■■■ Step009 朝は早いが進みは遅い
翌日、目覚めてから朝食を食べて...という流れで一日が始まります。
了の準備した道具が色々出てきますよ~。
第1章を連続投下していきます!
翌朝、いつものようにアラームの前に目が覚める。ふむ、体調は問題ないようだな。
いつもと違うのは、外でさえずる鳥の声が聞こえる事だ。いや、実に新鮮な感覚だな。
我が家は仕事の関係上、防音設備がしっかりとしすぎており、鳥の声どころか救急車のサイレンさえも聞こえないのだ。
さて、桶と水差しがあるので軽く身支度を整え、いつもの服装に着替えて部屋を出る。時間は「05:49」だ。
と、そこにはメイドさん...キャリーが立っていた。
「おはようございます」
「おはよう」
...まさか、昨晩からずっとそこに立っていた...とか無いよね...。
というのも、昨晩このドアを閉めた時の脳内映像と全く差異が無いようなんですけど...。
「皆さまは食堂で軽い食事をされていますが、いかがされますか?」
と、私の心の葛藤を置いてけぼりにし、キャリーが無表情に問いかけてくる。
「あ...あぁ、そうなんだ。じゃあ、私もお願いしようか...な?」
「承知いたしました。では、ご案内させていただきます」
キャリーの先導で昨晩の食堂に案内される。
朝のあたたかな雰囲気のはずが、寒く感じるのはなぜだろう...。
2人で長い廊下を歩き、食堂の前に到着。その間に響くのは自分の足音のみ。キャリーの足音は聞こえない。
「ぎぃ・・ぎぃいぃぃぃいぃ...」とキャリーがゆっくりとドアを開いてくれる。おかしい。昨晩はこんな音がしなかったはずなのだが...。
そして、なぜか部屋から冷気と共にスモークが漂ってきた。
「どうぞ、お入りください」
脇にキャリーが佇み、かくんと腰を折って道を譲ってくれる。
部屋の中は明るいのに、なぜか色あせてセピア色に見える。
いやいや、そんな事はないだろう。と、気を取り直して部屋に入ると、雰囲気が一転して日常に戻る。
キャリー...恐るべし。
そんな事はともかく、食卓ではすでにタニアとリアとミームが食事をしていた。
「おはよう。みんな早いね」
まずは朝の挨拶。どこの世界でも挨拶は大事だよな。
で、3人が食べているものが目に入るが...軽い食事って言ってたけど、ミームのはどう見ても昨夜の夕食ぐらいの量が目の前に並んでいるぞ。
「おはよう。早いか?私はいつもどおりだが」
そういうタニアはサンドイッチを口に運んでいた。こういうものはどこの世界でもあるものなのだな。
「そうなのか?まぁ、いいや。私にも軽く食事をいただけないだろうか?」
近くに控えているメイドさん...あれ?いつの間にかキャリーが控えている。いつ入ってきたんだ?今朝から気になっているがキャリーは全く気配を感じさせないのだが...。
そんな事を考えている間に、キャリーは一礼して食堂を出て私の料理を取りに行った。今度は部屋に入ってくる気配を確認しなければ。
「朝はしっかり食べないと1日しっかりと働けないぞ?」
とミームが宣う。それは正論だけど、量は考えないとね。
とりあえず、案内された席に着席する。と、同時に目の前にサンドイッチが置かれる。
思わず差し出してきた方を見るとキャリーが無表情で立っていた...いつ戻ってきて横に憑いたんだ?
驚きつつも、目の前に出されたサンドイッチに手を伸ばす。
「あれ?リョウは昨日と同じ格好だけど、それでいいの?」
お気遣いありがとう。
「あぁ、大丈夫だ。これは優れものだからな」
そう言って手にしたサンドイッチを口に運ぶ。うん、うめぇ。
それに昨日も堪能した紅茶もサンドイッチにしっかり合っている。いや、朝からなかなかに優雅なひとときになるな。
私のこの服だが、普段の実験や研究の際には、それなりの恰好...いわゆる白衣を着ているのだが、最終の実験の際にはこの『死神博士』スタイルでいつも望んでいる。悪の科学者としては、最終実験には正装で臨むべきなのだ。
そして、実験は危険なものも多いので、この服装には最低限の装備なのだ。
ミームは戦士のような恰好だ。
麻の衣服の上にくさび帷子、胸部は革と部分的に鉄だろうか、金属で前部を補強してある。
ん?胸のサイズについては...まぁ、普通なんだと思われる。何をもって普通かって?普通は普通なんだよ!!
で、革のズボンにひざ下まであるブーツ。そのブーツには2本ずつ、計4本の投げナイフが装備されている。
リアは修道士のような身軽な恰好だが、おそらく服の下に防具になるものを着込んでいるようだ。
目測だが胸周りが昨日よりも大きく見えるところからの推察だ。
手足には革の手甲と足甲をしており、それらは一部金属で補強されている。靴も甲の部分とつま先、踵にも金属で補強されている。
総合して考えると、おそらく武闘家のように徒手空拳で戦うのだろうな。
タニアは見た目も魔法使い然とした恰好をしている。紫紺のロングローブを羽織っており、ローブの下は分からない。
が、これもあくまで目測の結果だが、革の防具を着ているようだ。
そういえば最初に会った時に「紫紺の魔女」と自分で言っていたな。まぁ、その話はあまり話したがらないようなので今は良いだろう。
「耐衝撃、耐火...よく分からないが、すごそうだな」
タニアは私の説明に少し目を見張って驚いているようだ。
「とにかく、私の防御はそれなりに大丈夫という事だ」
そう言って残っているサンドイッチに手を伸ばして、自分の食事を再開したのだ。
早く食べないと、隣のミームに取られそうな気配がするのだ...。
「では、そろそろ出発しようか」
食事が終わり、席を立とうとするタニアだが、今のうちに渡しておく物があったので、ひと声かけて引き留める。
「あ、その前にこれを渡しておくよ」
と、懐から耳たぶを挟み込むタイプのヘッドフォンを3セット取り出す。
黒い樹脂製で、右側に赤いライン、左側に青いラインが付いている。
それぞれに個別の設定がすでにしてあるので、間違えないようにしてタニアとリア、ミームに渡してやる。
「あ、ちょっと可愛いかも」
まぁ、女性が身に着けるものだからな。それなりに気を使ったのだ。
「へぇ~...初対面の女性に贈り物をするなんて、アンタもなかなかやるねぇ」
これは贈り物ではないのだ。それの説明を今からするのだが。
「贈り物?いや、リョウはそういうものはこのタイミングでは渡さないだろう。これはなんだ?」
さすが、タニア。ある意味私の事を良くわかっていらっしゃる。
「タニアは鋭いな。それは『離れた場所でも会話ができるようになる道具』だ」
「「「離れた場所でも会話ができる道具!?」」」
3人がきれいにハモってくれた。
まぁ、この世界では「通信機」なるものは無いのだろうな。離れた場所では、きっと普通に手紙とか、伝書鳩(犬もあったな)とか、手旗信号とか、狼煙とか...そういうものになるのだろう。
「そうだ。使い方は簡単だから、使って覚えてもらおうか」
とりあえず、それぞれにヘッドフォンを耳に装着してもらう。
「さて、その道具を使うには呪文を覚えてもらう必要があってな」
「え?私たちは魔法使いじゃないから、使えないんじゃ...」
この世界ではそうなのだろうな。だが、これの操作は単なる音声入力である。しかし、音声入力と言っても分からないだろうから「呪文」と言っただけ。
「大丈夫だ。誰にでも使えるようになっているし、呪文と言っても簡単なものだ」
「時間が惜しい。早く教えろ」
タニアが興味津々で待ちきれないようだな。
どう見ても目がキラキラしているぞ?
「機能が2つある。1つは『個別通信』だ。タニア、『リア、オン』と言ってみてくれ」
ちなみに、それぞれに渡したヘッドフォンは音声認証も持っている。
なので、本人以外の命令は受け付けない。
「ん?『リア、オン』って言えばいいのか?」
「わわ!!耳の所からもお姉様の声が聞こえてくる!!」
「おぉ!!私も耳の所から!リアの声が聞こえてくるぞ!!」
「私は聞こえない...」
2人はとても楽しそうだ。
そしてミームはいつも通りだ。
「タニア、今度は『通信、オフ』って言ってみてくれ」
「『通信、オフ』...これで、どうなるんだ?」
「あ、お姉様の声が耳からしなくなった...」
「私は聞こえない...」
ミーム...オフにしたんだから皆と一緒だよ。
「そういう訳だ。要は『オン』と言う前に誰かの名前を言うと、その人と話ができるようになる。で、話を切りたい場合は『通信、オフ』と言えば良い」
「確かに簡単だし、便利だね!」
「私は聞こえない...」
「それは良いが、もう1つの機能は何なんだ?」
せっかちだなタニアは。
「『フリー、オン』で全員で話をする事ができる」
「あ、リョウの声が聞こえる」
「あ、リアの声も聞こえてきた」
やっと聞こえてきたのがうれしいのだろう。ミームがとても喜んでいる。
一応心の中で断っておくが、別に仲間外れにした訳ではないからな。
「そういうミームの声も聞こえてきた」
それに対してタニアは冷静だな...いや、いわゆる「口角が上がっている」状態だな。嬉しそうな顔をするのを我慢しているような感じだな。
「で、これも『通信、オフ』と言えば切れる」
「なるほど。『なになに、オン』で話が出来るようになり、『通信、オフ』で話が終わるわけだな」
相変わらず順応が早いな。
「正解だ。ちなみに『オン』の状態で独り言を言っても聞こえてくるからな。気をつけろよ」
「これって、どれぐらい離れてても使えるの?」
「10km...じゃない...えっと、この街の端と端でも十分話せるとおもうぞ」
この世界の距離感が分からないが、昨晩レーダーで確認した情報では、この街は東西南北にそれぞれ2.5km程度の城塞都市。
タニアの屋敷は北部の一角である事を確認している。
そして、目的地であるトモニアという村は、歩いて1日の距離と言ってたので、おそらく北西に約30km。
10kmに値する距離感のものがここには無かったので、やむを得ずエルセリア内では十分会話が可能という話にしたのだが...まぁ良いか。
「え?本当!?」
「実際に試してみる必要があるが、大丈夫のはずだ。あと、洞窟や遺跡の中では近くても聞こえない可能性があるから注意しておいてくれ」
と、一応保険はかけておこうか。この世界はまだまだ未知の世界なのだからな。
「すごい!すごい!!街の中で離ればなれになってもすぐに合流できるようになるのね」
「逆に合流しなくても連絡が取れるから色々と使えるな」
「とりあえず、事前に渡しておきたいものは渡したので、そろそろ移動を開始しよう」
私を除く3人は食堂に荷物を持ってきていたようで、それぞれ荷物を持って歩き始める。
勝手口から出るのが近いのだろう。リアとミームが先に歩いて勝手口の方に行く。私は付いて行くだけなのだが、気が付くと隣にタニアが歩いていた。
すっと、私にさらに近づき、耳に口を出来るだけ寄せてきた。
うむ...良い匂いがするな...と、そんな事を思っていると、小さな声で問いかけてきた。
「...これで話ができるのは、あの実験結果からか?」
と、ヘッドフォンを指してこっそり聞いてきた。
あぁ、なるほど。最初に出会った時の「離れた場所での会話の実験」の事を言っているのだろう。
そして、これはあの2人は知らない話なのだ。だから、気を使ってこっそりと話をしてきたのだろう。
この通信システムは普通の電波を利用するものだ。
説明が難しかったので省いたが、中継器として私のバイクがあり、それを中心に半径20kmの通信が可能にもなる。単純計算だと40kmの距離で通信が出来るわけだ。
ついでに説明すると、元々予定していた魔波のテストは昨夜の内に一応完了している。
ただ、新たに『異世界ゲート』という研究材料が出来たので、継続して実験を行う必要があるというだけだ。
なので、タニアに対する回答としては、
「いや、違うよ。さすがに昨日の今日で、コレは作れない」
という所になる。
「そうか。リョウも普通の人間なのだな」
「...って、どういう意味だ?」
「魔法魔術に長けた私でも、これほどの短期間で新しい術式を完全に制御して利用するのは無理なのでな」
「...要はタニアも普通の人間...って言いたいのか?」
「ふふっ...まぁ、そんな所だ」
タニアがそう言ったタイミングで勝手口を出た。
っていうか、なにげに意味深な話だな。
厩にはタニアとリア、ミームが先に行き、私は納屋に自分のバイクを取ってから厩に行く事になった。
納屋の場所は既に把握している。鍵もタニアから預かっていたので1人でも問題はない。
この納屋はタニア専用との事で、屋敷の人間はリアを含め誰も入って来ないんだそう。
なので、異次元ゲートは安全との事だ。
ドアを開けると相変わらず光り輝く異次元ゲートがそこに存在し、その向こうに私の研究室が見える。
昨晩、もう一度の装備設定を行う為に実験室に戻しておいたバイクを、もう一度こちらに移動させる。
ちなみに、バイクが大きすぎるので普通に納屋のドアからは出す事が出来ない。
が、別に大きな引き戸があり、そこから出す事が出来る。というのを昨日聞いておいたので、安心して装備を出来るだけ満載にしておいたのだ。
昨晩の作業は、タニアがこのバイクに乗ると言い始めた事がそもそもの発端だ。
自分の後ろに乗せる事も考えたが、さすがにそれは刺激が強すぎる。なので、研究所を遠隔操作をして、右側に側車を取り付けてサイドカーにしておいたのだ。
また、左右には超小型ロケットも取り付けておいた。
ちなみに、このバイクはモーター駆動の完全電動バイクである。完全自律型AIを搭載しているので、遠隔操作も問題ない。
当然「悪の秘密結社用」にカスタマイズしている為、後輪の左右に配置された大型トランクには、各種装備や武器が格納されているのだ。
そもそも、武装が無い状態でも、単純なバイクとして日本国内で走らせるには法律的に色々と問題のあるバイクなのだ
だからこその「悪の秘密結社用」でもあるんだけどな。
なお、このバイクの名前は「電龍」。電動バイクなので「電流」とかけているのだが...まぁ、それは良いか。
とにかく、納屋から電龍を外に運び出し、納屋を再度施錠する。その際に研究室から通信端末と大型アンテナを納屋の中に設置しておく。
これで旅行中も自分の世界と通信は可能な状態にしておく為の準備が出来た。あとはもう1つの仕掛けをするだけだ。
さて、皆に合流しよう。




