■■■ Step044 狙われたマッドサイエンティスト
今回の話はかなり頑張って書きました!
翌朝。目覚めてから顔を洗う。
砦内に部屋を貰っているのだが、あれから考える事が出来たので夜霧で一泊したのだ。
ちなみに、テスト的に魔力電気変換システムは稼働させている。
理由は、このエルセリアは城塞都市なので、狼やコボルドが近づいてくる事はないとの考えだ。
実際、千里眼で見る限りでは周囲に魔物が集まっていないので大丈夫そうだ。
大きなベッドでのびのび休めるのも魅力的だが、現代っ子の私としては、環境的にこっちの方が精神的にも安定するな。
それに、ユリたちにチャットで連絡もしなきゃだし。
一応、クラスタンプ軍の侵攻が止まっていないので、電話禁止は続いている。
会うだけなら、私の部屋にゲートがあるのですぐにでも会えるのだが、ちょっとそれは甘えだと思うんだよな。
必要なものを取りに行くなら問題ない。実際、研究室には何度か戻ったりはしているからな。
だが、家に入るのはちょっと憚られるんだよな。
我ながら、困った性分だな。
昨晩、前領主エバンの絶食の話が出たが、正直どうにもならない。
食事にはナイフやフォークも付いているのだが、それで自害する事なく、絶食を選んだのは個人的にはなかなかの気概だと思うぐらいだ。
タニアは表情が暗く、思い悩んでいるようだ。
さて、正直どうしたものかな。
そんな事を思いつつ、タニアの執務室に顔出す。
「おはよう」
「おはようございます、ご主人様」
カラーには、まだしばらくタニアに付いてもらっている。
とりあえずはクラスタンプ軍が国に帰ってくれるまではな。
「おはよう、リョウ」
「おはよ~!」
女性兵士はエルセリア軍にはいない...というか、なぜかミフルとその部下数名だけだったようで、全てテキナについて行ったようだ。
そういう訳で、リアとミームもタニアの護衛として部屋にいる。
「おはよう、リョウ。早速だがクラスタンプ軍の動きは?」
入室早速タニアから質問が飛んできた。
「それなんだが、動きがあったぞ」
「やはりな」
タニアはあまり驚いていないようだ。
まぁ、攻め込むために軍を動かしているんだからな。当然と言えば当然か。
「あぁ、先ほどコープルに向けて移動を開始したぞ」
「じゃあ、明日にはエルセリアだな」
今日はコープルで一泊、そしてエルセリアだろう。
「あと、分隊...と言うのかな?5名で構成された隊が3隊、先行してエルセリアに向かって来ている」
「分隊?あぁ、一番小さな隊だな。しかし、そんな小さな隊か...先遣隊とかではないよな?」
「おそらく偵察だと思うんだが...ちょっとな...」
そこに、パストング大隊長が部屋に入って来た。
「おはようございます。タニア様、副官殿」
「おはよう、パストング」
丁度良い。
パストングの意見も聞こう。
パストング大隊長には、私が独自に確認した情報だ、と断りを入れてた上で説明する。
内容としては、クラスタンプ軍がコープルを目指して動き、さらに分隊規模の隊が3隊ほどエルセリアに向かって移動している事を説明した。
「パストング大隊長、クラスタンプ軍の動きをどう思う?」
「副官殿、パストングで良いですよ。この3隊は偵察と思われます。こちらの状況を確認したいんじゃないでしょうか」
「だろうね。さて、どうしようかな?」
「一番簡単なのは、捕らえる事じゃない?こちらとして、向こうの情報が欲しいよね」
と、これはミームだ。
確かにこちらは千里眼の情報しかないからな。
いや、千里眼の情報だけでもすごいんだけどな。
「捕まえて情報を聞き出すのは良いけど、逆に混乱させられる可能性もあるぞ?」
「どういう事だ?」
「捕まる事を前提に、兵士には違う情報を伝えている可能性がある」
相手の指揮官がどれぐらいの力量を持っているか分からないからな。
情報戦とかされると厄介なんだよ。
そもそも、私はこういう大がかりな戦闘は不得手なんだよ。
「そんな事があるのか?」
タニアが驚いたように聞いてきた。
「あるかも知れません。3隊それぞれに違う情報だったら、それだけでもこちらは混乱する可能性があります」
と、パストング大隊長がフォローしてくれる。
「じゃあ、捕まえない方が良いのか?」
「いや、こっちの情報を知られたくないので、捕まえる方向で」
「結局捕まえるんじゃない!!」
私の決定事項に相変わらずリアは良い反応をしてくれる。
ボケもツッコミも両方行けるタイプだな。
「捕まえても信じないようにっていう話だけだよ」
「なるほどね」
方向性としては捕縛で良い。しかし、どうも気になる。
「ただ、私としては、3隊も動いているのがちょっと気になるんだよな」
「どうしてよ?」
「私の感覚だと、偵察は普通1隊だけなんだよ。3隊も動いたら掴まる可能性が高くなる。それに偵察に分隊規模は多すぎる」
偵察は「こっそり」が基本だ。
分隊5名がこっそりするには人数が多い気がするし、それが3隊だともはや「こっそり」ではない。
「確かにそうですね。偵察は普通、多くても3人1組ぐらいで、しかも1組だけで動きます」
「だろうね」
パストング大隊長がすかさずフォローしてくれる。
こちらの軍の常識が無いので非常に助かるな。
「じゃあ何?まさかこの3隊で何か仕掛けてくるって事?」
「可能性が一応あるかな?」
「何をするのよ?3隊だけじゃ何もできないわよ?」
そうだよね。特にこっちは城塞都市だから、出来る事は限られる。
「例えば暗殺とか」
「暗殺?」
リアが思わずタニアを見る。
そう。暗殺の大将はこの場合はタニアだ。
「今回の件、腹いせにタニアを殺害するとか、可能性はある」
「やだやだやだやだやだやだやだやだ!!」
リアがタニアにしがみつき、激しく抵抗する。
その気持ちは良く分かる。
「なので、カラーは引き続きタニアの部屋で待機してくれ」
「そういう事であれば致し方ありません。承知致しました」
申し訳ないけど、カラーは最強の盾だ。
カラーが一緒に居てくれるだけで、非常に安心だ。
「タニアはそれで良いとして、もう一つの可能性がある」
「え?まだあるの?」
「パストングは分かるんじゃないか?」
とパストングに振ってみる。
「そうですね。私はタニア様暗殺よりも、こちらの方が確率が高いと思います」
「だから何よ!」
「エバン様の救出です」
やっぱり気が付いていたようだな。
「なんで?エバンが失敗したんだから、クラスタンプが助けてあげる義理はないんじゃないの?」
エバンは嫌われたな。
だが、その気持ちは分かるが、国や軍隊はそうはいかないのだ。
「そう思うのは仕方ないけど、こと国や軍が絡むとそうも言えないんだよ」
「なんでよ?クラスタンプにとっては、エバンは余所者じゃない。どうして助けようとするのよ」
「国を裏切ってまでこちらに付いた者を、簡単に切り捨てたら、その国はその程度の国だと思われるから、失敗するにしても動かざるを得ないんだよ」
国にとっては、何事も信用やメンツが大事なのだ。
「そうですね。普通は捕虜交換などで対応するのですが、こちらは誰も捕らわれておりませんから、救出するしかありません」
パストング大隊長が補足してくれる。
「なにそれ?国とか軍隊とかって結構面倒なのね」
そういうリアさんはお姫様ですよ?
在野に下ったとは言え、そういうのはある程度認識しておかないとね。
「身も蓋もない言い方だね。だけどその通り。だからこそ、クラスタンプはエバンを救出して、こちらに泥を塗りたいんだよ」
なお、エバンは監禁された部屋で大人しくしている。
問題は、一切口にしていない事だ。
昨晩から水さえも飲んでいないので、明後日、明々後日が限界だろう。
「でも、問題のエバンは絶食をしているね」
死刑になるよりも自死を選んだようだ。
ミームがため息をつく。
「リョウ、どうするんだい?」
「こればっかりは本人の意志だからな。どうにもならんよ」
ちなみに、自殺の方法に「舌を噛む」というのが有名だが、残念ながらそれでは死ねないらしい。
元々は、刺客が敵に捕まった際に「自白しないように」舌を噛むのが変な形で広まった。んじゃないかと思うんだよな。
「本当にそうなのか?」
タニアがすがるような目で私に聞いてくる。
昨日もそうだが、「自死」という事に抵抗を感じているようだ。
「そうだ。そして何度も言うが、これは本人の問題だ。我々ではどうにもならん」
ちょっと可哀そうだが、現実問題として自死は止められない。
「放置するのか?」
「本人が選んだ道だ。そして、それを止める方法はない」
「エバンは貴族でありながら国を裏切った。だから死刑になるのは理解している。だからこそちゃんと裁かれるべきだろう。自ら死ぬなど...摂理に反している!」
タニアも悩んでいるみたいだな。
私としてはタニアの考えを否定するつもりはない。
同時に、エバンの「自死」という行動を非難するつもりもない。
ともかく、タニアが命令した所でエバンが食事をする事は無いのだ。
「早馬を出していますが、前領主をどうするかについては陛下の命令が必要です。おそらく死刑が言い渡されるでしょうが...」
パストングが現実的な所を説明してくれた。
まぁ、そういうもんだろうな。
そう言えば、と疑問があったのでパストングに尋ねる。
「死刑の場合、どうするんだ?貴族なので毒での『自害』とかか?」
「それも陛下からの指示があるのではないでしょうか。何も指示がなければ毒で良いかと思います」
ま、命令が来てからで十分だな。
「それから、コヨンに到着していた先遣隊は移動を開始したぞ」
「そうなの?こっちに来る感じ?」
「いや、まずトモニアに向かっているな」
「なんでトモニア?」
まぁそう思うよね。
実は私も最初はそう思いました。
「多分だけどトモニアを経由してオクルに向かっているんだろう」
「なんでよ!真っ直ぐこっちに来ないのよ!」
「騎馬とは言え、全力で移動すると戦えないからな。オクルで一泊して万全にしてからこっちに来るんだろうさ」
「なるほど」
という事で、先遣隊は明日の昼には到着する感じだろう。
出来れば内と外で挟み撃ちにしたい所だが、どうしたもんだろうか。
それは今夜にでも考えよう。
「それからもう一つ報告だ。首都から本体と思われる軍勢が移動を開始した。その数1,500騎。これも全て騎兵だ」
「1,500も?」
リアが驚く。
先遣隊と合わせて2,000になりクラスタンプ軍と同数になる。
そして、騎馬のみなので、クラスタンプ軍よりも有利だ。
「あぁ、こっちはワツナに向かっているみたいだ。数が多いから確実に移動をしているようだな」
「じゃあ、エルセリアの到着は?」
「4日後ぐらいじゃないかな?」
「結構かかるのね」
「騎兵と言えど、無茶な移動は出来ないからな。そんなもんだろ?」
「なるほどな」
武装しているからな。騎馬と言えど移動スピードは思う程早くはないはずだ。
先遣隊は早く到着する事を目的にしているから、ちょっと無茶をしているだけ。
「個人的には本体が到着する前に決着を付けたいんだけどな」
「なんでだ?」
「戦うと言う事は、多かれ少なかれ被害が出るんだ。被害が無い方がいいだろ?」
「違いない」
朝の話し合いが終わり、各自が必要な行動をする為に部屋を出る。
と言っても私とパストングが部屋から出るだけだが。
この後、タニアはエバンの件で機嫌が直らなかったようで、その後一切話をする事もなく、自室に籠ってしまった。
なんとかエバンを生かしたい。が、方法を思いつかない。私は「無理」の一点張り。
おそらく死刑になるが、それまでは貴族らしく堂々としていて欲しいと思っているんだろう。
そういう所にこだわってしまうのは、突然領主になったのが原因だろうな。
たぶん「領主らしく」と自分に言い聞かせている所を、エバンに求めているのかも知れない。
なんにしてもタニアにしては、とても珍しい行動だ。
まぁこういう事もあるだろう。
いずれ、落ち着くだろうから、それを待とう。
ともかく、リアもミームもカラーも自室に入れているので、まだ自分の立場を考えているという事だろう。
丁度良い。
領主の暴動を止めるという事と、実際に領主になるという重圧があったのだ。
タニアには休息をとってもらうとしよう。
なので、ここは副官である私と軍を統括するパストングで頑張ろうか。
まずは、パストングに分隊の位置を提供し、捕獲してもらう事にした。
だが、どういう訳か1隊を見失ったのだ。
見失った場所に向かってもらうと、そこは人が通れる空洞があり、その奥はかなり深いとの事。
エルセリアに近い事もあり、これは砦への抜け道だと判断された。
「これは、砦に入られたと見た方が良いですね」
と、調査結果を報告にきてくれたのは有能な指揮官パストング大隊長。
「周りには誰もいないという事だな。じゃあ、進入したのは5名という事になるな」
「いいえ。抜け道の近くに1名が残っており、馬を管理していました。なので侵入者は4名。その中にミフル殿が含まれています」
「え?ミフルが?面倒な奴が来るんだな...」
正直、ミフルはあの一件以来、苦手だ。
「ここ執務室とタニア様の部屋、そしてエバン様の所を中心に警備を強化しております」
それしか方法はないだろうな。
「とりあえず、それで良いんじゃないかな。そもそも、あの抜け道がどこに通じているか分からないからな」
「抜け道に入っても良いのですが、準備もなく入るのはちょっと...」
「パストングの判断は正しいよ。抜け道は余裕がある時に確認すれば良い。今はそれよりも警備の強化が優先だ」
「おっしゃる通りですね」
と2人の間で話をして方向性を確定していく。
いや、しかし、これは困ったな。
まさか、内部に入られるとは思っていなかった。
ここは元々クラスタンプの砦だったんだ。
抜け道は全てクラスタンプが知っており、我々は知らないのだ。
対応としては警備を強化するしか方法はない。
偵察隊の2隊のそれぞれ1名ずつ確保し、残りは処分した。
可哀そうだが、これが戦争の現実だ。
あと抜け道の場所に居た1名も確保。
捕虜となった3名からの情報は大した事は得られなかった。
任務は偵察だった事。
外部からの偵察と、出来れば内部に入っての偵察である事。
本隊は明日エルセリアに到着するので、それまではエルセリア近辺で偵察を続ける事。
危険と判断すれば即座に戻る事。
ミフルについては別に命令があるそうで、それは分からないとの事。
ほぼ想像通りの内容。
偵察部隊の3隊のうち2隊を殲滅したので、良しとするか。
パストングも同じ意見だから、問題ないだろう。
今は進入したであろう、ミフルと他3人の発見を優先だな。
「どうする?正直、夜まで相手が活動しない可能性が高くて、発見するのはかなり難しいと思うんだが?」
「そうですね。そもそも抜け道の出口が砦内ではない可能性もありますから、敵を見つけるのは非常に難しいでしょうね」
「あ~...そういう可能性もあるか...すまない、それは考えていなかった」
「いえいえ。何でもかんでも副官殿が把握してたらそれこそ怖いですよ」
「それは...まぁそうだな」
「一番怖いのは出口がタニア様の自室の可能性ですね」
「うぉ!その可能性もあるのか...」
「そうですね...しばらくはリア様とミームの部屋で休むように進言しましょう」
「それが良いな。女性同士で気兼ねしないで済むだろうし、カラーもいれば夜も安全だ」
女性陣についてはこれで良いだろう。
カラーは睡眠不要なので、護衛に最適だしな。
ともかく、警備を強化するしかないが、砦内を全て警備するのは難しい。
今はタニアの執務室とリア達の部屋、そしてエバンを入れている部屋。ここを中心に警備する。
タニアの自室も警備しておく事になった。
抜け道の出口の可能性があるからな。
その他の対応としては、特別な事が無い限り、1人での行動を禁止とした。
なので、私にも付き人が付く事になった。
「改めてよろしくお願いしますね?リョウ様」
なんでだ?なんで私の付き人がキャリーなんだ?
「私、グラディウスが得意なんです。ちなみにタニア様の屋敷の中では一番強いんですよ?」
まさかの武闘派メイド?
「待て待て待て!君、メイドだよね?その恰好で剣を佩くわけ?」
「流石にこの恰好では難しいですね。なので執事風の服装に変えますので問題ありませんわ」
「マジか...」
そういう訳で、タニアの屋敷で私の部屋付きメイドだったキャリーが、私の護衛となった。
まぁ良いか。
侵入者が私を狙う事は無かろうしな。
「リョウ!やっぱり私はこういうのは気に喰わないぞ!!」
夕刻、執務室に入るとタニアがまだまだ不機嫌だった。
まだ引きずっているのか?
リアとミームも困った顔をしている。
カラーは...無表情だ。
う~ん...タニアの気持ちも分からなくはないんだが、ちょっと困ったな。
「そんな事は良く分かっているし、そもそも私も気分の良いものではない」
「じゃあ、なぜ!!」
「今朝も説明しただろう。本人が何も喰わないのだからどうにも出来ないだろう?」
正直、一時的に催眠状態にして食事を摂らせる方法もあるが、それは解決とは言わないし、本人の意志を無視するのでやりたくない。
「それは...本当にどうにもならないのか?」
「本人の意志だ。下手に水を飲ませたら、それ幸いと溺死するぞ?」
「どうして...こんな...」
はぁ~...。
とりあえず、話を変えよう。
「千里眼の情報から、1隊が行方不明になった。おそらくこのエルセリアの街中に潜入したと考えられる。秘密の抜け道とかを使ってな」
「秘密の抜け道?」
タニアが怪訝な顔をする。
どうやら良く分かっていない感じだな。
「こういう城塞都市の砦は、外に通じる抜け道があったりする。ここは元々クラスタンプの砦だったんだろう?であれば、その抜け道はクラスタンプが知っている」
「なんだと?」
事態が把握出来たようだな。
「もっとも、確認もしていないからな。現状では想像の話だが、確率は高いだろう」
実際に、西洋の城にも、日本の城にも抜け道があるからな。
この砦の抜け道が複数あっても驚かない。
「ミフルが来るらしい」
「あの女か...」
急にいつものタニアになったな。
ちょっと強引だが、別の問題で上書きした方が良いだろう。
エバンの事は考えても答えは出ないからな。
「そうだ。執務室とタニアの部屋を中心に監視をしている。兵士も増やした。もっとも、タニアを狙うのであれば今夜だろうが」
「そうでなければ、エバンの元に行くという事か」
タニアが顎に手を当てて考え込む。
可能性がどれぐらいか考えているのだろう。
「そうだ。目的は今夜分かるはずだ。当然、エバンの所の警備も増やしている」
「私の所に来た場合はどうなる?」
「タニアには済まないが、今日からしばらくはリア達の部屋で休んでくれ。その方が安全だからな」
「なぜだ?」
「抜け道の出口が領主の自室の可能性があるからだ」
「あ...その可能性があるのか...」
「なので、安全を考えてタニアにはリア達の部屋で休んで欲しい」
「わかった。だが、どこが出口か分からないから、リアの部屋という可能性もあるんだよな?」
「他可能性としては低いがな。だが、その場合は多勢に無勢だ。取り押さえて終わり。ミフルがどれだけ強くても、カラーに勝てるとは思えないからな」
「エバンの元に行った場合は?」
「人を増やす事にしたから、そちらも多勢に無勢だ」
結局エバンの話に戻ってしまったな。
「ともかく分かった。そういう事であれば私は出来るだけ執務室かリアの部屋に居るようにしよう」
「頼む。移動する時は必ずカラーとリアとミームを連れて行ってくれ」
「分かった。リョウはどうするんだ?」
「クラスタンプ軍の監視だな。あと、消えた1隊をどこで見失ったか確認だな」
「そうか...すまんがよろしく頼む」
本隊はワツナに到着し、動かなかった。まぁ予想通りだな。
先遣隊はオクルに到着していた。明日にはエルセリアに到着だな。
この分だと明日クラスタンプ軍と衝突するな。
この日、クラスタンプ軍はコープル村まで移動して、そこに留まった。
家屋があるのは便利だろうからな。妥当な判断だ。
とは言え、兵士2,000人が入れるはずもないので、半数以上はテントになるが。
しかし、これでクラスタンプ軍はエルセリアまで約10kmの距離に迫った。
いよいよ作戦を考えなければならないな。
タニアはあの調子だし、今日は夜霧の中で仕事をするか...。
キャリーには夜中になるし、今日は夜霧で休むと言って自室に戻ってもらった。
まさか未婚の女性と2人きりで夜霧で夜を明かす訳にはいかないからな。
あ~...タニアもそうだったな。
あ、いや...基本リアが必ず居るので問題ないか。
しかし、今回の異世界生活はかなり所帯じみてきたな。
タニア達はほぼ毎日お風呂に入る。それは良い。不衛生よりも衛生的な方が病気にならずに済むからな。
問題はそこじゃない。
彼女たちは洗濯機の使い方を知らないのだ。
まだカラーにも教えていないので、私がするしかないのだが、女性の下着を取り扱うのは正直緊張する。
実家の場合、一応自分の分だけで良かった。時々、ユリが洗濯してくれているけど。
少なくとも、3人娘のものは見た事も触ったこともない。
まぁ良いけどね...。
なので、タニア達がお風呂に入った後、私もお風呂に入るのだが、ついでに洗濯機を回し、乾燥機に入れて乾燥させる。
乾いたら自分の洗濯物だけ確保して、それ以外は籠の中に入れて、夜霧後部のベッドルームに放り込んでおくのだ。
そもそも、洗濯物のどれが誰のか?さっぱり分からないのだから、他にやりようがない。
風呂上りにいつものようにコーヒーを飲んでから部屋に戻ろうと夜霧から外に出る。
夜霧で休むつもりだったが、狭いベッドだと疲れが取れないかも知れないので、部屋に戻ろうと思ったのだ。
単独行動禁止としたが、まさか私が狙われるはずもないしな。
外は真っ暗だが、夜霧からケーブルを伸ばし、砦の入り口まで外灯を灯しているのでこの辺りは明るい。
防犯上の目的と、女性たちの安全確保の名目で、LEDライトを設置しておいたのだ。
そういう意味でも、ここに不埒者がいるとは思えないしな。
だが、砦に入ろうとした所で、妙な気配を感じた。
粘性の高い黒い物体が這い寄ってくるような気配。
気配の出どころを探そうとしたが、見つける前に建物の陰から誰かが現れた。
身体にぴったりとした黒い装束。そのシルエットは女性のものだ。
黒髪、黒い瞳、そして泣きぼくろ。
...ミフルだ。
「どうして...」
「どうして?なぜ、お前の所に来たかって事か?」
「そうだ」
ミフルが私を狙う理由がないはずなのだが、どういう事だ?
「お前、頭が悪いのか?タニアの元にお前が現れてから全てが狂ったのだ。原因はお前で確定だ」
すべての事象の流れを見ると、確かに原因は私だろう。
だが、タニア達以外でそれにたどり着く事は正直不可能なはずだ。
「それだけで?」
「それだけで十分だ。お前はテキナ様の障害になる。とっとと殺すのが世の為だ。それにお前を殺せばタニアの力も削げる。良い事尽くめだ」
理屈を全部すっ飛ばして、本能で答えにたどり着いた感じだな。
こういう奴が一番厄介だ。
ていうか、厄介な奴に目を付けられたものだ。
DQNよりも面倒だ。
「エバンはどうするのだ?お前はその為に砦に戻って来たんじゃないのか?」
「エバン様は...お父様はもう助からない。であれば、お前の死を手土産にしてもらおうと思ってな」
どうやら、必要な情報は既に取ったんだろう。仕事が早すぎる。
ん?
「お父様?」
エバンが父親?領主の娘って事?
「私はお父様が戯れに孕ませた侍女の娘だ。だが、あの方は私を不憫に思われた。だから弟の、テキナ様の侍女にして下さったのだ」
腰に下げたショートソードを引き抜き構える。
「いやいや。であれば、お父様を助けてあげるのが一番なのではないのか?」
今、この場には私しかいない。
少し時間稼ぎをしたい所だ。
「エバン様は高貴な方だ。一度決められたら決して曲げない。であれば、テキナ様の今後の障害を排除するのが一番の貢献なのだ」
絶食をしている事は知っている様子だな。
「で、私がテキナの障害って訳か」
「お前が何を言おうが受け付けない。私は私の信念で動くのみ」
アカン。これはダメだ。
ていうか、まさか私を狙うとは思っていなかったぞ。
そもそも私は雑魚なんだぞ?
本気で襲われる事は想定していなかったので、星砕丸は佩いているが、拳銃を持っていない。
代わりにナックルガードが付いたナイフを腰の後ろに装備しているだけだ。
だが、逆に考えると良かったかもな。
タニアを目標にされるよりもよっぽどマシだ。
問題は、私はこのミフルという女には剣術では勝てない。
特に日本刀の戦いに慣れていない私では...。
であれば...。
黙って腰の後ろに忍ばせたナックルガードの付いたナイフを抜いた。
刃渡りは25cmの自作ナイフだ。
「そのような間合いの短い武器で良いのか?そっちの獲物が有利だろうに」
と、視線で星砕丸を指すが、気にせずナイフを右手に持って構える。
「俺が何を使おうがお前には関係ないだろう」
「そうだな。では、死ね!!」
構えた瞬間、ミフルはショートソードを突いて来た。
正確に私の喉狙ってくる。かなり鋭い。
が、流石に私でもそれは分かっているのでナイフで弾いた。
こういう時は拳銃が良いのだが、今は残念ながら持っていない。
今後は必ず拳銃を持ち歩くようにしなければだな。
ミフルが突っ込んできたので、身体を入れ替える形で再び対峙する。
今のは動きが分かっていたので、対応出来たがこの後はどうする?
連続で突きを放ってくる。かなり早いがこれぐらいなら使い慣れたナイフで捌く事ができるな。
ナイフが軽い分、小回りが利く。下手に攻めずに防御に徹すれば、なんとかなりそうだ。
しかし本当に手強い!特に喉元を狙う突きはかなり危険だ。
弾くのが甘いと肩口を切られる。
既に三か所切られてしまった。
そういう意味ではナックルガードが付いているナイフで良かった。
無かったら既に指が無くなっている所だ。
剣戟の音が響いている。
音を聞きつけて誰かが助けに来てくれるのを待とう。
「お前は魔法使いのようだからな。ここまで剣で攻めれば魔法は使えまい!」
連続で攻撃をしているのに、息切れもせずにしゃべってくる。
身体能力もバケモノだな。
しかも、言っている事は正しい。魔法使いは呪文を詠唱しなければならないからな。
だが、私は無詠唱で魔法を放つ事ができるのだ。
一応タニアの指示通り、短く呪文らしき言葉は発するようにしているのだが...。
「ファイア!!」
後ろに下がり、わずかな時間を稼いでイメージを作る。そして、ミフルとの間に炎を出現させた。
サッカーボールぐらいの大きさの炎だ。これで怯んでくれれば助かるのだが...。
「小賢しい!!」
逆にミフルは思い切り突っ込んできた。炎は剣によって一瞬で叩き消されてしまった。
こいつ、判断も早い!!
とにかく、間合いがある程度あるのと、炎を叩き消した1動作分の時間を使い、左手で鯉口を切り、左手にナイフを持ち替え、瞬時に星砕丸を抜く。
ナイフの方が使い慣れているが、状況的にそうも言っていられない。
牽制の為にも間合いの長い刀を抜く事にした。
「ほう。そっちを抜いたか。それにしても短い呪文で魔法が発動出来るとは...だが、呪文が短い分、威力が低いな」
呪文の長さではない。イメージの問題だ。
だが、あれだけ間断なく攻められれば、イメージを作る余裕はない。
だが、今はイメージする時間がある!
「バインド!!」
本当は「エレキバインド」と言いたいのだが、時間が惜しい。
電撃の鞭を伸ばし、ミフルを一気に無力化しようと試みる。
「ふっ」
だが、ミフルの動きは早かった。
手に持っていたショートソードを投げ、電撃に絡ませて自分に被害がないようにしたのだ。
こいつ、本当に手強いぞ。
だが、武器を手放させたので今はこちらが有利だ。
右手に打ち刀、左手に逆手に握ったナイフ。
ナイフにはナックルガードが付いているので、防具としても十分使える。
意識を戦闘モードからアサシンモードに切り替える。
私の戦闘モードは銃がメインだ。
ならアサシンモードの方が刀剣の扱いやすい。
銃と刀剣は扱いが全く違うから、私は意識を切り替える事で対応するようにしているのだ。
覚悟を決めた瞬間、ミフルが飛び掛かって来た。
いや、普通は下がるだろ?
呆気にとられた分、初動が遅れ、あっという間に左手のナイフをもぎ取られてしまった。
これでまた五分五分...いや、剣の勝負では私が不利だ。
「ほう...なかなか良い獲物じゃないか」
ナイフを構えながら、刀身と刃文を確認している。
くそう...結構気に入ってたナイフなのに...。
おかげで睨み合いに持ち込む事が出来た。
それにしても、魔法も対処してくるとは困ったものだ。
だが、今現在こちらが優位なのは魔法だけだ。
もう一度電撃を飛ばそうか...。
そう考えていたら、ミフルの顔が曇る。
「ちっ!運のいい奴だ...もう時間がないな...」
腰に下げたカバンに手を突っ込み、何かを握って地面に叩きつける。
途端に辺りが黒く曇る。
...煙幕か!?
煙幕から突っ込まれると負け確定なので、大きく離れる。
私はミフルに比べてかなり弱い。
なので、今は自分の安全を確保するのが優先だ。
しばらくすると、遠くから足音が聞こえる。
音からは3人から5人ぐらいだろうか...。
敵である可能性を考慮しつつ、やってくるのを待つ。
現れたのはカラーを先頭に、リアとミームだった。
「ご主人様!大丈夫ですか!?」
カラーは完全武装の状態だ。
続くリアも武装をしているし、ミームも槍を持ってきていた。
「来てくれて助かった。でも、どうして分かった?」
「アリスからタニアに連絡が入り、知りました」
なるほど。夜霧のそばで襲撃を受けたからか。
いや助かったよ。
ミフルは3人の足音に反応して逃げたんだろう。
煙幕が晴れてきて向こう側が見えてきた。
当然、向こうには誰も居ない。
どうやら、私は生き延びる事が出来たようだ。
それにしても強い。武力というのは当然だが、私にとっては『存在が強い』と感じた。
負けられない存在だな...
嫌な意味で、長い付き合いになりそうな予感を私は感じていた。
あ!お気に入りのナイフ!!パクられた!!




