもらおう」
「承知しました。お任せください」
タニアの言葉に、素直に反応するアスナル。
流石、エバンが認める男だな。もう冷静さを取り戻したようだ。
だが、それは表向きだけだった。テーブルの下で握った拳が震えているのが見えているぞ。
まぁ、今後アスナルの歓待を受けようと思う事自体、もうありえない。そもそも、私だけならともかく、タニアをアスナルの屋敷に長く滞在させるのは危険すぎるからな。
その後、アスナルの案内で玄関まで移動し、屋敷を出る。
「この後はどちらに向かわれるのですか?」
「アラノスに案内してもらい、騎士駐屯所に向かう予定だ。アラノス、問題はないな?」
「問題ございません」
まぁ、細かい話をアラノス君にはしていないが、やっておいて欲しい事は伝えておいたからな。
伝えた事は、「今後、エルセリア領内の騎士について、人員、備品、食料、建物についての管理を任せる事になる。まずはカタランスに行って状況確認をして欲しい」とだけだ。
それをどう聞いたか分からないが、「承知しました」と言って、アラノス君は、自分がカタランスへ向かう際に必要な人数と日数を伝えてきた。
そこで数日前からカタランスへ入ってもらい、事前の状況確認を進めさせていた。正式に管理へ乗り出すのは今日からだ。
それにしても、自分で考えて動いてくれる人員は本当に助かるな。
屋敷の外に待機していた6人の騎士と共に、アラノス君の案内でカタランスの街中にある騎士駐屯所に向かった。
町長の屋敷からはそれほど離れていないので、時間にして5分程度で到着した。
「ここがカタランスで一番大きい騎士駐屯所になります」
「ありがとう。ちなみに、ここの責任者は誰だ?」
「私です」
私たちを護衛していた6人の中で一番年長らしき騎士が前に進み出る。
「私がこの駐屯所の指揮官であります。ブルフ・スーロンです」
「ちなみに階級は?」
「中隊長になります」
という事は、おそらく大隊長であるパストングの指揮下に入っているのだろう。
そう言えば確認を忘れているが、エルセリア軍における最高位は大隊長なのだと思う。実際、パストング以外の大隊長は知らないからな。で、各街には中隊長、村には小隊長が責任者として配置されている...という仕組みなのかも知れない。今度ちゃんと確認しておこう。
駐屯所の中の応接間に通された。騎士駐屯所なので質素だが手入れが行き届いている。
「このような場所に領主様が来られると聞いて、慌てて掃除をしたのですが...」
と、正面に座るブルフが自信なげに言う。
おいおい。たった今綺麗だなと思ったところだぞ?
「そうなのか?私の執務室よりも綺麗だぞ?整理整頓もされて良い空間だと思ったところだ」
タニアも同じ印象を受けていたようだな。
「それは恐縮です。で、今回の視察については、このアラノスからは『カタランス全体を整理し管理する為の下見』と聞いているのですが、どういう事でしょう?」
「そうだ。今回、運悪く...と言っていいのかな。領主が代わったので、エルセリア領内の管理方法を見直そうとしているんだ。で、先ほど町長にはこれを渡してきた」
そう言って、町長に渡したものと同じ内容を印刷したA4のコピー用紙を、ブルフに手渡す。
怪訝な顔で受け取ったブルフの顔色が急激に変わる。もちろん、内容を読んで、なのだが。
「こ...これは...正式な決定なのですか?」
「本当だ。アラノス君も一緒にいたから、町長に渡したことは知っている」
「はい。確かにこの書類をアスナル町長に渡しておりました」
それにしてもアラノス君、町長の屋敷でもそれほど驚いた顔をしていなかったな。今もそうだけど、結構腹芸が出来るのかも?
「...なるほど...で、町長は納得されたのですか?」
「いや、納得はしてないな。断念した...という所だろう」
「町長は野心家ですからな...どうしてもこの街を独立させたかったようです」
あ、やっぱりそう言うふうに見ていたのね。
「独立させる意味は?」
「貿易を思いのままに管理したい...という所かと思います。あと、このカタランスという街はエルセリアにも匹敵する大きな街です。しかも、貿易による強大な富をもたらします。私腹を肥やすには持ってこいでした。エバン様にもかなり食い下がって独立を願っていましたが、『道理に合わない』との事で却下されていました。アスナル町長は国に対しても動いておられたようですが、国からは完全に無視されていました」
まぁ、そうだろうな。商人上がりという事だから、大規模な貿易を我が手でコントロールしたい、という欲求があるのだろう。
しかし、それだけでカタランスの一町長に大きな権限を付与する事はありえない。
「貿易は玩具ではないからな」
「おっしゃる通りですね。して、この新たに建築するという駐屯所は?」
早速現実的な話をしてきたな。
ま、町長の事はあまり気にしていないのかもな。
「郊外のものは場所の選定も終わっているので大丈夫だ。ただ、港内についてはブルフたちで選定して欲しい。あまり大きくなくても良いが、常時10人ぐらい、非常時には30人ぐらいの騎士が勤務出来るような規模を想定しているのだが...」
「常時10で最大30人ですか?そのような規模だと、家政婦やらを雇わなくてはなりませんから、普通に大きくなってしまいますよ?」
おっと!この世界だとそうなるのか。脳内では3階建てのちょっとしたハイツのような大きさを想定したが、ここでは石材で建てるんだったな。そりゃ、色々大きくなるか...。鉄筋コンクリートで作ってみるか?配合は難しいが、ドワーフならば簡単だろう。
「あ~...すまない。さっきの想定で、どれぐらいの規模の建物が必要か、騎士以外の人員はどれぐらいになるのか、そういうものを纏めておいてくれないか?纏まったら連絡してくれ。私の方で打合せに出向くから」
「副官殿が来られるのですか?」
「その方が早いからな」
「...確かにそうでしょうね...分かりました。それほど時間はかかりませんので、アラノスがエルセリアに戻るまでにまとめておきますよ」
「すまん。助かる。アラノス君、それで良いかい?」
「私は構いません。あと...そろそろ『君』を外して欲しいのですが...」
「おっと、すまない」
どうも、最初の時に「アラノス君」と言ってしまってから「君」が定着してしまったようだ。
少なくとも公の場ではちゃんと呼び捨てにしよう。
「そうだ。ブルフに聞きたいのだが、昼食にベラクス焼き料理を食べたいのだが、案内してくれないか?」
「構いませんが...よろしいのですか?」
と、私を見ずにタニアを見る。
領主を差し置いて私が言った事を気づかってくれているのだろう。
タニアもそれが分かったのだろう。ニヤリと笑い私の方に手を置いた。
「私とリョウは表向きは領主と副官だが、本来は親友同士なのだ。リョウが私に対する言動はあまり気にしなくて良いぞ。それにベラクス焼き料理については、事前に決定していた事なのだ」
「そうなのですね...ともかく、料理に関しては良い店を知っておりますのでご案内できます」
「ありがとう、助かるよ」
「ベラクス焼き料理はこのカタランスの名物の一つですからね。堪能いただけると思いますよ」
「それは楽しみだな」
タニアも大阪に行った時に魚料理を食べていたから、問題ないはずだし、嫌なら嫌と言うだろう。
騎士駐屯所でもう少し事務的な打ち合わせを行い、昼食に向かった。
まだ、お昼には早いが別に構わないだろう。私とタニアとカラー、ブルフとアラノスく...アラノスがついて来てくれている。
うん...練習しないとな...。
で、ブルフの案内で目的の店に入った。
「ここは私たち騎士も良く使っている料理店です。味は保証しますよ」
なるほど。店の中の匂いからして美味そうだ。
5人は席に着き、料理を頼む。例に漏れずカラーは水だけを頼んだ。
他は全員ベラクス焼き料理だ。
待つこと約30分。料理が運ばれてきた。
大きな細長い器に、はみ出さんばかりに焼き魚が乗っている。
どうやらこの魚がベラクスらしい。見た感じはハタだな。大きな目、大きな口、少しずんぐりとした胴体で、身の厚さがある。
運ばれてきたベラクスは全長25cmほどの白身魚だった。下処理された魚で、皮には浅く格子状の切れ目が入り、全体に塩をまぶしてある。う~ん、良い焼き色だ。
口から差し込んだ2本の太い串で魚体を固定し、おそらくは炭火の上に渡して両面をじっくり焼き上げているんだろう。厨房が見える位置だったので、焼いている様子も少しだけ見えていた。
そして、料理の付け合わせは、ふかしたジャガイモに塩と刻んだ香草を振ったもの。それに、肉と野菜を煮出した澄んだスープだ。
「これは美味そうだな」
軽く「いただきます」と手を合わせ、割り箸を持つ。
やはり魚は箸だからな。ちなみに、タニアも割り箸を持っている。
ベラクスからは焼き立ての湯気が上がり、香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。そして、3cmはあろうかという身の厚さから、皿の上の存在感が半端ない。
箸をその身に入れると、白身がふわりとほぐれた。思った以上に柔らかいぞ?
少し慎重に箸を動かして、焼けた皮と一緒に身を口へ運ぶ。外は香ばしく、中は驚くほどしっとりしていた。
ぐっと噛むと身から旨味が溢れだす。塩だけとは思えない深い味が口いっぱいに広がる。
思わず、天を仰ぎ見る。
『ふわっ...うまっ!!』
「?」
対面に座るブルフとアラノスが、不思議そうな顔で、私を見ている。
...しまった。思わず日本語で叫んでしまった。
「いや!母国語が出てしまったな。実に美味いって言ったんだ」
慌てていた為、本当の事を言ったが、そもそも私は遥か東方の人間だと言ってある。言語が違っても不思議ではないか。
その私が慌てているのを隣でクスクスと笑って見ていたタニアも、器用に箸を使い、口に運ぶ。
「...これは...美味だな!」
タニアも美味いと思ったようだ。
「喜んでいただいて安心しましたよ。貴族の方はこういう野趣な料理は好まれないと思っておりましたので」
なるほど。だから「ベラクス焼き料理」と言った時にタニアの顔を見ていたのか。
「私は数年前は冒険者もしていたからな。現地の料理は臆さずに食べる事が出来るようになっているぞ。焼き魚ぐらい問題ない」
「そういえばそうでしたね。『紫紺の魔女』の噂は聞いておりました...と、失礼いたしました!!」
ブルフが慌てて謝罪する。確かに『紫紺の魔女』には良い響きはないものな。個人的には格好いいとは思っているのだが。
「ん?良い、気にするな。少し前までは私も『紫紺の魔女』と言われるのは嫌だったが、今は気にならなくなったな」
「そうなのか?ちなみに、何か理由はあるのか?」
私に『紫紺の魔女』の事を話してもらうのに時間がかかり、私に話をした事について、リアが非常に喜んだ経緯がある。それほど内容が重い『紫紺の魔女』の由来。だから、「気にならなくなった」と理由が気になってしまったのだ。
「理由?...ん~...なんでだろうな?分からない」
私と出会った時は「紫紺の魔女」という二つ名は嫌そうだったんだけどな。どこで変化したんだろうな...。
ん?...と、言う事は...私と出会った後...原因は私か?...いやいや...自惚れが過ぎるな。




