■■■ Step029 日本に残した宿題と魔術大全の謎
今回で大きな伏線の謎が解き明かされます
タニアと大阪観光に行った翌日の朝。
今日もユリとタニアと3人で朝食を食べていた。
さて、本日の朝食の献立だが、焼き塩サバ、豆腐の味噌汁、卵焼きだ。
『日本食は魚が多いのか?』
「そうね~。日本は島国やから、お魚は多いわね~」
『我が国は海もあるが、なかなか魚を食べる習慣がないな』
港町はあるみたいだから魚料理は無い事はないだろうが、内陸には魚は流通していないようだ。
「お魚はすぐに処理しないとダメだからな」
『処理?』
「魚は冷たい海の中の生き物だからな。活かしたまま運ぶか、すぐにシメて冷たくして運ぶかしないと傷んでくるんだ」
『そうなのか』
そうそう。タニアは今も『刹那』を装着している。
やはり、文字よりも直接聞く方が良いのだろう。
ただ、まだまだしゃべれないので、発声はスマートフォンを頼るしかないのだが。
「そうそう、タニアちゃん。昨日の大阪観光はどうやった?」
『かなり面白かったぞ。あのバスと電車はとても興味深かった』
「大阪観光でバスと電車?」
『しゃしょうしゃんは偉大だったぞ』
「しゃしょうしゃん?」
「それ、電車の車掌の事な」
「あ~...なるほどね~...あのネタにハマったんやね~」
さすがユリ。例の兄弟漫才まで考察した感じだな。
そんなこんなで朝ごはんを食べ終わり、いつものように午前中は3人で会話を楽しんでいた。
そこに輝と葵、そしてタニアの天敵の智代おばちゃんが襲撃してきた。
タニアは智代を見て、一瞬身を固くしたが、すぐに立ち上がって智代の所に向かった。
『智代、チケットありがとう。大阪はすごいな』
それを聞いたおばちゃんは、めっちゃ嬉しそうな笑顔になった。
「タニアちゃ~ん!吉本どうやった~?」
『あ~...智代のおかげでとても楽しめた。感謝する』
タニアも何をどう言えば良いのか分からない感じだが、おばちゃんに気持ちは伝わったようだ。
おばちゃんの目がウルウルしてるぞ。
「ん~...可愛い!!!」
がばっと両手を広げるおしゃべり魔物。
あまりにも突然の事でタニアは驚く暇もない。
タニアは逃げ遅れ、あっという間におばちゃんに吸い込まれ、その胸に抱かれてしまった。
「アタシ、純粋な娘は大好きよ!」
タニアを抱きしめながらタニアの頭に頬ずりする。
ちなみに、おばちゃんはタニアよりも少し背が高い。
「あ~ありがとぉ~」
顔を真っ赤にして、無抵抗でされるがままだが、怖がっている様子はない。
どうやら大きな試練を乗り越えたようである。
大きなイベントが終わり、改めてソファーにみんなが座った。
「タニアさん、昨日はどうでしたか?」
「しゃしょうしゃん最高!」
「しゃ...しゃしょうしゃん?」
「あ、それ車掌さんね。電車の」
と、一応訂正しておく。
やはり、発音が難しいのかもな。日本人でも噛む事があるしな。
「あ...あぁ、車掌ですか。でも、どうして?」
「吉本で兄弟漫才の鉄板電車ネタにハマったらしくてね...」
「マジっすか...」
「輝お姉様、言葉遣いが悪いです」
「あ、ごめん」
そんな感じで昨日の大阪観光について話をした。
やはりここに居るメンバーは大阪の人間だからだろうか、人形浄瑠璃よりも吉本の方の話が多くなる。
まぁ、それは仕方がない。タニアの話も吉本の事がてんこ盛りだったからな。
今度、タニアも含めてテレビの新喜劇を観てみるか。
午前中のおしゃべりも終わり、お昼を食べた後、タニアを連れて実験室に行く。
今日は魔術について整理しようという話になった。
タニアの国の言葉で会話するので、他の娘たちにバレる事はないが、元々タニアには異世界に居てた時から魔術大全も見てもらう話になっていた。
今回はその宿題を終わらせるというのもある。
『さっきもちょっとだけ話をしたが、数年前...5年前になるのかな?外国でこの『魔術大全』という本を見つけて購入したんだ』
『これが魔術大全?』
『そうだ。ちょっと読んでみてくれないか?』
『そうだな。ちょっと失礼するぞ』
タニアが読んでいる間に私は飲み物を用意しよう。
この実験室は長時間居座る事が多いからな。
簡単なキッチンも備えてあるのだ。
タニアはコーヒーは苦手みたいだから紅茶を出そう。
もちろん、本格的なものは無理なので、ティーパックだ。
しばらく読み進めたタニアが、休憩なのか用意した紅茶に手を伸ばす。
幾分冷めてしまったが、のどを潤すには丁度良いだろう。
一口飲み、ふぅ~っと息を吐く。
魔術大全を見ると、2割ほど読んだようだ。早いな。
対面に座る私を見て、目を輝かせる。
『これはすごいな!』
『そうなのか?』
『あぁ。基本的な所は私の世界の魔術と一緒だが、理論が全く違う』
『ほう?』
さて、タニア先生の話をお伺いしよう。
『この本では、世界は魔力に満ちており、生きとし生けるもの全て、そして大地や空気にまで魔力があると書いてある』
『タニアの知っているのとは違うのか?』
『私たちの世界では、生き物は魔力を持っているが、大地や空気には魔力は無いとなっている』
『ときどき私がこっそり魔法を使った時に反応していたが、あれは魔力を感知したのではないのか?』
ちょいちょい睨まれてたからな。
『あぁ、あれか?実はこのペンダントは魔工品でな。身近に魔法が使われたら反応するようになっていて、それで分かるのだ』
『タニア自身が魔力を感知している訳ではないと?』
『それは無理だ』
『そうなんだ。逆に私は魔力を感知出来るぞ?』
『なに?そうなのか?』
魔力感知に関しては、魔術大全に書かれている訳ではなく、自分で開発した魔法だ。
『もっとも感覚的なものなので、明確な数字には出来ないがな』
『それでもすごいな』
『サイクロプスの時、私も魔法を使ったが、あれは魔力感知でタニアの魔力に合わせるようにしたのだ』
『なるほど。あれは一体どうやったのか知りたかったのだが、そういう事だったんだな』
『他に、ちゃんと数値的にも知りたかったので、魔力計測機というのもあるんだ』
『そんな物まで作っていたのか?』
驚くタニア。
いやぁ~...だって、数値化したいじゃないか。科学者としては。
『そこは科学者だからな。でだ、こっちの世界の魔力量とタニアの世界の魔力量を計測した結果、面白い事が分かった』
『何が分かったんだ?』
『こっちの世界よりもタニアの世界の方が魔力量が多い。それもおよそ100倍だ』
『100倍!?そんなにも違うのか?』
そうなんだよな。
魔力測定した時に一番びっくりしたのは私なんだけどな。
『そうだ。だから、最初に会った日に、炎を出して失敗したんだ』
『あ~、あれかぁ~』
『そう。あれだ』
米粒大の炎が拳大になった件だ。
『なるほど。この本の内容では、魔法を発動する際に、本人が持っている魔力が魔法を発動する為の元になっていて、発動時に空気中の魔力と反応して魔法となる。だったな』
『そうだ』
もう少し具体的に言うと、術者が魔法を発動する際、自分の魔力に発動する魔法の内容を組み込むのだ。
分かりやすく言うと、魔法発動のプログラムを組んで、それを自分の魔力にインストールするのだ。
魔法の規模によって、もしくは魔法の複雑さによって、必要な魔力量が変わる。
大規模な魔法であれば、複雑な魔法であれば、それだけ自分の魔力が必要だという事だ。
で、魔法が術者から出た所で大気中の魔力と反応し、魔法が顕現、発動するという話である。
『で、リョウの場合はいつも通りに発動したら、周りの魔力が多かったので、過激に反応した訳だ』
『何度か検証したが、どうやらその通りだったぞ』
『なるほどな』
『ちなみに、タニアの世界の魔法はどういう理論なんだ?』
あの世界の魔術は全く知らないから、めっちゃ気になってはいたのだ。
『私たちは魔力を『エタル』と呼んでいるが、それは人族や魔物、その他は特定の動植物には『エタル』が宿っているのだ』
『そこは魔術大全と変わらない所だな』
『そうだ。だが、大地や空気中に魔力があるとは思っていなかったからな。全て自分の魔力で発動しているものだと思っていたな』
『ん?系統が違うんだから、それで合っているのでは?』
魔法理論が1つしかない。という事はないと思っていたのだが?
『この本に書かれている内容から見ると、魔法発動の手順がほぼ一緒なのだ。それを取り巻く考え方が違うだけなので、根本は一緒だ』
『という事は?』
『私たちの世界の魔法も、この本と同じ理論で空気中の魔力を使っている可能性が高い』
え~...じゃあ、あっちの世界の魔法理論は?
いや、その前にこの魔術大全は?
『えっと、そうなるとこの本はやはり?』
『この本は元々私たちの世界のもので、しかもかなり古い時代のものだ。おそらく魔法書の原点となりうる本だな』
『本当か?』
『確認する手段はない。が、恐らくそうだろう』
なるほど...。
まぁ、それとは別にタニアの世界の魔法理論は知っておきたいな。
残る問題は...。
『しかし、どうやってタニアの世界からこっちの世界に来たんだろう?この魔術大全』
『それは分からない。しかも、この感じだと古いが数百年経過した感じだ』
『タニアの世界の数百年前の本って事か?』
という話になるな。
しかし、数百年前だったら、この魔術大全の内容は廃れないと思うのだが?
『数百年前というより、少なくとも千年以上前から、こちらの魔法理論は変わってない。つまり、この本はもっともっと昔に書かれたハズの本だ』
『どういう事だ?』
『全く分からん。が、そもそも世界を渡る事自体が説明出来ないからな。正解に辿り着くのは無理だろう』
結局真実は闇の中か。
まぁ、数千年前とかになったら、正しい情報は分からないだろう。
『確かにそうだな。魔術大全の出どころについては、もう分からないという事で諦めようか』
『そうだな。あと、この本を少し預からせてくれないか?ちゃんと全部読みたい』
『あぁ構わないよ』
『ありがとう』
タニアは嬉しそうだ。正しく探究者だな。
『しかし、空気中にも魔力があるという事は、あの現象はそれで証明出来るって事か...』
『あの現象?』
『あ~...そうだな。リョウには説明しておいた方が良いだろう。私が『紫紺の魔女』と呼ばれる事件の話を...』
確かに気にはなっていた話ではあるが、タニアのあの表情を見て聞くのを止めたのだ。
しかし、今はスッキリした表情をしている。
なにかがあって心の在りようが変わったんだろうな。
『...聞こう...』
一口コーヒーを飲んで、タニアに向かう。
タニアも一口紅茶を含み、まっすぐ私の目を見てきた。
『あれは私が13の時だ。隣国のクラスタンプと小競り合いがあってな。当時の私は魔術学校を卒業し、国の魔法軍に所属していたのだ』
『13歳で軍に入ったのか?』
『国王の姪にして、天才魔法使いと言われていたのでな。止む無くという奴だ』
『なるほど。色々あるんだな』
国に関わる事なんだろうな。
とりあえず、ここはスルーだな。
『ともかく、魔法軍の所属になり、小競り合いがあると言う事でエルセリアに派遣されたのだ』
『いきなり最前線って事だな』
『そうだ。クラスタンプとの国境はエルセリアから南に一日移動したぐらいの所にある。そこにクラスタンプの部隊が迫っているという話があったのだ』
『一触即発だな』
クラスタンプは隣国だったな。
そういや、コボルド討伐の時もクラスタンプが軍事練習をしていたとか言っていたな。
『エルセリアの南にコープルという村があってな。そこから南下したら敵と接触した』
『それ、国境を越えてるな』
『そうだ。すぐに戦闘になり、私の目の前で従兄が殺された』
...それは...。
『それは...お悔やみ申し上げる』
それだけ言うのがやっとだ。
『ありがとう。ただ、これは戦闘なんだ。相手の命を奪うし、こちらも命を奪われる。そういう事だ』
知っている。
私もタニアと同じように、戦闘を体験している。
その現実も目の前で見てきた。
もっとも、当時はまだまだガキだったんだけどな。
私の無言をどう受け止めたのかは分からないが、タニアは言葉をつづけた。
『ただ、当時の私は小娘でな。怒りに任せて魔法を敵部隊に叩きつけた。結果、敵は壊滅し逃走した。紫色の魔力を纏った私を残してな』
『紫色の魔力?』
『そうだ。普通魔力は目に見えないし感じる事もない。だが、その時は私の目にも明らかに紫色の魔力が私の身を包んでいた。以来、私は『紫紺の魔女』と呼ばれている』
『...話を戻すと、紫色の魔力は空気中の魔力が反応したと?』
『そうだ。そう考えるのが正しいだろうな。目に見えるほどの魔力を私が有しているとは思えないからな』
なるほど。それもそうだが、この件は下手に実験は出来ないな。
タニアの古傷を抉るだけだ。
『なるほど。とりあえず、空気中の魔力の証明にもあると言う事で、一旦はそれで良いだろう』
『あぁ、すまないな』
重たい空気になったので、ここらで別の話をしようか。
そうだな...。あ、そうだ。タニアに確認したい話があったんだ。
『それと、これが千里眼で観たエルセリア周辺の地形図なんだが、いくつか村や街や都市が見えるんだが?』
『どれどれ?』
『ここがエルセリアで、これがトモニア村だな』
『おぉ~!凄いではないか!!』
タニアの反応を見る限り、私が見ていた地形図は、どうやらただの地図では済まなさそうだった。
『精密な地形図はあるのだが、ここには情報が入ってないのでな。タニア先生に色々と教えて欲しいんだ』
『まかせる。まず、我がジョーチェ法皇国の首都セルドイはここだ』
エルセリアから北上し、川を越えて山脈の手前の大きな都市を指さす。
かなり大きな都市だな。
もっとも、ここが首都だろうと思ってはいたが。
『そして、エルセリアのすぐ下にあるのがコープル村だ』
件の事件の場所だな。
『さらに南下して、ここがクラスタンプの首都タカラスだ』
『エルセリアから結構近いんだな』
『元々このエルセリアはクラスタンプ領だったからな』
『そういえば、そういう事を言ってたかもな』
そういう意味ではこのエルセリアはかなり重要な拠点になるな。
いや、それよりも気になる事がある。
『ところで、クラスタンプが攻めてくる理由はなんだ?』
『いや、事実は分からないが、おそらくトモニアの穀倉地帯が欲しいのだろう』
『なるほど!確かにあれは規模もかなりあるからな。国を安定させるという意味でも欲しいだろうな』
『それで、30年以上前に戦争を仕掛けてきたのだが、そこで我が国が勝ってな。エルセリアを割譲してもらったのだ』
『それは...かの国からしたら大変な屈辱だな』
『そうだ。ともかく、表立った動きはないが、ちょいちょいクラスタンプが嫌がらせのような事をするので、エルセリアは今でも我が国の最前線ではある』
と、地図上のエルセリアを指さしながら説明してくれた。
『じゃあ、エルセリアにはかなりの兵士が詰めているって事なのか?』
『そうだな。領主の私兵も含めて、常時500人から700人ぐらいじゃないかな』
思ったよりも少ないな。
とも思ったが、実際に戦争中ではないので、下手に人を遊ばせる事もしないか。
そういう意味では500人から700人は妥当な数字なのかもな。
それに、食料の問題もあるか。
『なるほど。良く分かったよ。あと、この地図に各村や町を書き込んでおきたいんだけど、教えてくれるか?』
『もちろん。任せておけ』
そして、私たちは頭を突き合わせ、地図を観ながら必要な情報を書き込んでいく。
これがすぐに役立つとは思っていなかったのだが...。




