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魔法を信じるかい? ― マッドサイエンティストの異世界旅行  作者: 黒々猫
■■■■■■ 第7章 領地運営は苦し楽し
87/103

■■■ Step068 動く日々、回る未来、繋がる人々

あれから5日経過した。


その間にリハビリ用の器具が出来たという事で、ロダンが荷馬車で持ってきてくれた。そのついでに風呂を作る場所を下見してもらったわけだ。


先に女湯を作ってもらうつもりだったのだが、並行して作業が出来そうだという事なので、男湯の方も見てもらった。

正直、男湯は後回しでも良いのだが、早く作れるに越したことはないからな。その話を聞いてパストングが喜んでいる。


下見の時に分かったのは排水の問題だ。

今の部屋をそのまま風呂に改造すると排水が難しいとの事なので、一度壁をぶち抜き、排水構造を作りこんだ上で湯舟などを作る事になった。


やっぱり下見は大事だよね。



通常業務の合間を縫ってタニアと一緒に魔工ポンプを試作と失敗を繰り返し、一応完成した。仮名「回すんです8号機」だ。


事前に風呂を作る部屋の近くに井戸を掘っておいた。人力だと大変なので当然魔術で掘った。ここは丘の上なので、結構深く掘ってしまったが、問題はないだろう。

ちゃんと水が出ている事を確認してある。井戸の内壁はスクーニャ建築工房に依頼した。こういうのは専門家に任せないとね。

急に頼んだにもかかわらず、ダムは頭領として動いてくれた。仕事は本当にきっちりしているんだな...。



なんにせよ、今日は井戸から水を汲み上げる機構の実験だ。

完成した試作品「回すんです8号機」を井戸に設置し、今回は大阪から持ってきたゴム製の硬質ベルトにペットボトルを加工した桶を取り付けた。

当然の如く、端材のゴムとペットボトルを両手に持ったダムが使い物にならなくなったが、機器の設置の音頭は私が取ったので問題はない。


そうそう、二日前からお風呂の工事が始まっているので、今日は大工を借りたのだ。


なお、ペットボトルを使ったのは、桶本体を出来るだけ軽量化したかったのだ。

魔力モーターは今後の改良も必要だろうが、出来るだけ最初に稼働する所まで進めたい。


個人的には失敗する事は問題ないが、タニアの為にも失敗しない事に重きを置いたのだ。


「これで水を汲み上げるのですか?」


ロダンが立ち会いたいと言っていたので、実験する日に砦に呼んでおいた。


タニアも今日の実験を心待ちにしていたようで、汲み上げ装置を設置している作業員の邪魔をしないように見学している。


「そうだ。今から初めての実験するので、成功するかどうかは分からないけどな」

「そうなのですね。しかし、これが成功したら先日おっしゃった水の問題はこれで解決するって事ですよね?」


お風呂には大量の水が必要で、それを井戸から汲み上げるのが大変。という事を覚えていたのだろう。

まぁそれは正しい認識だ。だが、問題はそれだけではない。


「『この砦では』だけどな」

「どういう事ですか?」


やっぱり、他の問題については思いついていないか。


「お風呂を各家に設置するつもりだったのだろうけど、それは難しいと思うぞ?街中にもいくつか井戸があるが、基本は共有物だ。そこにこのポンプを設置するのは難しい。ま、解決方法は個別に井戸を掘る事だが、井戸は簡単に掘れないしな」

「あ~...確かにそうですね。個別に掘ったら街中が穴だらけになりますし...」


空を見上げて考え込んでいる。

おそらく、脳内で街中に井戸が出来るのを想像したんだろう。


「なので、公共施設として大きな風呂屋を作ろうかなぁ~って思ってたりする」

「公共!?風呂屋!?」

「そうだ。そもそも風呂というものを体験しなければ、これを欲しいと思う事はないからな」

「は!...そうですね」


ロダンは図面と説明だけで良い施設だと判断出来たんだろうが、普通は体験出来なきゃ判断出来ないだろうからな。


「あんたらも『これは良い物だ』とは思ったんだろうけど、自分の家に本当に欲しいかどうかは分からないだろう?」

「まぁ...確かにそうですね」

「なので、街中にまずは1つ公衆浴場を作る予定だ」

「公衆浴場...ですか...」


そういや、江戸の城下町には公衆浴場がかなりの数あったそうだが、どれだけあったんだろうな。

なんにしても、まずは1軒作る事だな。


「そうだ。だが、それはまだまだ先の話だ。ちゃんと計画を立ててからでないと絶対に失敗するからな」

「...どこまで考えているんですか?」


どこまで?ん~...エルセリア全体に5軒ぐらい公衆浴場を作ろうかな~って思っているけど、それって5年ぐらい先だしな...。まずは直近の計画だな。


「ん?今は一年先ぐらいだな。その一年でまずは1軒公衆浴場を作って、様子を見て、良ければ追加で3軒ぐらい公衆浴場を作りたいな」

「え?一年先がまだまだ先なんですか?」

「え?一年先ってまだまだ先だろう?」

「え?」

「え?」


あ~...田舎時間とは言わないが、ここは異世界だからな。こういうのは数年で計画するものか...。5年計画で良かったのかも。


「あ~っと、あくまでも予定だ。全てが上手くいくとは限らないからな。様子を見て適宜予定は変更する予定だ」

「そんなに柔軟で良いんですか?」

「柔軟に変更しないと進まないでしょ?無理なものは無理なんだから、そこで押し通しても失敗するだけでしょ?」

「おっしゃる通りで...」


ロダンは、なんか納得いかない様だな。ともかく、こっちとしては先が見えない話だからな。手探りで進めるしかないのだ。


「ともかく、何かあれば相談させてもらうから、よろしく頼むよ」

「承知致しました。ご来店をお待ちしております」


ロダンは深く腰を折ってくる。

ま、彼は商売人だからな。取引できるなら腰はいくらでも折るだろうさ。仕事は出来るようだが、まだ信用する段階ではない。ま、ゆっくり見定めさせてもらおう。



「副官殿!設置出来ました!」


汲み上げ装置を設置していた大工の一人が声を掛けてきてくれた。


「ありがとう。ちょっと確認させてもらうよ」


設置できればOKという事はない。ちゃんと稼働させる為には調整をしないとダメだ。


確認すると、ちょっとベルトには遊びがなかったので調整して遊びを作る。

ベルトを手回しすると、少し重いがちゃんと回る。うん、大丈夫そうだな。


「タニア、準備出来たみたいだ。そろそろ実験を始めようか?」

「そうか!じゃあ早速始めよう!!」


かなりテンションが高いな。これは失敗出来ないぞ...。まあ、タニアも研究者だから失敗は付きものっていうのは分かっているはず...。


タニアが足早に「回すんです8号機」に近づき、稼働させようとする。

まぁ、装置の扱いは一緒に開発したタニアも慣れているので、お任せしよう。


「それにしても、これで水を汲み上げる事が出来るんですね...こんなに小さいのに凄いですね」


ロダンが「回すんです8号機」を見て感嘆の声を上げる。小さいと言っても旅行のトランクぐらいはあるんだけどな。


「すごいだろう?これは私とリョウの共同作業で作ったものだ。風魔法の発生装置は私で、稼働する部分はリョウが作ったのだ」


確かに可動部分は私だが、ぶっちゃけ難しい技術は使ってない。既存の技術を出来るだけシンプルに組んだだけだからな。

それに比べて、タニアは風魔法発生部分を一から作ったのだ。やっぱりタニアは優秀な魔工師なんだな、と感じた。


「じゃあ、動かしてみようか。タニア、まずは低速で動かしてくれ」

「わかった」


タニアが手慣れた手つきで「回すんです8号機」を操作し稼働させる。


風魔法が発動し、風が発生する。プロペラが回り始め、第1軸が回り、その動力がギアを伝わって第2軸が回転し、さらに第3軸が回転した。

第3軸に繋がるベルトが動き出し、水を汲み上げていく。


ゆっくりとベルトが回転し続け、ペットボトルに入っていた水が受け皿となる樋に流れ落ちる。



「成功だ!」


タニアが大声で喜ぶと、周りにいた大工たちも歓声をあげた。ロダンは驚きの顔のまま拍手をしている。ダムは...今度はこっちを見て固まっているな...大丈夫か?


「タニア、今度は中速にしてみてくれ。中速で問題なければ本当の意味での実験成功になる」

「わかった!」


素早くギアチェンジをして、回転速度を上げる。今度も問題なく水が汲み上げられた。当然速度も先ほどよりも速い。


「これは...本当に凄いですね。桶が小さいので一度に汲み上げられる水の量は多くはないですが、連続して汲み上げられるので、時間的にみればこちらの方が多く水を汲み上げられます」

「あと、水の汲み上げは結構な重労働だからな。それが無くなるとしたら、かなり喜ばれますぜ?」


ロダンの感想に、大工の一人がさらに感想を言う。確かにそうなんだけど、これを一般化するにはまだまだ改良が必要なんだよな...。


「気持ちは分かるけど、これはまだ最初の一歩で、ここから改良しないとダメだし、一般化するのはもっと先になるよ?」

「そうなんですかい?」

「今回は出来るだけ実験が成功するように工夫をしたけど、本来は汲み上げる桶は木製になるし、滑らないようにゴムベルトにしたけど、これも本来は縄か皮ベルトになるんだ。なので、それらでも水が汲み上げられるように改良しないとダメだし、そもそも大量に作れるようにもなってない」

「って事は、かなりお高いものになる...んですよね?」

「かなり高いね」


お金に換算してないけど、領主とその副官が開発している時点でかなりお高いものになっているんじゃないか?


「リョウ、中速で問題ないなら、高速も試してみようじゃないか」


タニアに声を掛けられ、そちらを見ると、既に操作する気十分だった。これは止められないな...。

まぁ、壊れる事はないだろう。単にプロペラが回らなくなるだけのような気もするしな。


「そうだな。せっかくだから試してみよう」

「よし!」


またしても素早くギアチェンジをして速度を上げる。

一瞬、止まるぐらいスピードが落ちたが、ゆっくりと回転していき、しばらくすると先ほどよりも速く水を汲み上げ始めた。


「おぉ!速い速い!!」


なぜかダムが大喜びしている。てか、いつのまに復旧したんだ?


「完璧じゃないか!リョウ~!!」

「のわぁ~!!」


ダムに気取られていてタニアの動きを察知できなかったのが災いして、タニアのダイブに気が付けなかった。


「嬉しい~~~~!!」


年相応に嬉しさを表現しているのは微笑ましいのだが、かなり力強く抱き着いて来るのは嬉しい反面、対応に困る。流石に恥ずかしいぞ!?


「タニア!タニア!嬉しいのは分かったから、ちょっと私を解放してくれよ!」

「なんだリョウ?嬉しくないのか?」

「嬉しいけど、流石に恥ずかしいぞ?」


私の言葉でタニアが停止する。


「うん?...あぁ!!...すまん...」


慌てて私を解放してくれた。

以前だと、「ズザザァ~ッ」って感じで遠ざかっていたのだが、今回は抱きしめ状態から解放してくれただけで、距離はほぼ0距離のままだ。


「あぁ~っと...いや、私も実験成功は嬉しいんだぞ?だから、まぁ気持ちは良く分かる」

「そ...そうだろう?嬉しいだろう?だから...仕方ないよな?」

「あ~...うん、そうだな。仕方ないよな」


周りを見ると、ロダンがニヤニヤと笑っている。他の大工もだ。

ただ、ダムだけは装置をまだ見ている。うん、安定の行動だな。


「と、ともかく装置を止めようか。そろそろ用意した大きな桶も溢れてしまうぞ?」

「あ!そうだった!!」


タニアが慌てて装置を止めに走る。

ふう~...領域確保が出来たな。


「ともかくだ!実験は成功した。だが、汲み上げ装置は軽量化してあるので、本来だと高速では動かない事が分かった。中速も危ないかもしれないので、もうちょっと魔力モーターを改良しないとダメだな」

「確かにそうだな。風の力をもう少し強くするか...」

「ま、そこら辺からもう一度相談しようか」

「そうだな」


という事で、第一回目の実験は成功したのだった。


なお、汲み上げた水は作業員さんの方で飲んだりして無駄なく活用してもらった事を付け加えておこう。



実験は午前中に行ったので、午後にエルゼの部屋に行ってみた。


タニアは、今は魔力モーターの魔法陣を考えたいとの事で執務室に戻って行った。

なんでも、タニアも時間を見てはエルゼの部屋に行っているそうで、状況は把握しているんだそう。私以上に忙しいはずなのに、マメだな。


部屋に入るとエルゼはベッドに座った状態だった。

まだ足の筋力が戻ってないし、腕力も必要最低限しかないそうだ。

なので、歩行訓練はまだ難しいが、食べたり飲んだりは不自由しなくなったそうだ。


今は手首にウェイトを付けて負荷をかけ、肩から動かす運動をしていた。


「あ!お兄様!見に来てくれたのですね!」

「見に来てくれたのですね!」


相変わらず元気だな、セミアとレミは。


「うん。ちょっとだけな。セミアとレミもお疲れ様。エルゼもかなり腕を動かせるようになったね」


あまりこの部屋に来ていないので、エルゼが以前より段違いに身体を動かせるようになっているのが分かる。


「その...ありがとうございます...あの...頑張りますので...」

「うん、自分の為に頑張るのは良い事だ。だけど、無理や無茶はダメだからな。こういうのは時間をかけて、しっかりと力を付けようか」


まだまだ緊張するんだろう。女の子だもんなぁ~...。男の吸血鬼に人生を台無しにされたんだ。部屋に男が来るだけでも緊張するのは当然か...。


「また様子を見に来るけど、そんなにしょっちゅう来ないから安心してくれ」

「...もう...帰るのですか...?」

「お兄様!エルゼはもう少しお話がしたいみたいです」

「お話がしたいです」


セミアはエルゼの代弁のようだが、レミは自分の主張のようだな。

いや、それがどうと言う事はないのだが、せっかくなので4人でちょっとお話をした。


とは言え、エルゼからの話ではなく、主に私の事が中心になってしまった。


お風呂の事、魔力モーターの事、電龍の事、夜霧の事、首都での出来事、王家の人々の話...。

そもそも私はどういう人物なのか...という事。


「お兄様って不思議な人ですよね?電龍も夜霧も全く分からないものを持ってますし」

「電龍も夜霧も大好き!」


まぁ、電動バイクにキャンピングカーだからな。全く分からないだろう。


「...ユリ様みたいな...なんでもよく知っている人とも知り合いですよね...」


ユリはあれから毎日ではないが、ちょくちょくエルゼの様子を見に来ている。

私もユリから報告は受けていて、現状問題はないと聞いている。


「そう言えば、ユリ様は大阪に住んでいるんですよね?あっちでは『大学院生』っていう職業なんですよね?」


セミアが疑問を口にする。う~ん...大学院生は職業ではないのだが...まぁ説明も難しいか。

というか、セミアとレミは1日だけ大阪に行った事があるのだ。そこでユリと輝と葵に会っている。そして幸運な事に智代おばちゃんには会ってない。


「ユリは勉強する事が仕事だからな。今は時間を作ってくれているけど、本当はそんなにちょくちょくは来れないはずだ」

「そうなんですね。あ、そう言えばお兄様のお部屋の向こう側は大阪ですよね」


一緒にゲートを潜ったからな。あの時は私とタニアとカラーから離れる事が出来なかったからな。


「正確には、ゲートの向こうは私の家だけどな」

「あの...私も...行ってみたいです...」


ここまでの会話を黙って聞いていたエルゼが、私を上目遣いで見ながらお願いを言ってきた。


「ん?私の家にか?」

「はい...良いですか?」

「良いよ。だけど、まずは身体を動くようにしてからだね。歩けるようになったら私の家に行ってみようか」

「はい!...あの...頑張ります!」


胸の前で小さくガッツポーズを取り、可愛く鼻息をならすエルゼ。その恰好が可愛くて思わず頭を撫でてしまった。


「私たちも一緒に行って良いですか?」

「良いですか?」

「もちろん良いよ。みんなでまた行こうか」

「やったぁ~!」

「やったぁ~!」


こっちは両手を上げてぴょんぴょんと部屋中を跳ね回る。そんなに嬉しいかな?まぁ、喜んでくれるなら問題ないんだけどな。


「やったぁ~!...って、あ...」


飛び跳ねていたセミアが突然バランスを崩し、私の方に倒れこんできた。その際、偶然にもセミアの手のひらが私の頬をはたいてしまう。少々痛かったが別に大したことはない。


「え?あ!すみません!ごめんなさい!ごめんなさい!」

「ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!」


セミアの虚ろになった目に大粒の涙を湛え、その場でしゃがみこみ、謝罪の言葉を連呼する。同時にレミもセミアに抱き着きながら同じような状態になり、ごめんなさいと言い始める。


しまった!まだ安定してなかったか!?


慌てて二人を抱き寄せる。二人の肩に手を置き、身体の震えが落ち着くまで支える。


「大丈夫!怒ってない...怒ってないから安心して...お前たちは私の大事な妹だ。だから心配は要らない...」


囁くように「大丈夫」を繰り返すことしばらく。二人の震えは止まり、身体の硬さも取れてきた。

もう大丈夫かな?


ゆっくりと肩から手を放し、二人の頭に手を乗せる。二人がゆっくりと見上げてくる。その目には涙が溢れていた。

...また失敗してしまったな...。


「すみません。心配をおかけしました...」

「すいません...」


二人の目から新たな涙があふれてきた。


少し腰をかがめ、出来るだけ二人の視線の高さに合わせる。

ゆっくりと頭に乗せた手を動かし、髪の毛を撫でる。さらさらとした髪の毛の感触が心地いい。


「大丈夫。大丈夫だから。セミアもレミも大切にすると決めている。もちろん、二人が心配する事も分かっている。だけど、それも全部大丈夫だ」

「はい...分かりました...」

「分かりました...」


まだ目から涙が溢れているが、表情は落ち着いている。もう大丈夫だろう。


「よし、ちょっと顔を洗っといで。二人が帰って来るまで私はここに居るから、今度は可愛い笑顔を見せて欲しいな」


「かわ!!はい!顔を洗ってきます!!」

「洗ってきます!!」


二人は同時にぺこりと腰を折ってバタバタと部屋を出て行った。


「...あの...」


ベッドの上のエルゼが小さくなっている。

う~ん...事情が全く分かっていない感じだな。

おそらく、セミアとレミがこの砦にいる事の経緯を何も知らないんだろうな。


「ん?あぁ、エルゼはどこまで知っているか分からないから、初めからちゃんと説明するね」

「はい...お願いします...」


そこで、エルゼに初めから順を追って説明した。


クラスタンプで侍女をしていた母親と、男爵の間に生まれたという事。

男爵の奥さんの逆鱗に触れ、奴隷になった事。

クラスタンプ軍の将軍に買い取られ、エルセリアに攻め入る軍隊に随行させられた事。

クラスタンプ軍は全滅した事。

その時に二人を私が保護した事。

他の9名はクラスタンプ軍に殺されていた事。

その時のショックで、今でも時々パニックになってしまう事。


「...そう...だったんですね...」


エルゼが涙目になっている。どうやら知らなかったんだろう。

知らないままでも良いけど、きっとどこかで知る事になる。今回は偶然だけど説明するべきタイミングになったと思う事にしよう。


「もう、大分良くなっていたんだけど、ちょっと気を許した結果がこれだからね...やっぱり心の傷はそう簡単には癒せないって事だね」


しかも心の傷は見えないからな。だからこそ難しい。


「でも...お兄様...良いですか?」

「うん?なんだい?」

「セミアもレミも...お兄様の事をとても...あの...とても大好きだって言ってました...」

「うん。とても有難いね」


こういうのを「吊り橋効果」って言うんだろう。いずれ、ちゃんとした男性と一緒になる。とは言え、今そう思うとちょっと淋しいかな。


「はい...タニア様もリア様もカラー様も大好きだと言ってました」

「うんうん。それも嬉しい話だね」

「はい...だから...もう少し...セミアとレミに時間をあげて...」


エルゼも色々と考えているんだな。


「え~っと、それは大丈夫だよ?聞いていたと思うけど、私は二人を見捨てる事はない」

「ごめんなさい...ちょっと違ってて...あの...えっと...」

「大丈夫。思った事を言ってごらん?」

「はい...あの...二人との時間をもうちょっと...ううん...もっと作ってあげて欲しいです...」


あ~...なるほど...そういう意味の「時間をあげて」って事か。


「なるほど...確かにそうだね。ありがとう。教えてくれて」

「いえ...あの...あと...私とも...」

「分かったよ。じゃあ、今度は4人でいっぱいおしゃべりしようか?」

「...はい!」


それからすぐにセミアとレミが部屋に戻って来た。

二人とももう元気になっていたのだが、そこからしばらく4人で話に興じた。


個人的には久しぶりに楽しい会話だったのだが、彼女たちはどうだったんだろうな?

なんとなく、輝と葵に振り回されていた日々を思い出してしまった...。



会話を堪能してタニアの執務室に戻った。


「お!楽しい会話は終わったのか?」


入室してミームからの第一声がそれだった。


部屋の中にはタニア、リア、カラー、キャリー、カリナ、マリアといったいつものメンバーが揃っている。いや、カリナとマリアは最近のメンバーだな。

パストングは居ないが、おそらくアラノスと話をしているんだろう。


「どういう事だ?」

「エルゼの様子を見ようと思ったら、笑い声が聞こえてきたんでな。そっと部屋の様子を見ると、リョウとセミアとレミ、エルゼが楽しそうに話をしているじゃないか。これは絶対邪魔は出来ないと思ってな。みんなに話をして邪魔をしないようにしていたんだよ」


をいをい...。


「で?妹たちと親交を深められたんだろうな?」


と、今度はタニアが物騒な微笑みをしながら私を見ている。

その「妹たち」は「タニアの妹」か?「私の妹」か?「みんなの妹」か?なんとなく、「みんなの妹」って言っている気がするが...まぁ、それは正しいか。


これはあれか...セミアとレミが顔を洗いに行った事がバレていると見た方が良いだろう。

だが、私を責めるような事を言ってこないって事は、ちゃんと理解してもらっているんだろうな。はぁ...本当にこいつらは...。


「あぁ。大丈夫だ。ちゃんと話をしたし、分かってもらっているよ」


と、伝えたら全員が納得した顔になった。


「よし。じゃあ今夜は女子会にしようか!」


タニア!?突然何を言いだすんだ?


「お姉様、賛成!」

「なるほど...リョウを締め出してのおしゃべり会って事だな」


リアが面白そうと言わんばかりの顔で頷き、ミームが決定的な事実に気が付く。

いや、「女子会」だから当然私は参加出来ないのだが...。


「あら?面白そうやん?」

「ユリ様!?」


いつの間にか部屋に入って来たユリに驚くキャリー。

キャリーの驚いている姿は初めて見たんじゃないか?


「ちょっとエルゼの様子を診ようと思ってきたんやけど...私も参加でかまへん?」

「もちろん!」


なぜリアが即答する?


「じゃあ、準備してくるわ」

「準備?」

「え?やって...今から夕飯やろ?お風呂も入るんやろ?そしたら夜やん?」

「まぁ確かに...」

「やったら、女子会はパジャマパーティーになるやんか!」


出た。毎度おなじみ「パジャマパーティー」。


「パジャマパーティー!!」

「なにそれ?」

「面白そうじゃないか!パジャマパーティー!...で、パジャマパーティーってなんだ?」


タニアの目が輝き、リアが興味津々になり、ミームが賛成する...分かっていないのに...。


「それは後で説明するわ。ともかく、ご飯を食べてお風呂に入ったら一番大きな寝室に集合!」

「一番大きな寝室って?」

「それは...きっと私の部屋だな」


キャリーが考え込むと、タニアが少し考えて答える。

確かにタニアの寝室が一番広いかな?

ちなみに、全員の寝室の広さを知っているのかと言えば、全員の寝室に監視カメラを設置したからなのだが...。


「じゃあ、タニアちゃんの部屋に集合やね」

「誰が集まるんだよ?」


ユリが場所を確定させた。なんでお前が仕切ってるんだよ。

そして、何も疑問に思わずミームが疑問を口にする。

もう、誰も止めようとしないのね。


「え?タニアちゃんでしょ?リアちゃんでしょ?キャリーさんにミームさんにカラーさん。で、私」

「待て待て。かなり多いぞ?」

「パーティーやもん」


ユリが指折り数えながら名前を読み上げていく。カリナとマリアの名前がないのは面識が無いからかな?

どちらにしても、現時点で6人か。ミームの「多いぞ?」という意見も納得できる。


「じゃあ、ベッドも数台入れなきゃですね。手配してきます」

「流石キャリーさん!お願いね」

「お任せを」


ちゃくちゃくと準備が進んで行くな。それも手際よく。


「で、あとは当然セミアちゃんとレミちゃんとエルゼちゃんもね」

「かなりの人数だな」


ユリは完全に宴会部長になっているな。まぁいつも通りと言えばいつも通りだ。

名前の挙がった人数はこれで9人。タニアも苦笑している。


「パーティーは人数が多い方が楽しいやんか。あ、この際だから輝ちゃんと葵ちゃんも呼ぼうかしらね」


をいをいをいをい!!


「輝と葵も呼ぶのか!?」


タニアが喜んでる!?


「二人ともタニアちゃんに会いたいって言ってたからね~。ねぇ、了くん良いよね?」

「...タニアが良いなら良いんじゃないか?」


もう私にこのイベントを止める権限はない。

しかし、これで11名か...。


「ねぇリョウ様、このパジャマパーティー?にルーヴも呼べません?」

「へ?」


キャリーが上目遣いで私に聞いてくる。

いやいや、ここから首都まではどれだけ急いでも1日はかかるんだぞ?


「たぶん、ルーヴを呼ばないと今後ず~っと『私を呼んでくれなかった』って言われ続けますよ?」

「え?なんで?そうなの?」

「そうなります。確実に。絶対に」


え~...どうしてそうなるんだよ~...。

仕方ない...こういう事は早く対応するのが肝心だ。


その場でスマートフォンを取り出し、ルーヴを呼び出す。


「リョウ様!こんな時間に連絡って何かあったんですか!?」


こんな時間って...まだ夕食前なんだけど?


「いや、問題が発生した訳じゃないから安心してくれ。それよりもちょっと相談なんだけど」

「相談ですか?なんですか?またキャリーに悪戯でもされたんですか?」


何を言っているんだ?そんな事はもう慣れた。


「それはいつもの事だから問題ない」

「ですよね」

「ちょっと!!」


キャリーが思わずツッコんでくる。

通話に気がいっていたので気が付かなかったが、キャリーがスマートフォンに耳を近づけていた。ってか盗聴してたんかい!


「あら?キャリーが近くに居るんですか?また後で連絡するって伝えておいてくださいね」

「あ~...それは後で伝えるが、その前にルーヴはもう仕事は終わった感じか?」


慌ててキャリーから離れ、ルーヴと会話を進める。

別に聞かれても問題ないと思うのだが、ルーヴが何を言いだすか分からないからな。


「え?え~っと、雑用はありますが、それは私じゃなくても大丈夫です。本当に何もないのですか?」

「あ~...うん。ちょっとこっちで女子だけでパーティーをする話になってて、ルーヴもどうかな?って...」

「行きます!!どうしたら良いですか!?あ、ニアラブ様に許可を貰ってきます!!」

「あ!ちょっと!!...切れてる...」


ツー、ツーという音が聞こえるスマートフォンを見つめる。しかし、その向こうのルーヴはニアラブ様の元に駆け込んでいる所だろう。

前国王の執務室に飛び込むとか...大丈夫か?いや、それよりも今からのルーヴ召喚について、何を言われるか分からないぞ...。

うん。ゲートについては絶対秘密という条件でルーヴを丸め込もう。


「どうしました?」

「ニアラブ様に許可をもらうと言って切れちゃった...」

「確かに許可は必要でしょうね。じゃあ、許可をもらったら連絡が来るでしょう。あとはお願いいたしますね、リョウ様」

「あ~...はい...」


こうして可及的速やかにパジャマパーティーの準備が整い、その夜「第一回パジャマパーティーinエルセリア」が開催されたのであった...。

詳細というか、内容はいつもの如く私は知らない。知りたくない...えぇ、知りたくないですとも...。ちょっと淋しいだけだ。



後日、クウィルお兄様から「なぜ呼ばなかったのか?」と問い詰められる事になった事を付け加えておく。


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