■■■ Step071 少女の故郷はマッドな故郷
翌朝、カラーとカリナを連れて、クラスタンプ領ブルラトに飛んだ。
裏技である、ゲートで一度大阪に移動し、続けてゲートでブルラトに隣接するベールナル大森林の中に移動するのだ。
「ゲートって...すごいですね...っていうか、本当にここはどこですか?ブルラトの近くなんでしょうけど...」
大阪の地下研究所を見てビックリしていたが、ここでもビックリするカリナ。ま、分かるけどね。
「そうだ。ブルラトまで電龍で走ってすぐだな。しかし、この移動方法が信じられない気持ちは分かるよ。私もいまだに違和感しかないからな...」
「そうなんですね。って言うか、そもそもの話、異世界に移動できるゲートっていうのが異常なんです」
「...正論だな...」
カリナに言い負かされてしまった。なんとなく悔しい...。
念のため、ブルラトから2kmほど離れた森の中にゲートを出現させ、そこからブルラトに向かって電龍を走らせている。森の中なので、あまり速度は出せないが、5分もあれば森の外縁部に到着するだろう。
今回はお忍びでもあるので、私たち3人はこの世界の一般的な服に着替えている。
カラーは基本的にあの金色レオタードで砦内を闊歩している。私はもう慣れたが、男の兵士が大半を占める砦では、今もかなり目立っているらしいしな。
だが、今回は目立つと困るため、一般的な服を着てもらっている。カラーが一般的な服で歩く姿は私にも珍しく映るが、事情を知らない者には普通の旅装に見えるだろう。
そんな事を思わず口に出してみたら、カリナが側車から異論を飛ばして来た。
「カラーさんが普通?それは無いですよ。そもそもカラーさんは綺麗すぎるんです」
確かにそうだよな...。腰まで届く光沢のあるサファイアブルーの髪をハイポニーテイルにしている。眠そうに見える垂れ気味の大きな目は金色の瞳だ。そして、抜群のプロポーションで180cm近くある長身。これだけでも目立たない訳がないのだが、それに加えて妖艶な美女と来たもんだ。
カラーの事を知らない兵士が、ちょっかいを出して撃沈したという話は何度か聞いた事がある。
もっとも、カラーは攻撃が出来ないので物理的に何かをした訳ではない。口撃で撃沈させたのだ。
「ん~、まぁ確かに美人だとは思っているが、木を隠すなら森の中って言うだろ?」
「なんなんですか、そのたとえ話は...その例えで言ったら、ひと際背の高い、大きな木だったら森の中でも目立ちますよ?」
「うっ!!それも正論...」
ダメだ...今日は調子が出ないぞ?だが、問題はそこじゃないな。たぶん今日の調査で何が出てくるのか、なんとなく予想しているからだ。そのせいで、無意識にテンションが下がっているのだろう。
そんな話をしていたら、森の外縁部にたどり着いた。
電龍を下り、森の中へ戻るよう指示する。AI搭載なので、人目につかない場所まで自動で移動して待っていてくれる。便利便利。
ここからブルラトの門までは、歩いて一時間ぐらいだ。そろそろ人に見られる可能性があるので、3人で他愛ない雑談をしながら歩く。一応、ここからは冒険者ご一行様だ。
設定としては、私は剣士と魔法使いを兼ねるリーダーのリョウ。ただ、いつものように星砕丸を佩いているが魔法使いのワンドは持っていないので、魔法使い感はゼロなんだよな。
そして、カラーは防御を担当する盾役だ。もっともカラー自身が堅牢不滅型ゴーレムなので、神の力以外では傷一つ付ける事が出来ないのだが、そんな事は誰も分からない。なので、今回は背中にラウンドシールドを背負ってもらっている。いつもの鎧は派手過ぎるので、皮の胸当てと手甲足甲ぐらいだ。
カリナはアーチャーだ。聞けばあまり得意ではないそうだ。が、弓を肩に掛け、矢筒を背負った姿はとても様になっているな。
ちなみに、昨日の内にカラーは冒険者登録を済ませた。私はこっちの世界に来た時に冒険者登録を済ませている。カリナも冒険者登録が済んでいた。おそらく、黒梟として各地を動く以上、冒険者の身分は便利なのだろう。
「で、ご主人様...どうされますか?」
左隣を歩くカラーが声を掛けてくる。
もう「ご主人様」呼ばわりが普通になっているな。
「だから、ここではご主人様はダメだって。ちゃんと『リョウ』と呼び捨てするように」
と注意すると、カラーが眉間に少しだけ皺を寄せ、少しだけ拗ねる。
「それでは私の優位性が...」
「どこに『ご主人様』呼ばわりする優位性があるんですか。これは仕事なんですから、ちゃんと仕事をしてくださいね」
いつになく鋭いツッコミがカリナからカラーに直撃する。
まぁ、奴隷には見えない女性が「ご主人様」と呼んでも、周囲には冗談だと思われるだろうな。
「なるほど...これが『コスプレ』というものなのですね。承知しました、ご主人様」
「だから、ここは...」
なぜコスプレ!?そこで更なるご主人様呼ばわり!?
安定のカラーを少し睨む私の反対側から、今日は絶好調のカリナの一刀両断が入ろうとした瞬間。
「リョウ!その女が私をいじめるの!なんとか注意してくださいな!」
私の左腕を自分の胸へ抱き寄せ、目をウルウルさせながら、カラーが意外な大声で私に迫って来た。
「はぃいい!?」
「ちょっ!ちょっと待ってください!そもそも『その女』ってなんですか!?」
「私はリョウの女なんですから、あなたは我儘を言わないで下さい」
なっ!!カラーはそんなキャラか!?
「なんなんですか!?カラーさん、そんなキャラでしたっけ?」
同じ感想を持ったカリナがすかさずツッコむ。
「今日はこれで行きます。ついて来てくださいね」
「意味が分からないんですけど!?」
「大丈夫だ...私もわからん...」
ともかく、私たちは冒険者としてブルラトの大きな門をくぐった。
クラスタンプ領ブルラト。ここは国境沿いの大きな街だ。
国境の取り決めでは、ベールナル大森林はジョーチェ法皇国領となっている。だが、広大な森を管理できるはずもなく、実際には誰でも自由に出入りしている。なので、この街は森の資源を活用して発展している。
カリナの説明では、木工製品や家具が有名なのだそう。
とは言え、カリナも初めての街なので、少し歩こうと言う事になり、人通りの多い場所を歩いている。
冒険者ギルドもあると思うので、それを探しつつという所だ。
「ところで、どういう風に聞くんですか?」
カリナが右側から、少し声量を落として聞いてきた。
色々端折っているが、要はエルゼの情報の聞き出し方を聞いているのだ。
ちなみに、カラーは今も左側から私の腕を捕縛している...そろそろ私の左腕を解放して欲しいのだが...。
「最近、ベールナル大森林に隠れ住んでいたヴァンパイアを、ある冒険者が滅ぼした。その傍には、眠ったままの女の子がいた。今はその子の素性を調べている...そう言って聞いて回るんだ」
「待ってください。そんな事じゃ誰も教えてくれませんよ?」
「だろうな。だから、昼食を食べた後で、これをさりげなく落とす」
と言って、ポケットから紙切れのように小さく切った、皺だらけの羊皮紙を数枚取り出す。そこには「賞金、金貨一枚」と書いておいたのだ。
「賞金を出すんですか?」
「まさか!?これは釣りだよ。別件の賞金だって事にするんだ」
その為に「賞金、金貨一枚」としか書いてないんだからな。
「ですが、文字が読める者は多くは無いですよ?」
「知ってるよ。でも子どもが拾って、大人に渡してくれても良いと思っている。今日、私たちが情報を聞いて回り、その直後にこんな紙が落ちていたとなれば、勝手に話をつなげてくれるだろうなぁ...って。まあ、期待はちょっとだけだが」
識字率はエルセリアでも70%に届かない。この街では50%を切るだろうな。
「...なんにしても、情報を持って来させるんですね...」
「そうだ。それが一番簡単だしね。いつもはどうするんだ?」
「普通に聞き込みですが...」
「ま、そうだろうけど、他には?」
「今回のような場合は聞き込みしかないですね...そもそも今日で結果を出そうとしているので、仕込みをする時間がありませんしね」
「そうなんだぁ...」
そう言いながら歩いていたら、冒険者ギルドを発見。ちょっと中に入って、情報を仕入れてみようか。
「さて、簡単な依頼ってあるかな?」
入口に向かいながら軽口を叩いてみる。
「簡単な依頼ってどういうものですか?」
「薬草採集とか?」
「簡単すぎます!」
今日はカリナのツッコミが鋭いな。ある意味頼もしい。私もボケに回れそうだ。
「私は興味があります。リョウ、今日は薬草採集で」
「だからダメですってば!」
いや...ここは2人の芸を観る観客の方が良いかもな...普通に面白いし。
そう思いながら、冒険者ギルドの入り口をくぐったのだ。
中に入ると、それほど広くはない部屋に冒険者が10人程度。職員らしき女性は4人ほどかな。
入った瞬間に注目を浴びる。まぁ、誰かが入って来たら確認してしまうのは冒険者の性だろう。
さて、まずは、どんな依頼があるか確認しようか。もっとも、依頼を受ける気は全くないんだけどな。
壁に貼られた羊皮紙の依頼書を物色する。
ふ~ん...薬草探しもちゃんとあるな。他にはコボルド討伐か...この世界はゴブリンよりもコボルドが幅を利かせているのか?さすがにサイクロプス討伐は無いみたいだな。他に何があるかな?
「リョウ...これ...」
同じように依頼を見ていたカラーが、一枚の依頼書の前で固まっている。
「ん?どれどれ...ヴァンパイア討伐!?場所は...ベールナル大森林奥の廃墟!?」
「依頼は41日前に出されてますね...」
う~ん...エバンの暴動騒ぎの時期だな...。
「ともかく、この依頼について聞いてみようか」
「そうですね」
依頼書を手に取り、受付の職員らしき女性に声を掛ける。
「この依頼書なんだが、誰か請け負っていたりするのかい?」
「これ...ですか?いえ、誰も受けてないですよ。ひょっとして、これを受けるおつもりですか?」
どうしようかな。ここはとぼけるか?いや、元々ヴァンパイアを倒したという噂を流すつもりだったんだ。これは渡りに船だろう。
「いや、なんと言うか...もう倒したんだよね...このヴァンパイア...」
「は?」
「ベールナル大森林奥の廃墟って、ジョーチェ法皇国のトモニア村近くの廃墟の事だろう?そこのヴァンパイアは消滅させたぞ」
「消滅?えっと...ちょっとお待ちください!」
職員の女性が慌てて奥に引っ込む。バタバタという足音が上に移動しているので、おそらく階段を上っているのだろう。この流れはアレか?ギルドマスターに報告に行ったっていう感じか?
背後では部屋の中にいた冒険者が驚いている。まぁ、ヴァンパイアを倒したというのはかなり凄い事だとは思うから、普通の反応だと思うのだが...ちょっと反応が過剰なんだよな。
ともかく、取り残されたが仕方がない。
そう言えば、エルセリアのギルドには依頼が回ってなかったのだろうか?リアとミームが定期的にギルドに足を運んでいたので、こういう依頼があれば見ているはずだ。
「リョウ...エルセリアのギルドにはこの依頼書はありませんでしたよ」
カリナが小声で教えてくれる。そうなのか?まだ情報が届いてないだけ?いや、41日も前なら十分エルセリアにも届くはずだが?
「そうなのか?その情報は助かるが、いつの話だ?」
と、こちらも小声で聞く。
「昨日です。カラーの冒険者登録に付いて行った際に、久しぶりだったので、どういう依頼が今はあるのかなぁ~って思って見ていました」
さすが、諜報員だ。行動に無駄がない。
「助かったよ。これで話がしやすくなる」
「そうなのですか?」
「場合によってはこちらの身分を明らかにしないとダメかも知れないからね。その場合、足元のギルド情報を把握してなかったら恥だからね~」
「え?言っちゃうんですか?」
「あくまでも『場合によっては』だよ。基本、言わないつもりだ」
「承知しました」
カリナと小声で会話をしていたら、足音が戻って来た。
「お待たせしました。ギルド長が会われるそうです。どうぞこちらへ...」
先程の女性が若干息を切らしつつ、私たちを別室に案内してくれた。
案内された先は応接間だった。
私とカリナがソファーに座り、カラーはいつものように私の背後に立つ。
座っても良いのだが、頑なに私の後ろを護ってくれる。ホント、有難いな。
ソファーに座ってすぐ、足音が近づいて来た。入って来たのは線の細い壮年の男性。
「やあ、お待たせしましたね。私はこのギルドの長、ムロウ・タスノクです」
いかにも事務方と言わんばかりの風貌だが、まくり上げた袖から見える腕は、かなりの筋力がある事が伺える。昔は冒険者で活躍したのだろう。
「初めまして。私はリョウ、こちらはカリナ、後ろはカラーです」
「ふむ。この街では見ない方々ですね?」
「えぇ、隣国のジョーチェから、今日こちらに来たもので」
「そうなんですね。では、ようこそブルラトへ、って所ですね」
なかなか話のしやすい雰囲気のギルド長だな。
だが、隠し事をしている人間特有の、ぎこちなさが垣間見える。
「で?ヴァンパイアを討伐した...んですよね?」
「はい。そうです」
「どうやって?」
普通に聞くよね、それは...。私でも普通に聞く。対処法が分かれば慌てなくても良いからな。
だが、私の方法は...参考にならないんだよね。
「えっと...燃やしました」
「は?...え!?燃やしたぁ!?ヴァンパイアを!?どうやって!?」
ソファーからわずかに腰を上げ、顔を近づけてくる。その顔はいわゆる「驚愕」という奴だ。
「えっと~...魔法で...」
「魔法ぉ~!?あなた、剣士じゃないんですか?」
「いやぁ~、実は、剣よりも魔法の方が得意なんですよ」
私がそう言うと、ギルド長は私の顔を凝視した後、ソファーに深く沈み込む。
生物である以上...てか、アンデッドは生物で良いのか?いや、良くないか...ホントにややこしいな。
ともかく、ヴァンパイアといえど肉体は持っているので、基本は燃やし尽くせば活動を止めるのは自明の理だ。だが、アンデッドの頂点であるヴァンパイアは簡単には燃やせない。いや、燃やせないのではなく、圧倒的な回復力で全身に炎が回る前に消え失せ、数秒後には肌に火傷の跡さえ残らない。だからこそ、倒すのが難しい。
ギルド長は、それらを脳内で整理するのに苦労しているんだろうな。あれから砦内の人間に色々言われたのだが、「ヴァンパイアを燃やす」というのは想定外な倒し方なのは間違いないようだし...。
「そうなのですか...で、ヴァンパイアを討伐したとの事ですが、証拠は?」
「証拠...になるか分からないけど、ヴァンパイア...テクスの手記がありますよ」
「見せてもらっても良いですか?」
「どうぞ」
手記を手渡すと、パラパラと斜め読みをしていたが、ある箇所で止まる。一気に顔が強張ったので、例の「ヴァンパイア変態方法」の記載だろう。まぁ、そうなるよな。
そこからまたページが進み、最後のページで止まる。
ページ内の一点に目が留まり、そこをしばらく睨んでいたが、深くため息をついてパタンと手記を閉じ、私に返してくれた。
「リョウは...これを読んだのですよね?」
「もちろん。ただ、読んだのは私だけです」
捕らえた少女たちをどのようにしたのか...ヴァンパイアになる為の方法を詳しく記載した手記なぞ、下手に見せる事は出来ないからな。
「賢明な判断ですな...ともかく、あなたがヴァンパイアを倒した。という事は間違いないと判断します」
「ありがとうございます。これ以上の証拠を出せと言われたらどうしようかと思いましたよ。あとは燃やした廃墟ぐらいしか残ってないのでね」
もっとも、持ち歩けないので実物を見てもらうしかないのだが。
「あるでしょう?確実な証拠が」
あ~...確かに「ある」な。これ以上ない確実な証拠が...だが、今は手元に証拠は「ない」。そもそも今回は事前調査だったんだよな。まぁ、名前を言うだけでも良いだろうが、ギルド長が名前を知らなければ意味はない。
...とりあえず、惚けてみるか...。
「ん?え~っと、一体なんでしょう?」
「...エルゼ...ですよ」
あ~...やっぱり知っていたか...。が、ここでは顔に出さない。カリナもさすが諜報部員だな。表情が一切動いていない。カラーは...いつも通りだな。
「その手記にはエルゼという名前はありません。あるのは『いつものように少女を調達』としか書いてないのですが?あと、依頼書にも『エルゼ』という名前の記載はなかったのですが?」
そう。テクスの手記にはエルゼを含め、今までの少女たちの名前は一切書いていない。自分がヴァンパイアとして真の覚醒をする為の食料であり、おそらく人間としての感情は何一つ残っていないのだろう。例えは悪いが、食べる為に狩った動物に名前があるとは思うまい。
「あの討伐依頼書はエルゼの父親からのものです。しかも私はエルゼ本人の事も知っていますよ」
理屈は分かるが、なんか胡散臭い。
一旦話を変えるか。
「この手記には『いつものように』と書いてます。この街では『いつものように』ヴァンパイア討伐依頼があるんじゃないですか?というか、なぜヴァンパイアの仕業と判明しているんです?」
「...」
そう。トモニア、オクル、マートーンでは、時々少女が行方不明になると聞いたが、ヴァンパイアが拉致したという話は一切聞かなかった。扱いは単なる行方不明だ。騎士団もほうぼう探すのだが、見つかった試しがない。全部が全部テクスの仕業とは思えないが、ほとんどがテクスの仕業だと思う。
どうしてブルラトだけ...ひょっとしたら、ベールナル大森林外縁にあるもう一つの街、ポルパも同じように討伐依頼があるのかも知れないが、ともかく、なぜ少女を行方不明になった事をヴァンパイアと結びつけるのか...分からない。
だが、ギルド長の反応を見ると、今回も「いつものように」討伐依頼を出したと分かる。
「いつものように少女が行方不明になり、いつものように討伐依頼を出しただけなのだろう?」
もう一度、質問を繰り返す。
「...エルゼは...私の娘だ...」
可能性の一つとして考えていた事だが、流石に私も驚いた。が、これも顔には出さない。
だが、隣のカリナは驚いているな。背後のカラーは見えないが、息を飲む気配がしたので驚いたのだろう。
ともかく、エルゼの親と接触するという目的は、あっという間に達成してしまったのだ。
「エルゼは...討伐されたのですか...」
普通に考えて、血を吸われれば眷属化するからな。
「いや、どうやらヴァンパイアは眷属が持てない状況だったようだぞ」
「眷属を持てない?」
「手記にも書いてあったが、ヴァンパイアに変化したばかりのようで、ヴァンパイアの権能はまだ使いこなせていないようだった」
弱かったし、手記を見る限りではヴァンパイア化は完了していなかったようだしな。
「読み飛ばしたようですね...しかし、どういう事でしょうか?」
「ヴァンパイアとしてはあまりにも若造で...正しい例えとは思えないが、ヴァンパイアとしては大人になってないようで...感覚的な話だが、ヴァンパイア年齢が10歳ぐらいのものだったんじゃないかな?」
「10歳!?」
「これは推測だが、従者を従えるほどの能力もなく、犠牲者を眷属化する事も出来ず、ただただ血を吸っているだけの、はた迷惑なでっかい蚊。っていう感じだな」
「はた迷惑な...蚊...」
あ、いかん...犠牲者の父親に対しては良い例えではなかったな。
「悪い。蚊、とは言ったがヴァンパイアである事には間違いはない。ただ、真のヴァンパイアと比べて圧倒的に弱い。とだけは言っておく」
「だから...燃やす事が出来たと...」
「そうだ。私としては運が良かっただけだ」
奴が真のヴァンパイアだったら、こちらにも犠牲者が出ていたかも知れないからな。
「では、エルゼは...死んだのですか?」
「その前に聞きたい。どうしてエルゼが拉致されたのだ?」
エルゼが生きている事を伝えるのは簡単だが、先にエルゼが犠牲になった経緯を確認してからだ。そうでないと教えて良いか判断出来ない。
「...妻が差し出しました...」
「は?」
え?どういう事?妻って...エルゼの母親が?そんな事ってあるの?
「エルゼは前妻の子です。エルゼが7歳の時に前妻が病気で亡くなりまして、その後、後妻を娶りました。当時は冒険者ギルドの副長をしており、どうしても家に帰る事が出来ない日もありましたので、エルゼの為と思って...」
なんか言い訳がましいな。だが、言いたい事は分かる。
しかし、エルゼの事を後妻の責任にしているのはどうなんだ?
「エルゼの為の後妻が、エルゼをヴァンパイアに売ったと?」
差し出すと言ったからには、「くれ」と言われたんだろう。が、簡単に差し出さないよな?普通。
「...残念ながらそうです...後妻が...メーレンがエルゼをヴァンパイアに...」
「ヴァンパイアが、あんたの後妻に、エルゼをよこせと、言ったんだな?あんたの知らない間に」
ここははっきりと聞いておかないとダメだろう。
ちなみに、私はすでにこのギルド長を見下している。知らなかったとしても、やりようはいくらでもあっただろうに。
「今から100年前ぐらいから、およそ半年に1回、15歳までの少女を...」
やっぱりか...しかし、100年前からという事は、テクスがヴァンパイア化したタイミングか...。
っていうか、私の質問には答えてないぞ?だが、関連があるのだろう。
「国に言ってヴァンパイアを殲滅するとか、そもそもここに冒険者ギルドがあるじゃないか。手段はいくらでもあるだろう?」
ヴァンパイアは強力な魔物だ。だが、力業で討伐出来ない事もないはずだ。
「ヴァンパイアは小さな国ならば簡単に滅ぼせる力があります。誰も立ち向かう事は考えていませんでした...私でさえ...娘が犠牲になるまでは...」
「答えになってないな。国は動かなかったのか?ギルドは動かなかったのか?」
早く結論を言え!いらいらするぞ!
「100年前、ヴァンパイアが少女を要求してきた際に国が動いたそうです。場所がジョーチェ法皇国の領内であった事からジョーチェ法皇国からは、共闘を打診されたそうですが、クラスタンプは自国の軍隊だけで十分だと言い、廃墟に攻め入る事だけを認めさせて、当時の冒険者30名、上級兵士20名、宮廷魔術師を頂点とする国家魔術師10名で攻めたそうです」
ヴァンパイア一匹に対して、かなり大規模な布陣だな。
しかし、100年前にそうした大きな事があったんだな。
「すごいな。しかし、それだけの人員を投入したら間違いなく奴を亡ぼせるはずだが?」
「奴は1人ではなかったんですよ...狼男5体、レッサーデーモン2体...そして、奴とは別のヴァンパイアが...2体...」
「は?ヴァンパイアが3体も居たのか?」
それは危険で重要な話だ。逆にここに来た甲斐があると言うものだ。
「当時の記録ではそうですね。一人を除き、全員殺されました」
「一人は...伝言役って事か」
「そうです...」
総勢60名。人数としては少ないが、内容を聞けばかなりの精鋭部隊だ。ヴァンパイア1体を葬るには十分な戦力だろう。
しかし、眷属の狼男5体、レッサーデーモン2体、ヴァンパイア3体...下手したら国が滅ぶな...。
「こちらは一人を除き全滅。あちらは...レッサーデーモン以外は被害なしですから、勝負にならなかったようです...」
レッサーデーモンは強力な魔物だが、狼男に比べると知能も低いからな。組織的な行動が取れず、やられてしまったんだろう。
「そういう話だと、一番の問題はテクス以外のヴァンパイア2体だな...」
「先ほどの手記にも記載はありませんでしたな」
「私がテクスを討伐した際にも姿を見せていない...参ったな...これは注意が必要だな」
もっとも、テクスの時にいたら絶対に無事ではなかっただろうから、いなくて良かった...。
それと、疑問に思うのはクラスタンプが廃墟に軍隊で攻め入った。と、いう話はジョーチェ法皇国にも記録としてあるはずなのだが...。記録が見つからなかったのかも知れないな。今度ニアラブ様に確認してもらおう。
「あと、依頼書についてですが...そういう風習なのですよ...何も知らない冒険者が討伐してくれればそれで良し。討伐されれば今後の被害がなくなりますから。ですが、誰1人として依頼書を手にした冒険者はいないのです。およそ半年毎に更新される依頼書ですから...今では犠牲者が出た事の事後報告としてのものでしかありません...」
何となくだが分かる気がする。テクスに対するせめてもの対抗心なのだろう。
だが、そういう風習と言う事は?
「今の話だと、半年に一度、テクスが少女を要求する...と言う事か?」
「その通りです...100年前から、ずっとです...」
なんてこった...呪われた街って事なのか...。
「なるほど。だからエルセリアの冒険者ギルドには、この依頼書は届かないのか」
「はい。あくまでも、この街の中だけの依頼書です」
「で、今回はエルゼが犠牲になったと...」
「今のこの街には奴の要求に合致する娘が30人程度います。毎回町長の屋敷で、それぞれの親がくじを引いて決めるのですが...」
「そこでエルゼに決まったと...」
ギルド長が頷いた...のではなく、俯いた。肯定とも否定とも分からないぞ?
数瞬後、ギルド長が口を開くが、その内容は意味不明だった。
「実は...くじ引きには妻が参加したのですが、妻は当たらなかったと言う噂が...」
「はぁ?」
どういう事だ?
「今回、妻の親族の娘が当たったそうなのですが、気が付けば妻が当たった事になり、エルゼが...」
「その時、奥さんはなんと?」
「私のくじ運が悪かったのです。とだけ言っていましたが...」
それ、あんた納得してるのか!?
「噂の確認は?」
「しましたが...当たったのはエルゼだと、皆が言うだけですので...」
「噂の親族は?」
「妻の姉の娘です」
エルゼは自分の実の娘でないので、その場でエルゼに変えたんじゃないか!?
「で、奥さんは今は何をしているんだ?」
「家で子育てをしています。私との間に男の子が出来まして、今はその子を育てています」
そりゃまぁ、結婚してやる事してたら子どもは出来るだろうが...なんだかやるせないな。
「ちなみに、前の奥さんはどういう経緯で結婚したんだ?」
「どういう...と言われましても、あの、私も昔は冒険者でして、キリス...前の妻ですが、キリスも冒険者でしたので...」
「そのキリスさんが亡くなられたのは病気って言ってたが?」
「はい。亡くなる半年前から急に咳き込んでしまって...そこから回復する事なく...」
肺結核か?ユリの意見も聞きたいが、症状だけなら結核の可能性もありそうだ。
たしか、肺結核は結核菌が原因だったよな?なんとなくの想像だが、病原菌はこの世界の医療や神聖魔法では治療は無理なんじゃないか?
「ちなみに病気の名前は?」
「胸病ですが...」
「あ~...そりゃ治らないわね...」
と、ここまで黙って聞いていたカリナが口を挟む。
「そうなのか?」
「リョウは知らないかな?咳が酷くなって、胸が痛くなって、血を吐いて死ぬ病気」
「...いや、知ってるな。私の国では肺結核と言うんだ」
「肺結核?...どういう意味だ?」
「さすがにそこまでは分からんよ。ともかく、名前は違うが同じ症状の病気の事は知っている」
なんにしても、肺結核はこの世界でもおそらく不治の病だと思われる。と言う事は、今の奥さんが前の奥さんに何かをした...と言う線はないか...。
「今の奥さんとは、どうやって知り合ったんだ?」
「知り合いの娘でした。かなり年齢が離れているのですが...」
「え?奥さん、今いくつ?」
「24歳...ですね」
「ギルド長は?」
「...40です...」
24歳で6歳の息子?それ、犯罪じゃね?あ、いや...この世界はそういうものか?
「なんで結婚する事に?」
「先ほども言いましたがエルゼの為というのもあり、急いでいまして...そこで手を上げたのがメーレンでして...」
「で、早々に結婚しちゃったと...」
「はい...」
「そもそも、エルゼの生活の為だと言うなら、誰かを雇っても良かったのでは?」
「いえ...ちゃんとした母親が良いと思いましたので...」
男親あるあるなのか?
「で、10歳しか離れてない娘を母親に?周りの人は何か言ってなかったか?」
「昔の冒険者仲間からは『もっと良く考えろ』と言われてました...」
「でしょうね」
ギルド長としては有能なのかも知れないが、家庭については無能とは言わないが色々と空回りしているようだな。
こりゃかなりややこしいぞ?てか、こんな所にエルゼを戻すのは非常に不安だ。
「ところで...エルゼは?」
再度同じ質問をするギルド長。
その気持ちは分かるが、どうしようかな...私の名前は伝えたので、ギルドの情報から私の居場所や役職まで分かってしまうだろう。
嘘をつくのは簡単だが、後々面倒になるかも知れないしな。そもそも家庭内の問題は自分たちで解決してもらわなきゃならないしな。
「エルゼは生きてる」
「本当ですか!?」
かなり食い気味に反応された。
ま、これが普通の親の反応だな。
「落ち着け。ただ、身体を動かすのに不自由になっているので、今は訓練中だ。だから動かせない」
「訓練...あの、身体のどこかが...」
「そういう心配はない。ちゃんと手足、指もある。ただかなり長い間寝たきりだったので、身体を動かしにくくなっているだけだ」
「そう...ですか...無事...でしたか...」
そこから、ギルド長は声を上げて泣いた。
ふむ...かなり気まずいのだが仕方ない...黙って目の前に置かれた紅茶をゆっくり啜るか...てか、それしか出来ん。
「お恥ずかしい所を見せてしまいました。大変申し訳ございません」
約5分間、ギルド長は父親に戻って泣いていた。まだ、少し心がざわめく様だが、申し訳ないが私たちが帰ってから思う存分父親に戻ってもらおう。
「気にしてない。ただ、さっきも言ったがエルゼは身体を満足に動かす事が出来ない。なので当分連れてくる事が出来ないし、そもそも今のあんたの家庭に戻すのが良いとは思えない。あんたに会わせる事は問題ないと思うが、話を聞く限りだと、奥さんには会わせられないな」
「そうですよね...あの...エルゼにはすまなかったと伝えて貰えますか?」
そんな一言で済ますな!てか、それしか言いようがないのか!?と、私が怒っても仕方ないか...だが、こんな一言は伝えたくないぞ?
「あ~...悪いがそんな軽い謝罪の言葉は伝えられない。いずれあんたにはエルゼと会わせてやる。その時に自分の口で言え。そもそもエルゼには、今日ここに来る事を伝えていないからな」
「分かりました...で、あの~...出来ればもう少しエルゼの様子を教えて頂けないでしょうか」
死んだと思った娘が気になるか。ま、それは分かる。
「それは問題ない。とりあえず、一番良く見ているのは...カラーかな?説明してやってくれるか?」
「承知しました」
そこからはカリナも混じりつつ、エルゼの現状を説明した。
救出した時の状況の説明、セミアとレミとの友人になった経緯、筋力強化の訓練、エルゼが毎日楽しそうにしている事を伝えた。
ギルド長からはかなり感謝されたが、それは今はどうでも良い。いや、気持ちを蔑ろにするつもりはないのだが、単純に当たり前の事をしているつもりなので、感謝される謂れが無いだけだ。
それよりも、ギルド長にはエルゼ宛に手紙を書いてもらう事にした。エルゼは読み書きは問題ないようだしな。
もうちょっと街中を見て回りたいし、昼食も摂りたいしな。
ギルド長には午後に再度伺うと言い残し、冒険者ギルドを後にした。
「それにしても驚きでしたね」
ちょっと時間が早いが、ギルド近くの飲食店に入り昼食を食べている。
カラーは食事が出来ないので水だけだが、店の奥の方に座っているので目立たないはずだ。
「全くだな。正直、今日中にエルゼの親が分かるとは想定していなかったからな」
「しかし...エルゼが可哀そうです...」
「エルゼに...この事を伝えるのですか?」
カリナもエルゼの面倒を見ているので、今回の事実に衝撃を受けているようだ。
カラーはかなり可愛がっているからな。私がどうするのかが気になるようだ。
「今すぐは無理だな。もう少しエルゼの気持ちが成長してからだな。その為にも手紙を書いてもらっているのだが...」
「なるほど...そういう事だったのですね」
「いや、正直に言うと、私たちが代わりに伝えるのって、あまり意味がないと思ったので手紙を書かせたんだ。時間が経てば一言一句忘れずに言えるとは思えないからな」
それに、言いたい事は沢山あるだろうからな。であれば、手紙が一番良いと思ったのだ。
「確かにそうですね...リョウは色々と考えているんですね」
「そんな事はないぞ?たいていは思いつきだ。だから失敗も多い。気を付けてはいるんだけどな...」
カリナが持ちあげてくれるが、実際にはほとんど思いつきなのだ。脊髄反射で対応してしまっているので、もう少し考えて進めていこうとしているのだが...なかなか治らないんだよな。
「ですが、今回は失敗は無いでしょう。運も良かったと思います」
カラーの言う通り、今回は失敗はなかったんじゃないかな。どちらかと言えば運だったんだろう。
「確かにね~...で、今日はどうするんですか?」
「この後ギルドに戻って、手紙を預かったらエルセリアに戻ろう。これ以上ここに居ても意味がないからな」
カリナの質問に関しては単純だ。もうここでする事がないからな。
「例のヴァンパイアについては?」
「どこにいるのか分からないからな。まずは情報収集しなきゃならないから、カリナの方からニアラブ様に報告と調査依頼をしてくれ」
「私が調査依頼をニアラブ様にするんですか?」
「下手すれば国が転覆するんだぞ?調査しなきゃ困るのはニアラブ様だ。まぁ、カリナがお願いしなくても、情報を聞けば勝手に調査をしてくれるとは思うけどな」
「そりゃそうですね...ともかく、エルセリアに戻ったらニアラブ様に報告します」
「よろしく頼むよ」
エルゼの件については、時間が解決する事なので、しばらくは流れに任せるしかない。
だが、今回新たな問題が判明した。それも、真なるヴァンパイアが2体存在するという問題だ。
さて、昼食を頂いたので、一旦ギルドに戻ろう。手紙が書けてない...かも知れないが、その場合は後日受け取りに来れば良いだけだ。
ギルドの受付に話しかけると、すぐに案内された。今度はギルド長の部屋らしい。
「こちらでございます」
部屋に通されると、ギルド長が居た。その他にも騎士が7名に、貴族が1名...なんだ?
「あなたがヴァンパイアを討伐した人ですか?」
貴族がいきなり話しかけてきた。見た目は20代後半の若造だ。誰だこいつ?
「あんたは誰だ?」
「私を知らんのか?」
「知るか。今日この街に着いたんだぞ?」
「失礼な奴だな。私はこの街の町長の息子、イガヤ・コルウェッドだ」
それこそ知らんわい!!てか、町長の息子って基本バカなのか?
「で、町長の息子が何の用だ?」
「ヴァンパイアを討伐したというが嘘なのだろう?聴取するので来てもらおうか」
...え?これって「ちょっと署まで」の異世界版なのか?




